苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode24 Mira enter the endless labyrinth


 声の主は本物のホロウであった......そう、死んだはずのホロウである。

 恐らく、この場この瞬間で一番驚いたのはミラだ。

 自分が殺したはずの人間がなぜ生きているのか。ミラにとってはとても解しにくい事だった。

「そこのお嬢さん。その話題はそれ以上言っちゃいけない。

あと数単語話してたら、俺はアンタを殺さなくちゃいけなくなる所だった。」


「......おい! なんでテメーが生きてんだよ!」


「『変わり身の術』も見破れんとはな。

よく見てみろ。
お前が『仮面』の形をした鏡の中に封じ込めていたのは、俺の死体じゃねぇ。

......シナトラ! 今だ!」


 ホロウがそう叫ぶと、ミラに捕まっていたクーネは頭をブンブン振り回した。すると、クーネの頭から1枚の葉っぱが落ちてきた。


「随分な仕打ちをしてくれたな。私のギルドのメンバーに手を出した罰だ。」

 いつの間にかクーネはシナトラになっていた。




 まず、落ち着いて状況を整理しよう。ミラはホロウになりすましていて、本物のホロウは『変わり身の術』で生きていて、シナトラはクーネになりすましていた…...なんか少しややこしいな。



 シナトラはミラの足を払いあげると、船から海に落としてやった。

 状況の変化についていけなくなったミラは、充分な抵抗する余裕も無かった。

 ミラの最後の抵抗は、シナトラに少しの傷を付ける事だけであった。



 ここは高レベル魔獣がウヨウヨいる『魔の海域』である。少しでも溺れたら直ぐに捕まって、海の底に引きずりこまれるのが関の山だろう。

 ミラは鏡に関する能力がある点以外は、至って普通の人間である。

 ......海の中に鏡みたいな反射する物があるわけが無い。


「餞別だ。永遠に溺れ続けろ。」


 シナトラは、ミラが落ちた場所に葉っぱを一枚落としてやった。



「彼はもうじき死ぬ。
だが私の能力で、彼は死ぬ間際の時間が永遠に引き伸ばされる幻惑に陥る。

例えば3分で溺れ死ぬとしたら、3分に近づけば近づく程、比例して体感時間が遅く感じられる。

数字的な話をすると、永遠に

2分59秒9999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999.........と小数点以下の桁が増えていくだけ。

つまり、彼にとっては溺れ死ぬ瞬間には永遠に辿り着けないのさ。」



「......なんで反撃できた?」
 マヤは相当お怒りの様子である。



「ラピスが教えてくれたのさ。『ラズリの様子がおかしい。』ってな。

そこから色々内偵させてもらったさ......まぁ、内偵してくれた古き友人フェルトは死んでしまったがな。」


 シナトラはどこか物寂しげに話した。


「だから色々用意したのさ。まぁ、用意したと言っても私とホロウは裏方。何も伝えなかったのに大立ち回りをしてくれたアザムキには感謝している。」



「......たかだか一ギルドの分際で......」

 マヤは今回のことが相当気に食わないらしい。



「アンタがやろうとしてる事が大体分かれば、誰を狙ってくるか分かった。

『変わり身の術』なんて言ったが、そんなにご都合主義な便利能力じゃない。

俺がわざわざ外に出て、ミラが鏡から出てくるのを待ったのは、俺が既に仕込みをしていたポイントに誘い込む為だった。

アイツはまんまとワナにかかって、俺を殺したと勘違い。
アイツが倒したのは、シナトラの能力で俺に完璧に似せた木偶人形だ。

アイツは俺になりすましてギルドに入っていたようだが、シナトラには既にバレていたし、本物である俺も遠くから全部の様子を見ていた。

アイツは周囲の人間を騙していると思っていたようだが、その実、騙されていたのさ。」

 ホロウは淡々と事の真相を語った。



「クッ......このまま黙って引き下がるのは癪だ。

それに私の計画の一部を潰したお前らは重罪だ。」

 既に我慢の限界を迎えたマヤは椅子に座り、そのまま浮かび始め、片手でセルギュを操作し始めた。



「......フラン、多分サクリと本物のクーネはまだ船の中だ。

サギと一緒に2人と合流して、この場から去る準備をしてくれ。」

 俺はヒソヒソとフランに耳打ちをした。フランは小さく頷くと、サギに向かって耳打ちをし、2人で割れた船の後ろ半分に向かっていった。



 セルギュを操作し終えたマヤはこっちを睨み、こう言った。

「さて、お前らには伝えておくことがある。

お前らは私の意に沿わない反逆者だ。

だから

こうしてやった。」

 マヤはセルギュの画面をこちらに見せてきた。
 拡大されたホログラムを見て、俺は一瞬血の気が失せた。



 『WANTED』と書かれた紙の上に、俺らの似顔絵が貼り付けられていた。

 左下から順に、クーネ、フラン、サギ。そして下から上に、ホロウ、シナトラ......そして、左上にデカデカと描かれた似顔絵......


「は? なんで俺だけそんなにでけぇんだよ。」


「1番ムカつくからに決まってんだろ。

さっき中央庁にいるラズリに連絡を取って、世界中にバラまかせた。

お前らはもうこの世界では『反逆者トレイター』だ。




......監視者ども! 手柄立てたいならこの『反逆者』共を捕まえろ!

生かしたまま捕まえたなら1億ギルだろうが1兆ギルだろうが払ってやるぞ!」


 マヤはデカい声で叫び、空を飛んでいる『空の監視者』達に向かって賭けに出た。


 すると


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 と野郎どもの歓声が聞こえ、一斉にこっちに向かって飛びかかってきた。


「チッ......もうそこまで根回ししてんのかよ......

ホロウ! シナトラ! 中でフラン達が離脱の準備をしています。そっちの手伝いに行ってください。」


「いや、アザムキ。君にはかなり働いてもらった。
だから今回は私達2人にやらせてくれ。」


「後は俺たち2人に任せとけ。お前こそ中に行って手伝いに行ってこい。」


「いや、しかし......」


「これは古き友人フェルトの為の弔いでもあるんだ。

......欲に目が眩んだ『監視者』共にケジメをつけさせる。



腐敗した統治政権の性根を叩き直してやる。」









 ......泡が目の前に沢山現れて......消えていく......


 俺はいつまで溺れ続けるんだ......? この苦しみはいつまで続くんだ......?


 俺は何の為に生きてきたんだ......? 育ての親は里を襲った魔獣に殺された......生みの親は奴らに殺された......


 『あの人』が折角俺に復讐するチカラをくれたのに......復讐するキッカケをくれたのに......


 あぁ......遠いなぁ......水面に全然届かないや......


 魔獣は離してくれそうに無いし......俺は......『魔獣』と『奴ら』に殺されるのか......


 皮肉か......運命か......ただひたすらに復讐の為だけに生きて......奴らを殺す為に何でもやってきたのに......


 遠いなぁ......騙し合いでも負けて......サシでも負けて......追えば追うほど勝ちは逃げてった......


 結局......俺は誰かを頼る事でしか強くなれなかったんだ......


 俺には壁が高すぎたんだ......虚しいな......俺の人生......中身何にもないや......


 全て奪われて......何も得ずに死ぬ......古き友人『アギル』......貴女の最後の頼み......どうかちゃんと果たせてますように......














 俺はいち早く船の中に入った。


 マヤはもう既に船に対する能力を解除したのか、今まで浮かんでいた船が段々と沈み始め、船の中に水が侵入してきた。


「サギ! クーネ! フラン! サクリ!」

 俺は4人の名前を叫んだ。


 しかし、叫んだ後に残ったのは気味の悪い静寂だけであった。


 若しかしたら......と悪い予感が一瞬脳裏をよぎった。


 俺は沈み始めた船の中をひた走った。


 早く戻らないと俺もヤバいが、それ以上に4人の内誰か一人の声すら返ってこないのがもっとヤバい。


「おい! 聞こえたら返事してくれ!」


 ......水棲魔獣に襲われたか......?


 いや、あいつらに限ってそんな事は無いはず......


 全然戦闘向きじゃないはずのサクリにはワイズマンの加護がある。

 ある程度戦闘の出来るクーネにも神の加護がある。

 フランとサクリは実力的に言って、かなり不意討ち気味に襲われない限り大丈夫だろう。


 しかし......何故だ? 何故こんなにも不安が拭いされない?



 いつの間にか俺は、さっきまでいた俺の部屋にまで戻ってきていた。


「......ここにもいない......」


 水の侵入はまだ止まらない......でもあいつらを見捨てる事も出来ない......


 俺は足に侵入してくる水を払い除けながら、ゆっくりと部屋を出ると、どこからともなく誰かの声が聞こえた。


「......久しぶりだねアザムキさん。」

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