苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode19 Guilty punishment

 俺は途切れそうになる意識の中で、夢見心地で目の前の風景を眺めていた。

 両手両足を拘束されて、しかも色んな箇所を突き刺されている。

 血は外に流れて行ってしまって、優先されるべき脳みそに回る血すらも不足し始めている。

 俺もとうとうヤキが回ったかな〜なんて、ぼんやり考えていた。

 そして、その合成魔獣は俺のことを殺そうと、俺の心臓目掛けて最後の触手を突き刺そうとしてきた。


 しかし、その時はいつまで経っても来なかった。

(......あれ?誰かが触手を掴んでる?)

 すんでのところで俺に触手は届いて無かった。


(ここにいるのは、俺とサクリだけ......サクリ......いつの間にそんな力を......)



 その時、またあの声が脳の奥底に響いてきた。

「隣人よ。君はまだ死ぬべき時ではない。」

(ワイズマン?)



 その時の俺は何が起きているのか、なにやら不思議な力が働いてるのか分からなかった。


 俺からぼんやり見える景色ではサクリが俺のことを救ってくれて、俺の頭の中ではワイズマンの声が響いていた。



 合成魔獣はいつの間にやらサクリの手によって始末され、俺はもう意識を保つ事が叶わなくなっていた。










 俺はまたあの夢の中にいた。しかし、濃霧の中では無かった。

 泉と俺との距離は少しあるが、それを目視で確認できるほど霧が晴れていた。

 またあの時と同じように泉の中を覗いた。すると、泉の中からあの時と同じように黒い石の板が浮かんできた。

「ごきげんよう隣人よ。」

「俺......死んだのか?」

「君はまだ死んではいない。」

「そうか......」

「私からしても想定外の事態が起こった。」

「......どういうこと?」

「君が倒したはずの魔獣の死骸が、混ざりあって一体の合成魔獣になった事だ。」

「その事がワイズマンにとって想定外だったこと?」

「そうだ。本来なら君達が存在する世界のルールでは死んだものは死んだものとして生き返る筈が無いのだ。」

「原因は?」


「恐らく、君が宇宙のルールの1つである『光』の外の力を行使したのが原因だろう。

それを行った為に逆転作用のようなものが発生してしまい、君が直後に使った『生』の外の力が反転し、死骸になるはずだった奴らを生き返らせ混ぜてしまったのだ。

安易に力を使いすぎてはいけないという戒めを今一度心に刻んでおけ。」


 そうか......あまり下手に使うと俺自身の身を滅ぼしかねない......か。

「なぁ、なんで俺のこと助けてくれたんだ?」

「想定外の事態だったためだ。本来なら干渉せず静観の構えをとるつもりだったが、致し方無かった。」

「サクリはどうなった?」


「私は彼女の肉体を借りて、干渉を行った。

彼女には申し訳ないと思っている。

彼女の身の安全は私が責任を持って保証する。」


 なるほどね......

「結局......俺は誰一人として守る事も出来ないのか......」


「そう気落ちすることは無い。

実質、君はあの数の魔獣を全て殺したのだ。

並の人間が出来る事ではない。」


 ワイズマンはそう語ると、形を変形させた。

「......サクリ......?」

 その姿はとてもサクリに似ていた、いや、サクリそのものと言っても過言ではなかった。


「私には特定の形というものは無い。

これからは彼女の肉体と姿を借りる。

私は彼女の深層意識から覗いているぞ。

受け取れ。君が手にするハズのものだ。」


 ワイズマンがそう言うと、目の前に何個かの光の玉が表れた。

「......俺の欠片達......」


「あの合成魔獣の中に入っていた分だ。

これらは君の1部なんだから、君が手にするべきだろう。」


 俺は何も言わずにそれらを受け取ると、それらは俺の中に入っていった。

「段々と、戻ってくる......」


「いや、厳密には違う。君は取り戻す過程で着実に変わりつつある。

失った前とまるっきり同じという訳では無い。」


 俺が......変わる......












「......キ.........ムキ......ザムキ......アザムキ......アザムキ!」

 俺を呼ぶ声で、俺は目を覚ました。

「良かった......目を覚ました......」

「ん......ぁ......」

 俺は何か話そうとしたが、口の中が異様に乾いてる感じがして上手く話せなかった。

「ちょっと待っててね。水持ってくる。」

 フラン......?俺のことを看ててくれたのか......

 頭がすごく重たい......まるでダンベルを頭の中に埋め込まれたみたいだ......

 情けないな......ワイズマンの助けが無かったら今頃死んでたのかな......


「......変わる......か......」


 俺は何か大事なものを見落としてるのかもしれない。それは何かは分からないが。


「アザムキ......はいお水。」

 フランは俺のことをゆっくりと起こし、水を飲ませてくれた。

「......他のみんなは?」

 アジトの中から物音1つしないほど、とても静かだったので俺は質問した。


「サギとシナトラは終日クエストに出ずっぱり。

サクリとクーネは街に出かけてて、ホロウは昔の友達に会ってくるとか言って出かけたまま。」


 昔の友達......フェルトのことか......?


「あ、そうだ。フランと連絡先交換して無かったよね?

フランのセルギュの連絡先追加していいかな?」


 俺はベッドの上に放置してあった自分のセルギュを手に持った。

「あ、全然いいよ!はい!」

 カチンと、乾いた音が部屋に響いた。



「俺が目を覚ます前の状況を教えてくれないか?」

 水を何杯か飲んで、段々と頭が働くようになってきた頃になって俺はフランに質問した。


「えーっと......まず、私がクエストから帰ってくると、まず廊下でホロウに会って、ホロウの目の前には死んだ男が倒れてたの。

ホロウの服が返り血で真っ赤になってたから、ホロウが殺したんだろうな〜っていうのは何となく分かった。

それでホロウが『こいつの後始末をして来る。』ってだけ言って、その死体を抱えてどこかに行っちゃったの。

それで私は慌ててリビングに駆け込むと、ペイントでベタベタになった姿見の前にアザムキとサクリが倒れてて、とりあえず2人を部屋に運んだ。

サクリは特に怪我はして無かったけど、アザムキはひどい怪我だったから薬草と包帯で傷を塞いだよ。

サクリはちょっと寝たらすぐに起きたけど、アザムキは多分2日......いや3日くらい寝てたよ。」


 丸3日寝てたのか......ミラはホロウに殺されたのか。


「ありがと......」

 どこか元気の無い生返事をした。


「アザムキが寝てる間はホロウとシナトラ以外の皆で、かわりばんこで看病してたんだからね!

感謝しなさいよーー!」


 そう言うとフランはいきなり俺に抱きついてきた。

「いてててて!痛いよwww」

 フランなりに辛気臭い空気を破壊したかったのかもしれない。


「アザムキ......なんか1人で全部抱え込もうとして無い?」

 なかなか鋭い質問だ。確かに、ミラを一人で対処しようと思ったのは間違いだったかもしれない。

「いや......別にそんな事は......」

「だったら教えてよ!
アザムキがなんでこんな大怪我したのか!」


「......分かった。悉皆の事情を説明する。

俺はミラっていう男に狙われていた。

そいつは鏡に映ったものを鏡の中に引きずり込んだり、逆に外に出したり出来る能力を持ってた。

そいつが最初に俺を襲った時に『いつでもお前を殺せる』みたいな事言ってきてさ…...

それならこっちから逆襲してやろうじゃんって思った。

サクリに手伝って貰ってあいつを追い詰めた。

それで拷問に近い詰問をして、いくらか情報聞き出せたんだけど、あいつ......サクリのこと人質にとって俺を脅してきたんだ。

それでサクリを救うこと優先して、鏡の中で大量の魔獣と戦ってこの有様。

そのミラって男は俺がサクリを救いに行ったタイミングで逃げたんだけど、多分逃げる途中でホロウに出くわしたんだと思う。

それでホロウはそいつを......」


 俺は今までの事を洗いざらい話した。

「なるほどね......だいたい分かった!」

 そう言うとフランは俺の飲み終わったコップを片付けた。


「それはそうと......今はアジトに私とアザムキしかいないんだよね〜......」

「え?」

「それに......今アザムキは大して動けないよね〜?」

 ......やばい気がしてきた。

「チャーーーーンス!!」

 フランはそう叫ぶなり、俺に飛びついてきた。

「おいおい!ちょっと待ってよ!」

 ベッドの上で寝ている俺に対して、フランはマウントポジションをとった。

「ふっふーん! この前のお風呂でのイタズラ失敗を、今こそ挽回するのだー!」

 やっべーぞ…...今俺やり返す事出来ねぇよ......

 いや、むしろアリか? うん! 仕方ない! これは不可抗力だ! 最早全てをフランに委ねるのもアリよりのアリかもしれんぞ!


 俺は全身の力を抜き、フランに全てを委ねてしまおうと思った。いや、俺は抗う事に疲れていたのかもしれない。


 ゆっくりとフランの顔が近づいてきて、お互いの吐息の音の細かいリズムまで分かりそうな程の近さになった瞬間。


 突然、俺の顔に水のようなものが落ちてきた。


 フランの顔をよく見ると、彼女は泣いていた。

「ん、どうしたんだフラン?」

「......なんでもない......」

「何でもなくないだろ。何でもないのに泣くやつがいるか?」

 俺はそっとフランの事を抱きしめた。抱きしめた腕はまだ完全に傷が塞がって無いようで、ズキズキ痛んだ。


「なんでアザムキがこんな目に遭わなくちゃいけないの......?

私が倍加の力を使ってアザムキの治癒力を倍加して無かったら、きっと今頃死んでたよ......

それに......今だってアザムキの呼吸の音......とっても小さかった......

今にも死んじゃうんじゃないかって......怖くて......」


「なんで俺じゃないのに、そんなに俺が死ぬことを怖がってるのさ…...」


「......だって......だって......」


「でも......ありがとね。」

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