苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode13 Geometrical relation

 アジトの自室にて俺は輪っかと格闘中だった。まず俺は帰ってきて早々に自室に入り着替えた。

 そして腕に付けていた輪っかを外して起動しようと思ったのだが、そこでまずどうしたらいいのか分からなくなった。

 輪っかの見た目は、至って普通の鉄で出来た輪と言った感じで、スイッチのようなものはどこにも見当たらなかった。


 シナトラはいとも簡単に起動していた俺にできないわけが無い! と、思いながら色々試して既に20分くらい経過した。


 俺の努力は虚しく、一向に起動する気配が無い。仕方無く俺はクーネにヘルプを求める為、自室を出る事にした。


 自室から出ると、クーネはサクリと話して打ち解けようとしていた。

 そこで少し申し訳ない気持ちになりながらも、俺はクーネを自室に呼び込んだ。


「ごめん、この輪っかの起動の仕方がマジでわからん。教えてくれ。」

「あーはいはい。えっとまずこの輪っかセルギュって言うんだけど、セルギュの全体を掴むように握って起動するように念じるだけでオッケーだよ。」

 言われた通りにセルギュの全体を掴むようにして握りながら起動するように念じた。すると、セルギュは鈍い光を放ち始め、起動した。
「おお!ありがとね。」

 起動したセルギュは液晶のようなホログラムを映し出し始めた。

 タップしたりスワイプしたりして操作するので、スマホと同じ感覚だった。

 ただ液晶じゃないので、触ってる感じはほぼ無いに等しいが。

「あ、そうだ。アザムキ起動したの初めてだよね?なら設定で所属名を変更しておくといいよ。フォーマットだと何も書かれてないから。」
 クーネが助言してくれた。俺は早速設定を開いた。

 そこには個人名という枠と所属名という枠が設けられていた。

「ん、個人名は初めっから入ってんのな。」
自分の個人名の枠には『アザムキソウセキ』と既に書かれていた。

「それは最初に起動した人の名前を自動的に読み込む機能があるからだよ。」

 俺はそこで所属名を『実力至上主義ルド』に変更した。
 次に連絡先を交換している一覧を覗いて見た。

 連絡先の枠にはさっきと同じように所属と個人名が映し出された。

 そして同じ所属の場合それぞれの枠が線で繋がり、幾何学模様を作り出すのだった。

 そこで俺は線で繋がっていない一つだけ単独になっている枠をタップした。

『ゲオルグ』と表示された個人名と『空の監視者』という所属名。

 そう言えばあの鳥頭の名前を知るのはこれで初めてだな。

 ふーん、ゲオルグっていう名前なのか。と思いつつ俺はそいつにメッセージを送った。

 内容は管理局にいた時に思った事実確認と近況報告などだった。

 メッセージを送り終えると、俺はセルギュをベッドの上に投げた。

 すると、手から離れた途端セルギュはまたただの輪っかに戻った。

「結構便利だな。連絡先交換も楽だし。」
 更に言うと、いじっていて結構楽しい感じがした。

「下手するとスマホなんかより楽だよ。」
そこにクーネが付け加えた。確かにそうかもしれない。


 俺はゆっくりとベッドに座った。クーネも部屋の隅に置いてあった椅子に座った。

「なぁ、クーネって前の世界にいた時ってどんな感じだったの?」

「ん〜......普通の学生って感じかな。家は割かし裕福な部類に入ってたとは思うけど。」

「それ自分で言っちゃう?www」

「言っちゃう言っちゃうwww」

「言っちゃうのかよwww
あ、そうだ。話変わるけどさ、どう?こっちの世界に来て。良かったと思ってる?」

「ん......どうだろうな......まぁ少なくとも求めてた劇的な非日常は味わえてるかな。そう考えると良かったのかも?」

「も?」

「もも?」

「すもも?」

「すももwww」

「すももってなんだよって話だよなwww」

 こんなに下らない話が出来る相手がいるのは凄く幸せな事なのかもしれないと、その時ふと思った。

 そして俺はクーネの笑顔を見て、自然と笑顔になっていた。

 こんな日常がいつまでも続けばいいなと心のどこかで思ってしまった。

 そこで俺は笑うことをやめてしまった。そして、別に元の世界に帰らなくてもいいんじゃないか? という疑問が心の底から浮かび上がってきた。
 別にずっとこっちにいても構わないじゃないか。

 ......でも、あいつは......幼馴染のあいつはどうする......

 俺は今まで親しかった人間を簡単に見捨てることが出来るほど図太い性格してなかった。

 それが枷になるのと同時に、糧になっていた。元の世界に戻る理由の1つだった。

「どうしたの?」
 心配そうにクーネが聞いてきた。

「あぁ、こんな日常がずっと続けばいいなって思ったのと同時に、元の世界に帰らなくてもいいんじゃないか?って思ってさ。」

「ふぅん。まぁ、好きにすればいいんじゃないかな? アザムキの自由だし。」
 当たり障りの無い答えを期待してたわけじゃなかったが、その言葉は俺の意思次第であるという事を示していると感じた。

「まぁ、今決めることじゃないし。あまり深く考えないようにするよ。」
 俺は作り笑いをしてみせた。ホントは深く考えないようにする事なんて出来ないのに。
 その時一粒の涙が頬を伝わって落ち、俺はハッとした。

 元の世界にいた時、幼馴染のあいつに言われた言葉。


「自分自身に嘘をつくことに慣れてしまった。」


 今の俺はあの事故でその部分すら失った。今の俺は自分に嘘をつくことすら出来なくなっていた。

「ホントは......大丈夫なんかじゃないんだ......苦しいんだ......」

 俺は胸をおさえつけた。

 そして思った。これはホントの悲しみだ。数少ない俺に残されたホントの部分。その1つは悲しみだった。悲しみなんて、要らないのに。

 その時、優しさと包容力の塊が俺を包んだ。

「クーネ......」

「何も言わなくていい。何も言わなくていいから。」

 クーネは悲痛な叫びを上げる俺の魂を抱きしめてくれた。

 暗闇の荒野に差した一筋の光だった。俺はその光にしがみつくことしか出来なかった。


 魂の叫びは嗚咽に変わり、俺の外に出ていった。

 結局、外見は中身の1番外側だった。気持ちに肉薄する言葉なんか要らなかった。気持ちをそのまま叫べたから。


 始終クーネは俺の頭を撫で続けてくれた。いつぶりだろうか。誰かに撫でられるなんて。

 その時何言ったかなんて記憶はほとんど消えていた。堰が切れたようにとめどなく溢れた俺の感情を全て、クーネが受け止めてくれた。

 俺はホントはこんな状況を前向きに考えちゃいなかった。
 突然訪れた非日常。自分の7割を失って得たものは、変な能力と1本の剣と1つの輪っかだけ。

 日常を返して欲しい......元の世界に帰りたい......






 俺の気持ちが落ち着くと、一緒に部屋の外に出た。

「あれー?なんでクーネがアザムキと一緒にアザムキの部屋にいたのかな〜?」
 おちょくるように聞いてきたのはフランだった。

 フランの言い方は少しだけ不機嫌な部分が含まれている気がする。

「すまない......俺はちょっとだけ、疲れてしまった…...風呂に入って寝る......」

 俺はそう言って、風呂までフラフラと歩いて行った。



 泣き疲れて吹き出した嫌な汗をシャワーで流すと、思いっきり壁を殴った。

 取り戻した感情は怒り。俺に残された感情は悲しみ。

 負の感情しか純粋な気持ちで表せない自分。俺は右手で顔を覆った。

 人間の約6割は水だと言われているが、俺の場合それは謎の液体で埋められていた。

 魔力で繋ぎとめておかないと消えてしまうこの体。それは食事がよくある食べ物から魔力に置き換わった事を意味していた。

 食べ物を食べられないわけではない。ただ、俺は気づいたのだ。管理局の外に出た時に。

 あの時思いっきり空気を吸い込んだ。それなのに、空気の香りや味がしなかった。

 いや、本来なら無味無臭なのは当たり前なのだが。そういう事ではなく、例えば海なら潮の香りなど、その場独特の空気の味というものがある。

 それがあの時全然感じなかった。前から何かおかしいと感じていたが、どうやら俺の五感は段々と死につつある。

 耳の中から変に聞こえるノイズも段々と大きくなっていってる。視界に入る変な像も段々と増えて行ってる。

 これは確実に気のせいなんかでは無い。俺は蛇口を捻ってシャワーを止めようとした。しかし、そこで1回だけ失敗した。

 ちゃんと見ていたのに、空間把握の感覚も微妙に狂ってきているようだ。

 これらは魔力を吸い込む事で一時的に緩和されるのだが、どうにも心の飢えと渇きは癒せない。


 俺は湯船に浸かり、遠くのかの地へと思いを馳せた。

 俺がいなくなってどうしてんのかなあいつら。特に変わりは無いかな......

 そうするとやはり行き着く結論は元の世界に帰りたいというものだった。

 そんな感じでぼんやりと考えていると、ドアをノックされた。

「入ってるよー」
 と呑気に答えた。

「分かった〜」
 サギの声がした。

「すまない。もうすぐあがるから。」

「急ぐ必要は無いよ。」

 ガチャり。とドアを開けられた。

 目の前に飛び込んできたのは一糸まとわぬ姿のサギだった。

「な、おま......入ってるって!!!」
 俺は急いで目を逸らした。男の裸を女が見るのと、女の裸を男が見るのとでは訳が違う。

「別にいいでしょ? 減るもんじゃないんだし。ホラ、見ていいんだよ?」
 この状況はマズいだろ…...なんだ?まだ催淫キノコの効果抜けてないのか?

 その時の俺の顔は、きっとリンゴより真っ赤になってただろう。

 気恥しさのあまり、考えていたことが全て吹き飛んでしまった。

 一瞬だが、サギの裸体を拝んでしまった。

 ホントに一瞬見ただけだったが、いつも暑苦しそうなローブで隠されているその肌は雪のように白かった。そしてとても均整の取れた体つきをしていると思った。

 頭ではこんな風に冷静に考えようと努力しているが、実のところ上と下とでは反応が違った。

 これはバレたらマズい......童貞だってバレる!!!

「ねぇ〜アザムキぃ......背中洗ってぇ〜♡」

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