愛殺―あいころ― 番外編・イラスト

@yumetogi_birt

夜の海

 一人で出るには危ないと思いつつも、俺は外の空気にあたりたかった。理由は特にない。けれど、先程のラムズの様子と言葉が、なんだか頭の中で何度も反芻はんばくしていた。
 ラムズがなにをしようと関係ないことだけれど、気になって仕方がなかった。
 ──恋に落とすのは俺の知り合いじゃない。
 ラムズはそう伝えてきたけど、やっぱりその相手はメアリなんじゃないだろうか。

 そろそろ戻ろうかと『13人と依授いじゅ』の宿屋の正面に向かうと、貴族を思わせる淡い水色のドレスに身を包んだメアリと鉢合わせた。海賊のボーイッシュな印象をたたえたイメージが頭の中で定着していたため、以前の姿が一瞬フラッシュバックする。

「メアリ、どうしたんだ? こんな時間に」

 スカートの裾をはためかせてこちらにやってくるメアリの後ろを見やれば、ラムズが続いていた。
 ラムズは駆け足で来たメアリと歩調を合わせずに続いて、四メートルほど後ろを歩いていた。
 メアリはその言葉を聞くと俯き、俺から視線を外して答えた。

「ガ、ガーネット号に忘れ物しちゃって……」

 たしか今のガーネット号は魔法で縮小され、ラムズの手元にあるんだったよな。
 それをわざわざ解除させるなんて、ラムズは大した器じゃないか。

「え、そのために今から船を元に戻すのか?」

「う、うん。どうかしたのかしらね、ラムズ。機嫌がいいのかな……」

 メアリは後ろからやってくるラムズを意識して小声でそう話す。ますます怪しい気がする。ラムズはわざとメアリに優しくしてるのか? つまりラムズが恋に落とす相手はメアリ──?
 ラムズは作為を含んだ口調で俺に話しかけた。

「レオン、メアリには俺がついてるから早く宿に戻れ。襲われても知らないぞ」

 その視線は同時に、邪魔者は消えろとも語っているような気がした。
 俺はなぜ、この時こんなことを口走っていたのかわからない。なんとなく、俺も船に入りたいと思った。
 いつになく、飄々ひょうひょうとした口調で言った。

「いや、俺も行くよ。実は自分のカトラスおいてきちゃって。ばかだよな」

 ラムズは強く俺のことを睨んだが、殺気はどうにか感じられなかったのでよしとした。
 俺は不服なラムズにもう一押しした。
 これでなんとかしてくれ。

「金のボタン全部あげるから、な、お願い!」

「本当か?!」

 宝石においては、俺はラムズのことを信頼している。学ランのボタンがすっからかんになろうと、今は知ったことではなかった。



 ◆◆◆



「ラムズは船の前で、変な奴が来ないか見張りをしてくれていると嬉しいな」

「ああ」

 おまけに外観をカモフラージュする魔法までしてもらった。すぐ戻るからな、と心の中で呟く。
 メアリは航海をしていた頃よりも綺麗な赤髪を揺らしながらスタスタと瓶の中から出された船へ入っていった。
 乗り込むときは、スカートの中が見えるんじゃないかってどきどきしたけど。

 久々に乗り込んだ船。夜の静けさが広がる海と調和を取って、ぎしりぎしりと大きく音が鳴る。

 金網の巡らされたハッチという船倉に続く蓋をメアリに代わって開け、二人して入った。
 狭い部屋に詰められた大砲に圧倒されながらも、カトラスの収納ケースにそれらは幾重も突き刺さり、うちの一本を金属の音を立てて引き抜いた。
 メアリは黙ってそれを見ていた。

「メアリは忘れ物取りに行かなくていいのか?」

 カトラスを腰につけメアリの顔を見ると、パチパチと瞬かせた切れ長な目と目が合った。
 この時メアリが話す内容なんて想像もつかなかった。

「私の忘れ物は、レオンの忘れたカトラスだったの」

「へ?」

「レオンが丸腰で歩いてるの見て、私びっくりしちゃった。エディに予備を貸してもらっているみたいだけど、世話係の私の面倒見が足らなかったなって」

「俺のために? メアリって優しいんだな……」

「そう? 頼まれた仕事を全うしているだけよ」

 謙虚な振る舞いをするわけでもなく、いつものどこか猫みたいに冷たい瞳で俺を見ていた。
 むしろいつものメアリだった。

 なんだかふいにラムズとの会話が頭に浮かんだ。
 俺はラムズに『好きな女の子の秘密や特別を見い出せ』と言ったが、俺たちは今ちょうど密室にいる。
 いわばメアリの女の子らしさを見ることができるいい機会なんじゃないか。
 少し変わったやり方で、けしかけてみることにした。

「メアリってさ、歌が上手いんだろう? ちょっと聴いてみたいな」

「どうして、突然そんなことを言いだすの?」

 それは至極当然な反応で、メアリは目を細めて小首を傾げた。

「ラムズには探し物が長引いたって言えばいいよ。二人きりになれる機会なんてなかなかないからさ」

「レオン、なんだか今日変」

「いいじゃん、メアリの歌声が聞きたいんだよ」

 メアリは訝しげな目を俺に向け、横に逸らし、いいけど、とぼそりと言った。
 この子、恥ずかしそうにする様子はできるよな。
 俺はメアリの心理が、ラムズと話をしてから気になって仕方がなかったのだ。

〜♪

 小さく蚊の鳴くような声から、密室の船倉に木霊する程の音量まで広がった。
 メアリも次第に楽しそうにしている。

 聴いたことのないその唄は、すぐに俺の共感を掴み、メアリよりよほど小さな音量で鼻歌を口ずさみ、その空間は長引いた。
 瞬間、船が大きく揺れた。
 壁を背後にしていたメアリは背中を打ち、その前にいた俺はメアリの顔のすぐ横に大きく手を着くこととなった。

 両者共々に目を瞑ったが、俺はすぐさま開いた。
 だってメアリの顔が目の前にあったから。
 不可抗力とはいえあと少しで顔が触れそうなくらい近づいていて、俺は心臓が痛くなった。
 バクン、バクンと、心臓は俺の体に静止命令を出した。

「海が……反応しちゃったみたい」

 メアリは申し訳なさそうに言った。
 申し訳ないのは俺の方で、女の子に壁ドンしちゃったしラムズと今日あんな話をしたのにこんなことになっちゃって、爆発寸前だった。

「行こう、ラムズが待ってる」

 自分からラムズを待たせようと言い出したくせに、俺は一目散に出口に向かったのだった。

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