国際魔術師シンの受難

不破 遍

第1話 急襲、街中の嵐

 異世界との門が開き、交流が始まったのは、西暦2030年。
 その間流れ込んできたものは新たな文化や物質だけではなく、〝魔術〟と呼ばれる技術もだった。
 世界に満る魔力を使い、超常の現象を巻き起こすそれは、瞬く間に世界中に広まった。
 それと同時に現代に残る魔術が表舞台に姿を現し、魔術は発展を加速させた。


 それから120年が経った。




 そこは魔術国家日本、中央魔術局最上階の一室。
 そこには一人の少年と、椅子に座る大柄な男、その傍に控える女性がいた。

 「――――――これで契約は完了。シン、任務頼んだぞ」

 「ええ、分かっています。それでは柳さん、また」

 軽く会釈をした少年は、踵を返し去っていった。
 静かに閉められた扉。残るのは静寂。

 「・・・・・・にわかには信じられません。Sクラス国際魔術師があのような少年だなんて・・・・・・」

 「ん?あぁ、君は最近ここに来たからな。なんだ、信じていないのかね?」

 「いえ、そういう訳ではありせんが・・・・・・」

 秘書と思われるその女性が思わずと言った様子で口から零したのは、先程まで室内に居た少年魔術師のことだった。
 柳と呼ばれた男は、机の上で手を組みながら部下の杞憂を笑う。

 「まぁそう心配するな。容姿がどのようなものであれ、1人で1国と戦える戦闘力を持った存在だぞ、Sクラスというのは。『1国が持てばバランスが容易く崩壊する』から国際魔術師なのだ・・・・・・」

 「あの若さで・・・・・・」

 「ふん、上もなにを考えているのやら。彼に依頼するなど・・・・・・。なんかあるんだろうが・・・・・・。余り詮索すると藪蛇になるもんな。だろ、シン?」

 「え?」




 そこは日本魔術局の1階廊下。少年と呼ばれた彼、シンは赤い絨毯を踏みしめつつ、少女の喋り声に耳を傾ける。

 『――――――だってよ、シン?』

 「余り盗み聞きするなよ、エンヴィー。あまりいい趣味とは言えないぞ?」

 脳内から響く彼女の声に、苦笑しながら応える。
 彼女はあまりプライバシーなどを考慮しないため、盗み聞きなどを躊躇いなく行う。

 『むぅ、だってあんな紙みたいな防性結界しか張ってないのよ?盗み聞きしてください、って言ってるようなものじゃない?』

 「いや、それはお前の干渉能力が高すぎるだけだろ・・・・・・」

 彼女の異常な干渉能力と領域掌握能力に耐えられる結界を張れるのは、世界に何人もいない。それが分かっていながらもそう言うあたり、性格の捻くれっぷりが分かるというものだ。

 『まぁいいわ。早く戻りましょ。昨日夜ふかししてたせいで眠いの・・・・・・』

 「そうだな、帰るか・・・・・・」

 エントランスを出て、止めてあった黒の魔導車に乗り込む。
 座ったのは運転席ではなく、後部座席だ。
 運転席には人影が1つ。

 「――――――ラース、頼む」

 「かしこまりました」

 それはメイドさんである。
 黒髪黒目ながらもその顔立ちは日本人とは決定的に違う。黒曜石の様な輝かない冷たい瞳に夜色の髪。誰が見ても美女と讃えるであろうその顔は、一切の動きがない。
 通常よりも多くの黒を使用してあるメイド服に身を包んだその姿は誰が見てもメイドさんだ。

 ゆっくりと発進した魔導車はひっそりと存在感を街に溶かしていった。空には魔導船が飛び交い、巨体なホロウィンドウには踊っている人気のアイドルが映っている。
 天候は快晴、雲ひとつない青空が頭上を覆っていた。


 メイドのラースがミラー越しに視線を飛ばしてきた。

 「・・・・・・それで。どのようなお仕事なのですか」

 「あぁ、明日から国立中央魔術学院に潜入することになった」

 「・・・・・・それは、どういう経緯だったのですか?」

 「ん、えっとだな。良家のお嬢様がどっかの組織に狙われてるんだとさ。それの護衛だよ」

 「・・・・・・そのようなもの、わざわざ国際魔術師に依頼したのですか?」

 ミラー越しに合った目は怪訝そうだ。

 「もちろんそれだけじゃない。どうやら――――――」


 「――――――ヴァニティの奴が関係している可能性がある」


 刹那、

 ――――――ドッガガガガッッッ!!!
 ――――――ギギギギギギギギギギィッッ!

  轟音が鳴り響いた。
 それは金属を金属で削り落とすような音で、その音源は魔導車の前方、道路であった。
 見れば頭上から弾丸の雨が降り注いでいており、アスファルトを砕きながら迫ってくる。

 「うおおおおおおおおおおおおっっ!?」

 「シン、揺れます、舌を噛まないでくださいねッッ!」

 ラースが警告した直後、凄まじいスリップ音が街中で広がる。
 魔導車は疾走を開始した。
 窓の外の景色が高速で流れていく中、シンは呼びかける。

 「連中、エンヴィーの索敵結界を抜いて来たのか・・・・・・!?おいエンヴィー、どうなんだ!?」

 『・・・・・・・・・』

 少女は答えない。

 「おーい、どうした!?」

 『・・・・・・・・・』

 反応がない。いや、これは――――――

 「お前まさかッッ、寝てんのかぁぁぁぁぁ!?」

 『・・・・・・・・・ぐぅ』

 エンヴィーはぽんこつであった。

 「くそっ、今身体に残ってるのはラースとこいつだけか・・・・・・!よりによって遠距離が苦手なラースしか動けないのか・・・・・・!しょうがねぇ、ここであれを組み変える!」

 「うるさいですね、仕方ないでしょう、そういう能力なんですからっ。あぁもう鬱陶しいっ!」

 メイドは幾度となく降り注ぐ弾雨を避けるように車を操る。
 しつこい攻撃に鬱憤が溜まってきたようだ。

 しばらく街中――――――被害が広がらないよう人気のない区画へ進みながら――――――を走りながら、敵の攻撃から逃げ続ける。

 「――――――まだなんですかっ、早くしてください。車を壊したくないんですから!」

 「わかってんだよ、術式の書き換えは本来落ち着いてやるもので――――――できたぞ!車止めろ!」

 再びスリップの高音と煙を上げながら止まった車から転がるように出てきたシンは、上を見渡し攻撃してきた位置を探る。
 そして発見したのは頭上のヘリコプターであった。
 機体下部に接続されていた機関銃から、止まったシンたちを食い殺すように飛ばしてきた弾丸に対し、シンは掌を向け――――――

 「――――――《範囲改造型カスタム自在変形アグレッシヴ・攻性結界バリア》、展開っ!!」

 巨大な槍が射出した。

 それは針山にも杭にも見えた。半透明の半球状の障壁から突き出たそれは鋭く尖っており、弾丸を弾きつつ上空まで伸び、ヘリコプターを容易に貫通した。

 一瞬動きを止めたヘリは、直後に爆発。
 破片と火の粉が街に降り注いだ。

 車から降りてきたラースはシンを心配する視線などひとつも見せず、確認する。
 
 「・・・・・・人は乗っていなかったですよね?」 

 「ああ、魔導人形オートマタだけだった。生体魔力なんて欠片も感じなかったからな」

 「魔導人形、ですか・・・・・・」

 「あぁくそ、面倒な依頼を受けちまったかもな」

 今回の依頼から香る不穏な空気にボヤきつつ車に乗り込み、2人は帰路についた。




『・・・・・・・・・ぐぅ』

 エンヴィーは、いまだ寝ていた。





 「――――――車が傷つかなくて良かったです。改造車ですから部品代とか色々と、お金がかかるんですよね」

 「ああ。俺たちは問題なくとも、車は脆いからな」
 



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