夢に見た時間。それは現実との境界
プロローグ
 「貴方の描く作品はとても繊細で美しいです。」
真っ直ぐ射向けられた視線に、私は思わず惹きつけられた。
年はおそらく30代前半。
切れ長の眼に長めの前髪、尖った顎に痩せた身体。
 額を隠すように覆われた髪から覗くその瞳はどこか切ないように私には写った。私という個体を見ているようで、もっと遠くの、見えない何かを掴むように探しているような、そんな気がしたからだ。
 
他の人にはない独特のオーラを持った人だと思った。
「私も岸野さんとお仕事させていただけて光栄です。とても素敵なアトリエで惚れ惚れしてしまいました。」
 私は淡い藍色のマグカップに手を伸ばした。白を基調とした空間に青みがかった机とマグカップが凛々しく映えている。湯気が立ったコーヒーの香りが鼻腔を擽った。一口飲むとゆらゆらと揺れるカップの水面が少しだけ崩れ、弧を描く。ほろ苦い風味が舌の上に広がり、深みのある余韻を残した。
「ずっと夢だったんです。芸術家の作品が映えるような、生きるような環境を作ることが。だから資金を貯めて、会社も辞めて独立したんです。周りからは反対というかびつくりされましたよ。でも作者さんと協力して、素敵な世界観を作る事に成功したときは本当に嬉しいですし、やってて良かったなあって思っているんです。」 
 藤沢さんの作品を始めて見たときは、「ああ、こういう作品を創る人と一緒に仕事がしたい」と直感で思いましたよ。お若いのにこんな美しくて儚い絵を描く方がいるんだなあって、感動したんです。
そう語る彼の瞳は心なしかさっきよりも熱い。
「やだ、そんな風に言っていただけるなんて。動揺してコーヒーこぼしちゃいそうです。」
 私はマグカップを机に戻した。また少し、水面が波を立てる。
 ちなみになんですが。
彼は机に置かれていたiPadを起動させ、何かを打ち込むような体制になった。
「どのようなコンセプトにしますか?僕としては藤沢さんの絵から、なんというかこう、[リアルに近い、夢の中にいるような感覚]を得たのでそれを全体の空間として表せたらなあと。思っているのですが。」
夢、ですか。
私は呟いた。
そしてその言葉は久しぶりに私の心を揺さぶった。
かつて「夢」と「現実」の境界を彷徨った不思議な体験を思い出したからだ。
急に黙り込んだ私を見て、岸野さんは慌てたように取りなした。
「すみません。見当違いなことを言っていたら…描く事に対しては素人の感想なので聞き流していただいても…。」
「いえ、そんなこと全然。ただここまで鋭い方に始めて出会ったので驚いてしまいました。」
 私はそう言って微笑んだ。
10年前自分の身に起こった不思議な出来事を思い返しながら…。
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