インカイゼル戦記

虎丸リウ

第11話 雷火の過去 3

第11話



鬼神ガルディオンの死は瞬く間に世界全土へと広まった、だがどこでなぜ死んだのかは一切分からなかった。
オレとリーゼは真相を探るため世界を回りある人物を探していた。
かつてガルディオンと対等に渡り合った破壊神ラオテラス、そして同時期四強と呼ばれていたヴァルザスとリオネスの行方を追っていた。
ガルディオンを倒せるとしたら奴らしかいないと思ったからだ。更にはガルディオンの死の直前にオーストラリア沖にある無人島でラオテラスとガルディオンの死闘が繰り広げられ島ごと地図からその姿を消した前代未聞の出来事があった。
そしてロシアの主街区にラオテラスの目撃情報を得たオレたちはロシアへと足を運んだ。
しんしんと雪が降り積もり肌が痺れるように冷たいリーゼをそっと抱き休憩ついでに一軒のバーに立ち寄った。なんとそこには一人ブランデーの注がれたグラスを傾けているラオテラスの姿があった。
待っていた、と言わんばかりに隣の椅子を引く。

「こやつらにも同じものを頼む。」

かしこまりました、とバーテンダーは同じブランデーを二つ用意する。

「来るのがわかってたみたいだな…」

「ワシを探している二人組がおると贔屓の情報屋から聞いてな、貴様らだとは思っておったわ。」

「私たち未成年ですし…お酒は苦手で…」

リーゼはグラスいっぱいに注がれたブランデーの香りに早くも頬を赤く染める。
一度ガルディオンの酒を間違えて飲んでしまった時は大変なことになったものだ、リーゼは酒癖が非常に悪い、それを思い出した雷火はリーゼのグラスをひったくり代わりの飲み物を注文した。
一杯目のブランデーを勢いよく飲み干したオレを見てラオテラスは機嫌を良くしたのか口を開く。

「なかなかいける口だな、ここは奢りだ、好きに飲め」

「あんたと楽しく酒を飲みに来たわけじゃない、聞きたいことがある。」

50度近い酒を飲み干したとは思えないほどシラフな雷火、能力の影響かかなり酒には強い。

「みなまで言うな、やつのことであろうが。」


「あんたは知ってるのか、何があったのか。」

「…奴はな、心臓に治らぬ病を抱えておった、己の死期を悟ったのかわしの元に来たガルディオンはただ一言『俺の家族を頼む、おめえにしか頼めねえ…』と言いおった、無論ワシがそんな頼みを聞く義理もない、断ったさ、すると奴はこう言った、『なら力づくで聞いてもらうしかねえな』ときたもんだ。勝手なやつよ…」

柄にもなく口数が多いラオテラス、酒の影響もあるのだろうがガルディオンの話をするラオテラスは何が悲壮感を帯びている。

「それからまる三日、奴と魂をぶつけ続けた…最高だったわ、互いにすべてを出し尽くした、病に犯されているとはとても思えんかったわ…結果は知っての通り、わしの負けよ、その後だ、奴の目的、そして頼みを聞いたのは。」

島一つが地図から消えた闘い…その裏にはそんな真実が…

「今世界政府が何を目論んでおるかしっておるか?」

「詳しくは知らない、でもサイレスやら能力者やらを集めて何かを企んでるのは分かってる。」

グラスに輝く氷をカランと転がしラオテラスは言う。

「新人類による新世界の創世…とでも言うのか…何を思うたか奴らは神にでもなろうと言うらしい。」

思いもよらない言葉に呆然としてしまう、新世界の神?そんなくだらない事を企んでたのか?馬鹿馬鹿しい…

「奴らを率いているのはクロノスと呼ばれる一人の科学者だ、貴様には聞き覚えがあるだろう。」

クロノス…プロトサイレス研究の責任者であり立案者だ、オレのサイレスも奴の実験の産物だ。ただ愚かな人間が安易に考える事ならすぐにでも破綻する話であろう、しかしこんな馬鹿馬鹿しい話を考えたのがあのクロノスなのであれば不思議と現実的な話になる…

「ガルディオンはかなり前からその事を知っておったようでな、単身政府に乗り込みその野望を打ち砕こうとした、だがやつの体は既に限界が来ておった。殺されたのだ、クロノスの手によってな。」

話の途中察してはいたがその事実を聞いた途端に怒りがこみ上げてくる、師匠を殺したクロノスには勿論の事だが、たった一人ですべてを抱え込んで死んでいったガルディオンに対してもそれは同じだった。
なぜ一言言ってくれなかった…

「あんたは知ってたんだろ、ガルディオンが一人で戦うことを!なんで止めなかった…なんで共に戦わなかった!」

「ら、雷火、落ち着いて!」

子供のように感情をぶつけるしか出来なかった、オレに力があれば共に戦うことが出来たかもしれない、少なくともその時に死ぬことは避けられたかもしれない。

「責めたければ責めろ、何もしなかったのは事実だ…だがそれは奴の頼みでもあった、奴はお前達を守るために孤独に戦ったのだ。それを踏みにじる事はワシにはできん。」

オレ達を守るため…?

「小僧、貴様の力は本来奴らの手の中にあらねばならぬ物だ、なぜ貴様の居場所が分かっていながら政府の手が及ばなかったのか、分からぬとは言わせんぞ」

「守られていた…あいつに…」

「左様、奴が貴様を身近に置いたのはすべて貴様を守るためだ、貴様に生きる術を説いたのは貴様が自らの力で身を守る為だ。」

最初からオレは守られていた…ガルディオンに…

「出会いは偶然だったかもしれん、だが奴は貴様に何かを感じ取ったのであろう、貴様ならガルディオンの代わりに世界を守れると。」

「オレにはそんな力は…」

「貴様次第だ、強くなれ、奴の希望を紡げ。そしてその娘を命の限り守り抜け、その娘は世界の希望だ。」

「…」

リーゼは黙って雷火を見つめる。
リーゼを頼む。ガルディオンの最後の願い。
分かったよ…あんたの希望は俺が死んでも守る。

「あいつの最後の願いだ、守り通してみせる、でも今のオレじゃだめだ、強くなりたい。」

「そう来ると思ったわ…これを使え。」

そう言うとラオテラスは懐から青い宝石のような物を取り出した。

「これは…?」

「エグジストの封印石と呼ばれる石だ、貴様、これに8割のマナを封印しろ。」

「…強くなりたいのに弱くなってどうすんだよ…」

「確かに貴様の強さは抜きに出ておる、マナの量も能力もワシに引けを取らん。だがそれが貴様の限界でもある、一度弱くなってみるのも一興だ。」

俺の限界…それは実際に感じてはいた、生まれつき人より優れているせいか心に僅かながら余裕が出来てしまっている、それが慢心となり危機感というものをあまり感じたことはなかった。一度力を失って見ることで違う世界が見えるのだとしたら…

「荒療治だ、推奨はせん、それにその状態で強者に相対したときあっけなく敗北し死ぬかもしれん。それでもやるか?」

関係ない…強くならなきゃ守れないんだ、もう二度と大切なものを失いたくない…やってやる、すべてを守れるくらい強くなるために。
そう心に決めオレは封印石を受け取った。

「いい顔だ。」

マナの8割を封印石に放つと封印石は強烈に輝いた、そして二三度瞬くと輝きを維持したままの状態になった。
途端に体が重くなる、これは慣れるまで少しかかるかな…

「じゃぁリーゼ、これは預ける、その時が来たらオレに返してくれ。」

「私が?分かった…それまで私の中で大切に守り抜く。」

リーゼは封印石を受け取ると胸に押し当てる、すると封印石はリーゼに取り込まれていった。リーゼの得意な封印式の一つだ。

「イギリスに戻れ、そこでガルディオンを知りあとを託され、やつの意思を継ぐものがいる、気付けばやつの方から近寄ってくるはずだ、健闘を祈る。」

ガルディオンの意思を継ぐもの、その言葉を残しラオテラスは街灯が煌めく街中へと消えていった。
イギリスに戻り再び束の間の平穏を送る雷火達に転機が訪れたのはそれから2ヶ月経った頃であった。


壮絶な過去を語る雷火を前に飛鳥達はただ黙って聞き続けていた。
長く話し続けていた雷火は目を開く。

「これがオレの過去、驚いた?」

などと笑いながら話す雷火の目には少し哀愁に漂う何かを感じ取れる。

「そりゃ驚くわよ…そもそも鬼神が死んだ理由すら世間には知られてないのに…」

今までガルディオンの生死は不明で様々な噂が出回っていたが一番多かったのはラオテラスとの戦いに敗れ命を落としたと言われていた。
その理由は政府による情報操作の為だ。

「何となくお前に感じていた違和感の正体はこれか、相変わらず食えねェ奴だな…」

少し期限が悪そうに飛鳥は呟く。

「そうですよ、そんな重大な事を黙ってるなんてひどいですよ。」

天馬は飛鳥に続き不満を漏らす。

「ごめん、結果的にみんなを騙してたのに違いはないよ、クロノス達政府側にオレが日本に居るのを知られる訳には行かなかったからさ…」

「だと言うのに早々に割れてしまったようだがの。」

人の気も知らず大口を開け笑うジジイことラオテラス、全くその通りなのだが…

「まさか既に奴らの間者が紛れてるとは思わなくて…と、言い方が悪かったかな…」

うっかり失言をしてしまった、政府のスパイだったとはいえ元は彼らの仲間であり如月や天馬の師匠であった大和と武蔵、短いながらも彼女達にとっては大切な存在だ、最期も敵ながらクロノスから皆を守ろうと立ち向かった彼らを蔑む様に捉えられてもおかしくはない。

「…いいの、何故雷火の正体がバレたらまずいの?」

気を使っているというのは明白だ、罪悪感を抱きながらも話を続ける。

「過去の話にもあった通りオレは奴らのサイレス計画の数少ない成功品だ、本来奴らの手の内になきゃいけない、それが敵に回ってるなら再び手の内に収めるか消すかの二択、オレが日本にいるってわかった時点で奴らはどんな手を使ってもオレを狙うわけ、つまり日本が政府によって狙われる、これだけは避けたかった。何より皆に迷惑がかかるから。」

「今更何水くせえこと言ってんだ、悪ィがこっちは端から覚悟はできてる。」

確かに飛鳥はそうかもしれないが他の皆はどうかと言われれば…
と危惧しているとラオテラスは真意に迫る発言を残す

「仮にも二人のイージスに手を出した事は事実だ、貴様がおらんくても遅かれ早かれ日本は政府の餌食になろう。」

そう、イージスに手を出した国は粛清される、いずれ日本には無数のイージスに攻め込まれる。これは避けられない事なのだ。

「自体は深刻だ、仮にも日本の最高戦力であった二人の抜けた穴は思った以上に大きい…これを嗅ぎつければ今の均衡は崩れ中国騎士団がすぐにでも攻めてくる。」

「だけど中国との戦争になれば被害の甚大化は避けられない、その後政府からの圧力がかかれば間違いなく日本は滅ぶ。」

まさに詰み、と言ったところ。この状況をどう打開すればいいのかは誰にも分からなかった。

「………あー…難しいこと考えるのは辞めにしねェか?要するに中国どうにかして政府ぶっ潰せばいいんだろ?」

「話聞いてました…?それが出来ないから困ってるんでしょうが…これだから脳筋は…」

「誰が脳筋だ!」

いつも通りの飛鳥と天馬のやり取りに少し場が和んだような気がした。
ラオテラスは心做しか愉快そうにしている。

「ぷっ…そうだな、飛鳥の言う通りだ、あれこれ考えてるよりやれることをやろう。」

飛鳥の前向き?(というか何も考えていない)な発言に雷火は考えるのがアホらしくなった

「そうだね、黙ってやられるのは癪だもん!」

「そうです、皆さんとなら不可能も可能にできそうなきがします!」

飛鳥を口火に皆はすっかりやる気だ。

「すまんがワシは手を貸せんぞ、これでも中立の立場だからの、だがその侍に免じ一ついい事を教えてやろう、中国は政府に自ら従っている訳では無いようだ。その意図を理解すればあるいは打開策が見つかるやもしれんな。」

意味深な言葉を残してラオテラスは司令部から出ていってしまった。
中国は無理やり従わされているという事なのだろうか。

「それが本当なら付け入る隙があるかもな、取り敢えず今は個々の力を付けないと話にならないと思う、まだ数日時間はあるし各々で頑張るしかないな。」

いつ戦争になるかは分からない、それでもやれることをやらなければならない、日本騎士団の面々はそれぞれの思いを秘め戦いの時を待つ。

その夜雷火は庭園のテラスに一人星を眺め過去を振り返った事を考えていた。
今日話した事、ホントに言ってよかったのか、彼らを巻き込んでしまったことを悩んでいた。
すると庭園全面に敷き詰められた芝生を踏む音がした、振り返ると今は見慣れた剣士が一人。

「よ、なにやってんだ、こんなとこで。」

自販機で販売している缶コーヒーを一つ雷火に差し出し向かいの席に腰掛ける飛鳥。

「星を見てた、すごいよな、イギリスと日本、こんなに離れてるのに見える空はみんな一緒だ。」

缶コーヒーを受け取り夜空を眺める。

「らしくねーなぁ」

コーヒーを啜りながら皮肉混じりに言う。

「なぁ、お前が封印したってマナを取り戻したらどうなるんだ?」


「…例え日本が滅ぶとしてもオレは生き残ることは出来るだろうね、例えばの話だけど。でもそれは無理だよ、封印はオレの意志じゃ解けない。」

今あの時の力があればそれほど悩むことじゃない、だがそれはできないとダメ押しする雷火

「俺が聞きてェのはそんなんじゃねェよ、どれくらいつえェのかだ。」

「え?まぁ単純に今の倍以上何じゃないか?」

試したことがない故分からない、オレだってそれは気になるしそんな事はマナを封印した時からずっと知りたい。

「なら約束しろ、力を取り戻したら一番に、俺と戦え。」

その目には野望、野心、と言うのか…そんなものが伺い知れた。

「…あぁ。約束するよ、でもその時までにもっと強くなってくれよな?」

微笑混じりに雷火は約束する。

「じゃ、オレはもう寝るよ。」


「まだだ、もう一つ聞きたいことがある、クロノスと戦ってた時にお前レイシスって呼ばれたろ、誰だそりゃ。」

こいつは…お気楽に考えてそうで核心を付いてくる男だ…

「…隠すつもりは無いけど…それは近いうちに分かるよ。おやすみ、コーヒーあんがと。」


そう…いずれ分かる…レイシスという《コードネーム》の意味を…

「…ホント、食えねェ奴…」

雷火が去って数分彼と同じく星を眺め飲み干した空き缶を放り投げると、見事にゴミ箱にガコンと音を鳴らし吸い込まれた。



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