インカイゼル戦記
第10話 雷火の過去 2
第10話
「まだまだそんなんじゃ俺にゃ届かねえ、まだまだだな雷火!」
家の外ではガルディオンと雷火の修練が行われている。
ガルディオンの元に来てから早くも3年が経つ。
こいつを倒すと凄んでいたオレだが、これまで1本も取れずにいた。
「己の感情を支配しろ、それがマナコントロールのコツだ。お前はその強大なマナをもっと極めなきゃならねえ」
「言葉でならいくらでも理解できるけど実際やれって言われても難しいっての。」
最近はこの男を倒すためにここに来たオレだったが今ではすっかり丸くなり日々ガルディオンから教えを乞う日々。
オレはほかの人間とは違いマナの保有量が桁外れに多いらしい。故にそれを使いこなせるようになれば俺にも勝てるぞ、とこの男は言うのだが。そのマナのコントロールが非常に難しい、感情の起伏を受けやすいため日々精神力を高める修行をしている。
「それじゃ俺は仕事に行ってくらぁ、また暫くリーゼを頼むぜ。」
そう言うとガルディオンは家を後にした
ガルディオンはこの地区で自警団の長を勤めているのだが最近は1週間ちかくもどらなかったりやけに薄汚れて帰ってくる事がある。
「いったい何やってんだか…さて、集中集中…」
再び精神を統一しマナコントロールの修練に励む。
すると家のドアがガチャりと開く。
「らーいか!」
「どわっ!」
突然後ろから目隠しをされ驚く雷火
「な、なんだよいきなり!」
「ほらほらー、こんなので動揺してたらマナのコントロールできないよー?」
ったく…冷やかしに来たのかこいつは…
リーゼリア・シルフィネス、ガルディオンの実の娘だ、歳は俺の一つ上、綺麗な水色の髪を大きなリボンで結んでいる。ガルディオンの娘だが武術の才能は皆無、かなりお節介な奴で口煩い、ここに来た当初は言葉遣いなんかをよく諭されたもんだ。
料理が大の得意でありオレもリーゼの作る飯は大好きだ。
「なんか用か…?見ての通り忙しいんだけど。」
「今朝取れたニンジンでシフォンケーキを作ったの、休憩にして一緒に食べない?」
特にリーゼの作るお菓子は絶品、こいつのせいで甘いものに目覚めてしまったと言ってもいい。
「そ、そーだな、そうするよ。」
「ふふ、手洗ってからね!」
こう見るとただの家族、姉弟にしか見えない。
テーブルには焼きたてのシフォンケーキに綺麗に磨かれたカトラリーが並びケーキの甘い香りが鼻を刺激する。
やがてリーゼはティーセットを準備した熱々の紅茶をカップに注ぐ。
「それじゃ召し上がれ、今回は自信作よ♡」
期待の眼差しを受けオレはケーキを口に運ぶ、甘さが口いっぱいに広がる、ニンジンの甘みを邪魔しない程度に砂糖が抑えられておりとてもおいしい。
感想を言わずとも表情に出ているせいでリーゼは喜びの笑顔を向ける。
「ま、悪くないと思うよ…。」
「ありがと。」
素直じゃないなぁと言わんばかりに言う。
「お父さん、また暫く戻ってこないみたいね、何やってるんだか、子供だからって私達には何も言ってくれないし…」
「さぁな…ま、あいつなら何に巻き込まれても死にはしないだろ。」
今やガルディオンは世界を代表する猛者の一人になっている。巷では四強だの『鬼神』だのと揶揄されていた。
最初は小さな港町の自警団組織の長が偉くなったもんだ。
「このあと買い物お願いしてもいい?そろそろ食材調達しないといけなくて。修行で忙しいのにごめんね?」
「別に構わねーよ、あいつもいねーしな。」
「こら、言葉遣い。」
「わ、わるい。」
やはりリーゼには逆らえない…何故だ…
リーゼから手渡されたメモを懐にしまい街へと赴く。
閑静で自然に恵まれた家からしばらく歩くと小さな港町に出る。いつも通り賑やかな街並み、その一角にいつも買い出しに来る商店がある、が、今日は何やら様子がおかしい。
「なにかあったのか?」
思わず店の主人に声をかける。
「おお!雷火ちゃん、いらっしゃい。…噂なんだけど嫌なこと聞いちゃってねぇ…」
店を一人で切り盛りしている女主人のマデラと言う女性は顔を顰めている。
「最近世界政府が能力者を統率するための軍を作るとか言ってね…その軍にガルさんを招集するとかなんとかって…」
ガルディオンを軍に招集?確かに能力者による犯罪はあとを絶たないが。今まで何もアクションを起こさなかったのに今になってどうこうするのか。
「あいつは誰かの元で言う事聞くタマじゃないと思うけどな…何にせよ平和になるんなら一般人からしたらいいことじゃねーの」
「そうなんだけどねぇ…ガルさんに何かあったら心配だよ…」
同じく店に来ていた他の人達もうんうんと頷く。
街の住民からは信頼の厚いガルディオン、それもそのはず、ガルディオンの率いる自警団のお陰でこの街は平和に過ごせている。
「心配なのはオレ達の今日の飯だよ、このメモの食材頼むよ。」
「はいはい、将来の自警団リーダーにはたんとおまけしとくよ!」
「誰が。オレがいつ自警団になったよ。」
「ガルさんが不在のあいだに問題が起きた時は直ぐに解決してくれるじゃないかい。助かってるよ。」
それは誤解だ、たまたま目の前で揉め事が起きてそれを止めたってのが二三回あっただけだ。
と言いたいが言いづらい。おまけしてくれるらしいし黙っとくか…
食材を受け取り買い物を済ませ家に帰ろうとした時マデラは言う。
「あ、そうそう、今港にに政府の船が来てるらしいわ、何しに来たのかは分からないけど気を付けてね。」
ん、と頷きオレは店をあとにした。
オレは一応政府から追われるお尋ね者でありそれは街のみんなも知っている、本来なら煙たがられる筈がガルディオンのお陰もあり何とか街には馴染むことができ、助けてくれる人もいる、マデラもその一人だ。
政府の人間に見つからぬよう家に帰宅したがリーゼの姿が見えない。
「おーい、買い物終わったぞ、リーゼ?」
部屋をくまなく探したがやはりリーゼの姿はない。
おかしいな、アイツが書き置きもせずに出掛けるなんて。
頭に一抹の不安が過ぎる。
政府の軍、ガルディオンの招集、港の政府船…
まさか…
そんな事は。考えすぎかそう思いつつもオレの体は動いていた。
再び街に戻りリーゼを見なかったか聞き回るが見たものは誰もいない。やはり考えすぎか…
ひたすらに探し回り切らした息を整えるため花壇に腰を下ろす。
「くそっ…あとはあそこだな…」
政府の船、俺が忌み嫌う世界政府の船。かつてオレは政府に攫われ実験と称し散々弄ばれた。
しかし可能性があるなら、あっては欲しくない事だがリーゼも奴らに攫われた。そう考えてしまう。ガルディオンの娘であるリーゼをダシにガルディオンを軍に引き入れる。そう言う筋書きがあってもおかしくはない。
オレは覚悟を決め船へと足を運んだ。
船の侵入したオレはとあるものを見つけた。
あれは…!
普段リーゼが付けているリボンだった。
間違いない、リーゼはここだ!
予想が確信に変わってしまった。怒りを顕に内部へと突入する。そこには縛られもがくリーゼが複数の兵士に囲まれていたのを目の当たりにする。
「なんだ貴様は!」
兵士の一人が剣を向け発する。
「雷火…!!」
雷火の登場で安心したのか涙を流す。
「つくづく政府ってのは腐ったやり方しか出来ないんだな…リーゼは返してもらうぜ」
「ガキ一人に何が出来る。おい!やっちまえ!」
周りにいた兵士は一斉に雷火に切りかかるが、仮にもスラム街で敵なしと言われていた雷火には赤子同然であった、一瞬にしてのしてしまう。
「ガキ一人になんだって?」
「な、なんだと」
「こ、こいつ!三年前にこの近辺で暴れ回ってた野盗です!」
バレてしまってはオレもここに居づらいのだが仕方ない。
すると奥からとてつもない威圧感とともに大男が現れる
「ほぉ…確かガルディオンが始末したと聞いておったがな…」
強大なマナとその闘気に思わずたじろいでしまう。この感覚はガルディオンと対峙した時によく似ている。
「あ、あんた傭兵の!丁度いい!このガキを始末してくれ!」
当時凄腕の傭兵として名を馳せた現在の『破壊神』ラオテラスとの初めての出会いだった。
「ワシはあの憎たらしい男と戦うために貴様らに、雇われてやっただけに過ぎん、貴様らに手を貸すつもりはないわ。」
「な、なんだと…!」
「だが…こやつなかなか面白い眼をしておるわ…よかろう、ワシ相手にどこまでやれるか。見せてみろ…!」
ラオテラスは巨大な斧を手に取りその刃を向ける、何かが爆発したかと錯覚するほどの闘気に戦慄する。
勝てない。
脳裏に貫く警告、闘わねばならない筈が体がいうことを聞かない、脳が戦うことを許さない。
強大な敵を前に足がすくむ、奴の目をまともに見ることがままならない、その時リーゼの姿が目に入った。
勝てる勝てないじゃないんだ、たとえ勝てなくても…リーゼが逃げる時間さえ稼げればいい!
決意を胸に恐怖に怯え堕落する心臓の鼓動を押さえつけラオテラスと対峙する。
今ある俺の全てをぶつける!
「行くぞォォォォ!!」
限りあるマナを惜しみなく肉体強化に使い全身全霊のパンチを繰り出す。
しかし軽々と片手で抑えられた。
「どうした、そんなものか小僧」
もちろんそれだけじゃない、突如雷火の手から雷が発生しラオテラスの腕ごと貫く。
雷の力を拳に合わせ貫通力をあげた正拳。これならただではすまな…い…!
「その程度かと聞いておる…!」
能力で威力を上げた攻撃もまったくきいていなかった。
そのまま投げ飛ばされ甲板へと引きずり出される。
「買い被りすぎたか、もう少し楽しめると思ったのだがな。」
のしのし。と歩み寄る。
「お望み通り、もう少し楽しませてやるさ。その前に人質は解放させてもらったぜ。」
今の一撃はラオテラスに向けて放ったものではなくリーゼを捕縛する枷を外すためのものだった。
ほぉ、と半ば関心した素振りを見せるラオテラスだが依然として堂々としている。
雷火の周りに環状型の光が巡る。
プロトサイレス、政府の手によって生み出された新たな力。オリジナルサイレスと相違ない力を使える、しかし畏怖すべき点は…
「っぐぅ…!」
殺せ。リーゼを攫った奴らを。殺してしまえ。
脳内に駆け巡る声はまるで呪文のように繰り返される。
プロトサイレス実験の際に別の人格を植え付けることでその力を制御することが出来るようになる、のだが…それがオレの心を支配しようと内側から沸きいでる。
そうだ…殺さないと…リーゼを救うためには…全てを…
『感情を支配しろ…闇に喰われるな!雷火!』
闇に囚われる寸前、一つの声が雷火の意思を正気に戻す。
『お前に必要なのは守る心だ。憎しみに委ねて戦うな。』
一つ一つ言葉が思い出される、ガルディオンとの修行の際に口酸っぱく言われていた事だ。
そうだ…憎しみに囚われて放つ技は所詮その程度のもの、お前はオレだ…俺に従え…!
どうしようもない破壊衝動をどうにか押さえつけ意識を集中する。
「ほう…よもや《あの実験》の生き残りとはな…幸か不幸か…」
「…俺にとっては忌まわしい記憶だけどこの力を手に入れた事は不幸とは思ってないさ…」
サイレスの力、それは自分の持つ能力を最大限に引き出すことが出来る、例えば雷の力を電磁力に変え磁場を発生させる事ができる、生身の状態では脳の演算処理能力が追いつかずましてや戦いの中でそれを行うのはまず不可能である、それをサイレスの高速演算により可能にする、使い方は様々である。
しかしデメリットも存在し、サイレス使用時は脳に莫大な負担をかけてしまうため訓練を重ねてもそう長くは使えない、そしてサイレス使用時に闘気を発する事ができないという点か。
雷火は先程同様ラオテラスに詰め寄り体術で攻め入る。
「愚直な…無駄だというのがわから…なに!?」
ラオテラスは目を疑った、雷火の動きは幾度となく死闘を繰り広げてきたガルディオンの動きそのものだったのだ。
攻撃と見せかけた拳は甲板を砕き足元を崩す、その隙に斧を弾き痛烈な一撃を放つ。
ラオテラスの腹部に拳がめり込む、マナのすべてを肉体強化に費やし更には雷のエンチャント付き、ここに来て雷火は課題であるマナのコントロールを物にしたのだ。しかし…
「くっくっくっ…今のは効いだぞ…未熟ではあるが驚かせてくれる…が、ワシにやつの真似事で勝てると思うか…!」
やはり力量差がありすぎる…頭をフル回転させてもこいつに有効な攻撃が思い浮かばない…これまでか…
「いいものを見せてもらった礼だ、我が最強の凶斧、ヴァレインの一撃で屠ってくれよう…!!!」
巨大な斧を振りかざしそこにとてつもない程のマナが集まっていく。
最後にこれ程の男に負けるなら悔いは無い、そう思った。
振り下ろされた己の真と見つめ己の最後を待つ、瞬間。
斧はピタリと雷火の眉間目前で止まった、それどころかラオテラスのマナが突然消えたかのように、オレの前には易々と奴の斧を左手で鷲掴みにする男が視界に入った。
「俺の家族が随分世話になったみてえだなぁ。ラオ。」
声の主は右手に力を込めラオテラスを殴りつける、奴も即座にガードをするが仰け反る。オレがいくらやっても崩すことの出来なかった相手を簡単に…この男…ガルディオンの力は計り知れない。
「マデラおばさんから聞いたぞ、おめえリーゼの為にあちこち走り回ってくれたらしいな。礼を言うぜ。」
「…オレは何も出来なかったよ、あんたが来なきゃここで死んでたさ。」
サイレスを使った挙句マナをほとんど出し尽くした反動で体から力が抜け落ちストンと床に跪く。
「さあ、こっからは俺が相手になるぜ?」
ひょいひょいと指を織り挑発じみたポーズとる。
「…ふっ、今日は満足だ、貴様とは別の機会に決着をつける。」
破壊神の意外な言葉に二人は呆気に取られる。
「なんだ、珍しく大人しいじゃねえか。」
「小僧、名前は?」
ラオテラスは俺を見てそう言った。
「神崎雷火…」
「神崎か…良き弟子を持ったな…ガルディオン。」
「だろう?俺の自慢の『息子』だ。」
『息子』そう言われて心の奥で何か特別な感情湧き上がる、喜び…なのか?今のオレには分からない…
「息子か、相変わらずよ…小僧!!いずれこの男を超えてみろ、そしていつの日かワシの元に力のすべてを持ちてやってくるがよい!!それまで生かしておいてやろう。」
ラオテラスは大きな斧を肩に抱え堂々たる足取りで去っていった。
いずれガルディオンを超えラオテラスをも超える…途方もない話だ、やってやるよ…待ってろ…クソジジイ…!
そうだ、リーゼは!?
途端に顔色を変える雷火に気付いたのかガルディオンは声を掛ける。
「リーゼならマデラおばさんのとこだ、心配すんな。」
ぽんぽんと頭を小突かれムッとする雷火を笑い3人揃って家へと帰るのだった。
暖かい食事を家族で囲み風呂に入って寝る。いつもと同じ日常に戻る。はずだった…。
翌日ダイニングにはオレ宛の書き置きが残されていた。
『仕事でイギリスを出ることになった、いつ戻れるかわからねえ、おめえにこんな事頼むのも何だが、俺に何かあったらリーゼを代わりに護ってやってくれ。最愛なる愛弟子、雷火へ』
その後ガルディオンは世界に『鬼神』の名を轟かせ最強の男と呼ばれるようになった。
たが、もう『家族3人』が揃うことは二度となかった…
手紙を残し家を出たガルディオンはその3年後、命を落とした。
その報せを聞いたオレ達は真相を探るべく『家族』で過ごした家を開け、イギリスをあとにした。
「まだまだそんなんじゃ俺にゃ届かねえ、まだまだだな雷火!」
家の外ではガルディオンと雷火の修練が行われている。
ガルディオンの元に来てから早くも3年が経つ。
こいつを倒すと凄んでいたオレだが、これまで1本も取れずにいた。
「己の感情を支配しろ、それがマナコントロールのコツだ。お前はその強大なマナをもっと極めなきゃならねえ」
「言葉でならいくらでも理解できるけど実際やれって言われても難しいっての。」
最近はこの男を倒すためにここに来たオレだったが今ではすっかり丸くなり日々ガルディオンから教えを乞う日々。
オレはほかの人間とは違いマナの保有量が桁外れに多いらしい。故にそれを使いこなせるようになれば俺にも勝てるぞ、とこの男は言うのだが。そのマナのコントロールが非常に難しい、感情の起伏を受けやすいため日々精神力を高める修行をしている。
「それじゃ俺は仕事に行ってくらぁ、また暫くリーゼを頼むぜ。」
そう言うとガルディオンは家を後にした
ガルディオンはこの地区で自警団の長を勤めているのだが最近は1週間ちかくもどらなかったりやけに薄汚れて帰ってくる事がある。
「いったい何やってんだか…さて、集中集中…」
再び精神を統一しマナコントロールの修練に励む。
すると家のドアがガチャりと開く。
「らーいか!」
「どわっ!」
突然後ろから目隠しをされ驚く雷火
「な、なんだよいきなり!」
「ほらほらー、こんなので動揺してたらマナのコントロールできないよー?」
ったく…冷やかしに来たのかこいつは…
リーゼリア・シルフィネス、ガルディオンの実の娘だ、歳は俺の一つ上、綺麗な水色の髪を大きなリボンで結んでいる。ガルディオンの娘だが武術の才能は皆無、かなりお節介な奴で口煩い、ここに来た当初は言葉遣いなんかをよく諭されたもんだ。
料理が大の得意でありオレもリーゼの作る飯は大好きだ。
「なんか用か…?見ての通り忙しいんだけど。」
「今朝取れたニンジンでシフォンケーキを作ったの、休憩にして一緒に食べない?」
特にリーゼの作るお菓子は絶品、こいつのせいで甘いものに目覚めてしまったと言ってもいい。
「そ、そーだな、そうするよ。」
「ふふ、手洗ってからね!」
こう見るとただの家族、姉弟にしか見えない。
テーブルには焼きたてのシフォンケーキに綺麗に磨かれたカトラリーが並びケーキの甘い香りが鼻を刺激する。
やがてリーゼはティーセットを準備した熱々の紅茶をカップに注ぐ。
「それじゃ召し上がれ、今回は自信作よ♡」
期待の眼差しを受けオレはケーキを口に運ぶ、甘さが口いっぱいに広がる、ニンジンの甘みを邪魔しない程度に砂糖が抑えられておりとてもおいしい。
感想を言わずとも表情に出ているせいでリーゼは喜びの笑顔を向ける。
「ま、悪くないと思うよ…。」
「ありがと。」
素直じゃないなぁと言わんばかりに言う。
「お父さん、また暫く戻ってこないみたいね、何やってるんだか、子供だからって私達には何も言ってくれないし…」
「さぁな…ま、あいつなら何に巻き込まれても死にはしないだろ。」
今やガルディオンは世界を代表する猛者の一人になっている。巷では四強だの『鬼神』だのと揶揄されていた。
最初は小さな港町の自警団組織の長が偉くなったもんだ。
「このあと買い物お願いしてもいい?そろそろ食材調達しないといけなくて。修行で忙しいのにごめんね?」
「別に構わねーよ、あいつもいねーしな。」
「こら、言葉遣い。」
「わ、わるい。」
やはりリーゼには逆らえない…何故だ…
リーゼから手渡されたメモを懐にしまい街へと赴く。
閑静で自然に恵まれた家からしばらく歩くと小さな港町に出る。いつも通り賑やかな街並み、その一角にいつも買い出しに来る商店がある、が、今日は何やら様子がおかしい。
「なにかあったのか?」
思わず店の主人に声をかける。
「おお!雷火ちゃん、いらっしゃい。…噂なんだけど嫌なこと聞いちゃってねぇ…」
店を一人で切り盛りしている女主人のマデラと言う女性は顔を顰めている。
「最近世界政府が能力者を統率するための軍を作るとか言ってね…その軍にガルさんを招集するとかなんとかって…」
ガルディオンを軍に招集?確かに能力者による犯罪はあとを絶たないが。今まで何もアクションを起こさなかったのに今になってどうこうするのか。
「あいつは誰かの元で言う事聞くタマじゃないと思うけどな…何にせよ平和になるんなら一般人からしたらいいことじゃねーの」
「そうなんだけどねぇ…ガルさんに何かあったら心配だよ…」
同じく店に来ていた他の人達もうんうんと頷く。
街の住民からは信頼の厚いガルディオン、それもそのはず、ガルディオンの率いる自警団のお陰でこの街は平和に過ごせている。
「心配なのはオレ達の今日の飯だよ、このメモの食材頼むよ。」
「はいはい、将来の自警団リーダーにはたんとおまけしとくよ!」
「誰が。オレがいつ自警団になったよ。」
「ガルさんが不在のあいだに問題が起きた時は直ぐに解決してくれるじゃないかい。助かってるよ。」
それは誤解だ、たまたま目の前で揉め事が起きてそれを止めたってのが二三回あっただけだ。
と言いたいが言いづらい。おまけしてくれるらしいし黙っとくか…
食材を受け取り買い物を済ませ家に帰ろうとした時マデラは言う。
「あ、そうそう、今港にに政府の船が来てるらしいわ、何しに来たのかは分からないけど気を付けてね。」
ん、と頷きオレは店をあとにした。
オレは一応政府から追われるお尋ね者でありそれは街のみんなも知っている、本来なら煙たがられる筈がガルディオンのお陰もあり何とか街には馴染むことができ、助けてくれる人もいる、マデラもその一人だ。
政府の人間に見つからぬよう家に帰宅したがリーゼの姿が見えない。
「おーい、買い物終わったぞ、リーゼ?」
部屋をくまなく探したがやはりリーゼの姿はない。
おかしいな、アイツが書き置きもせずに出掛けるなんて。
頭に一抹の不安が過ぎる。
政府の軍、ガルディオンの招集、港の政府船…
まさか…
そんな事は。考えすぎかそう思いつつもオレの体は動いていた。
再び街に戻りリーゼを見なかったか聞き回るが見たものは誰もいない。やはり考えすぎか…
ひたすらに探し回り切らした息を整えるため花壇に腰を下ろす。
「くそっ…あとはあそこだな…」
政府の船、俺が忌み嫌う世界政府の船。かつてオレは政府に攫われ実験と称し散々弄ばれた。
しかし可能性があるなら、あっては欲しくない事だがリーゼも奴らに攫われた。そう考えてしまう。ガルディオンの娘であるリーゼをダシにガルディオンを軍に引き入れる。そう言う筋書きがあってもおかしくはない。
オレは覚悟を決め船へと足を運んだ。
船の侵入したオレはとあるものを見つけた。
あれは…!
普段リーゼが付けているリボンだった。
間違いない、リーゼはここだ!
予想が確信に変わってしまった。怒りを顕に内部へと突入する。そこには縛られもがくリーゼが複数の兵士に囲まれていたのを目の当たりにする。
「なんだ貴様は!」
兵士の一人が剣を向け発する。
「雷火…!!」
雷火の登場で安心したのか涙を流す。
「つくづく政府ってのは腐ったやり方しか出来ないんだな…リーゼは返してもらうぜ」
「ガキ一人に何が出来る。おい!やっちまえ!」
周りにいた兵士は一斉に雷火に切りかかるが、仮にもスラム街で敵なしと言われていた雷火には赤子同然であった、一瞬にしてのしてしまう。
「ガキ一人になんだって?」
「な、なんだと」
「こ、こいつ!三年前にこの近辺で暴れ回ってた野盗です!」
バレてしまってはオレもここに居づらいのだが仕方ない。
すると奥からとてつもない威圧感とともに大男が現れる
「ほぉ…確かガルディオンが始末したと聞いておったがな…」
強大なマナとその闘気に思わずたじろいでしまう。この感覚はガルディオンと対峙した時によく似ている。
「あ、あんた傭兵の!丁度いい!このガキを始末してくれ!」
当時凄腕の傭兵として名を馳せた現在の『破壊神』ラオテラスとの初めての出会いだった。
「ワシはあの憎たらしい男と戦うために貴様らに、雇われてやっただけに過ぎん、貴様らに手を貸すつもりはないわ。」
「な、なんだと…!」
「だが…こやつなかなか面白い眼をしておるわ…よかろう、ワシ相手にどこまでやれるか。見せてみろ…!」
ラオテラスは巨大な斧を手に取りその刃を向ける、何かが爆発したかと錯覚するほどの闘気に戦慄する。
勝てない。
脳裏に貫く警告、闘わねばならない筈が体がいうことを聞かない、脳が戦うことを許さない。
強大な敵を前に足がすくむ、奴の目をまともに見ることがままならない、その時リーゼの姿が目に入った。
勝てる勝てないじゃないんだ、たとえ勝てなくても…リーゼが逃げる時間さえ稼げればいい!
決意を胸に恐怖に怯え堕落する心臓の鼓動を押さえつけラオテラスと対峙する。
今ある俺の全てをぶつける!
「行くぞォォォォ!!」
限りあるマナを惜しみなく肉体強化に使い全身全霊のパンチを繰り出す。
しかし軽々と片手で抑えられた。
「どうした、そんなものか小僧」
もちろんそれだけじゃない、突如雷火の手から雷が発生しラオテラスの腕ごと貫く。
雷の力を拳に合わせ貫通力をあげた正拳。これならただではすまな…い…!
「その程度かと聞いておる…!」
能力で威力を上げた攻撃もまったくきいていなかった。
そのまま投げ飛ばされ甲板へと引きずり出される。
「買い被りすぎたか、もう少し楽しめると思ったのだがな。」
のしのし。と歩み寄る。
「お望み通り、もう少し楽しませてやるさ。その前に人質は解放させてもらったぜ。」
今の一撃はラオテラスに向けて放ったものではなくリーゼを捕縛する枷を外すためのものだった。
ほぉ、と半ば関心した素振りを見せるラオテラスだが依然として堂々としている。
雷火の周りに環状型の光が巡る。
プロトサイレス、政府の手によって生み出された新たな力。オリジナルサイレスと相違ない力を使える、しかし畏怖すべき点は…
「っぐぅ…!」
殺せ。リーゼを攫った奴らを。殺してしまえ。
脳内に駆け巡る声はまるで呪文のように繰り返される。
プロトサイレス実験の際に別の人格を植え付けることでその力を制御することが出来るようになる、のだが…それがオレの心を支配しようと内側から沸きいでる。
そうだ…殺さないと…リーゼを救うためには…全てを…
『感情を支配しろ…闇に喰われるな!雷火!』
闇に囚われる寸前、一つの声が雷火の意思を正気に戻す。
『お前に必要なのは守る心だ。憎しみに委ねて戦うな。』
一つ一つ言葉が思い出される、ガルディオンとの修行の際に口酸っぱく言われていた事だ。
そうだ…憎しみに囚われて放つ技は所詮その程度のもの、お前はオレだ…俺に従え…!
どうしようもない破壊衝動をどうにか押さえつけ意識を集中する。
「ほう…よもや《あの実験》の生き残りとはな…幸か不幸か…」
「…俺にとっては忌まわしい記憶だけどこの力を手に入れた事は不幸とは思ってないさ…」
サイレスの力、それは自分の持つ能力を最大限に引き出すことが出来る、例えば雷の力を電磁力に変え磁場を発生させる事ができる、生身の状態では脳の演算処理能力が追いつかずましてや戦いの中でそれを行うのはまず不可能である、それをサイレスの高速演算により可能にする、使い方は様々である。
しかしデメリットも存在し、サイレス使用時は脳に莫大な負担をかけてしまうため訓練を重ねてもそう長くは使えない、そしてサイレス使用時に闘気を発する事ができないという点か。
雷火は先程同様ラオテラスに詰め寄り体術で攻め入る。
「愚直な…無駄だというのがわから…なに!?」
ラオテラスは目を疑った、雷火の動きは幾度となく死闘を繰り広げてきたガルディオンの動きそのものだったのだ。
攻撃と見せかけた拳は甲板を砕き足元を崩す、その隙に斧を弾き痛烈な一撃を放つ。
ラオテラスの腹部に拳がめり込む、マナのすべてを肉体強化に費やし更には雷のエンチャント付き、ここに来て雷火は課題であるマナのコントロールを物にしたのだ。しかし…
「くっくっくっ…今のは効いだぞ…未熟ではあるが驚かせてくれる…が、ワシにやつの真似事で勝てると思うか…!」
やはり力量差がありすぎる…頭をフル回転させてもこいつに有効な攻撃が思い浮かばない…これまでか…
「いいものを見せてもらった礼だ、我が最強の凶斧、ヴァレインの一撃で屠ってくれよう…!!!」
巨大な斧を振りかざしそこにとてつもない程のマナが集まっていく。
最後にこれ程の男に負けるなら悔いは無い、そう思った。
振り下ろされた己の真と見つめ己の最後を待つ、瞬間。
斧はピタリと雷火の眉間目前で止まった、それどころかラオテラスのマナが突然消えたかのように、オレの前には易々と奴の斧を左手で鷲掴みにする男が視界に入った。
「俺の家族が随分世話になったみてえだなぁ。ラオ。」
声の主は右手に力を込めラオテラスを殴りつける、奴も即座にガードをするが仰け反る。オレがいくらやっても崩すことの出来なかった相手を簡単に…この男…ガルディオンの力は計り知れない。
「マデラおばさんから聞いたぞ、おめえリーゼの為にあちこち走り回ってくれたらしいな。礼を言うぜ。」
「…オレは何も出来なかったよ、あんたが来なきゃここで死んでたさ。」
サイレスを使った挙句マナをほとんど出し尽くした反動で体から力が抜け落ちストンと床に跪く。
「さあ、こっからは俺が相手になるぜ?」
ひょいひょいと指を織り挑発じみたポーズとる。
「…ふっ、今日は満足だ、貴様とは別の機会に決着をつける。」
破壊神の意外な言葉に二人は呆気に取られる。
「なんだ、珍しく大人しいじゃねえか。」
「小僧、名前は?」
ラオテラスは俺を見てそう言った。
「神崎雷火…」
「神崎か…良き弟子を持ったな…ガルディオン。」
「だろう?俺の自慢の『息子』だ。」
『息子』そう言われて心の奥で何か特別な感情湧き上がる、喜び…なのか?今のオレには分からない…
「息子か、相変わらずよ…小僧!!いずれこの男を超えてみろ、そしていつの日かワシの元に力のすべてを持ちてやってくるがよい!!それまで生かしておいてやろう。」
ラオテラスは大きな斧を肩に抱え堂々たる足取りで去っていった。
いずれガルディオンを超えラオテラスをも超える…途方もない話だ、やってやるよ…待ってろ…クソジジイ…!
そうだ、リーゼは!?
途端に顔色を変える雷火に気付いたのかガルディオンは声を掛ける。
「リーゼならマデラおばさんのとこだ、心配すんな。」
ぽんぽんと頭を小突かれムッとする雷火を笑い3人揃って家へと帰るのだった。
暖かい食事を家族で囲み風呂に入って寝る。いつもと同じ日常に戻る。はずだった…。
翌日ダイニングにはオレ宛の書き置きが残されていた。
『仕事でイギリスを出ることになった、いつ戻れるかわからねえ、おめえにこんな事頼むのも何だが、俺に何かあったらリーゼを代わりに護ってやってくれ。最愛なる愛弟子、雷火へ』
その後ガルディオンは世界に『鬼神』の名を轟かせ最強の男と呼ばれるようになった。
たが、もう『家族3人』が揃うことは二度となかった…
手紙を残し家を出たガルディオンはその3年後、命を落とした。
その報せを聞いたオレ達は真相を探るべく『家族』で過ごした家を開け、イギリスをあとにした。
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