インカイゼル戦記

虎丸リウ

第9話 雷火の過去 1




先の戦闘から丸二日が経ち、騎士団内部は平穏を取り戻しつつあった。
大和と武蔵は騎士団を護るため名誉の戦死を遂げた事とされ、ひっそりと葬儀を終え。彼らの裏切りは真実を知るものの胸に隠された。
彼らの死を嘆き打ちひしがれる大和の愛弟子如月は、二人の亡骸を祀った墓標の前で再び涙を零した。
天馬もまた、己の無力さを嘆き、無理な修行に明け暮れる。
そして飛鳥、雷火共に未だ目を覚まさず、医務室のベッドで目覚めの時を待つ。
医務室のドアが開き入ってきたのは深月であった。E市から帰ってきてすぐ目にした惨劇は未だに信じ難い。今彼女に出来ることは二人の目覚めを信じ看病をすること、そう決めた深月は二人の側にいたのであった。
雷火は酷くうなされていた、滲み出る汗をそっとタオルで拭う深月。

「隊長…」

深月は考えていた、あの場に私が居たら何ができたのかと。
すると隣のベッドで飛鳥が目を覚ました。

「こ…こは…?」

「気が付きましたか、医務室ですよ。」

「お前は…?そうだ、あのあとどうなったんだ…!真堂は無事か!?」

記憶がハッキリしてきたのか取り乱し深月の肩を激しく揺らす。

「お、落ち着いてください!団長なら無事です!」

「す、すまねェ…」 

なんとなく気まずい空気に変わる。その中真堂が部屋に入ってきた。

「目が覚めたか。無事でよかった。」

「真堂…あのあといったい何があった!あの男はいった…くっ…」

興奮して話したせいか怪我の痛みが襲う。

「今は安静にしていろ、雷火が目覚めた時すべてを話そう。」

「目なら覚めてるよ…」

ふと振り返るといつの間にか雷火が目を覚ましていた。

「うるさくて寝てられないっての…」

「それだけ悪態が付ければ大丈夫だろう。後でしれいにきてくれ。」

そう言うと真堂は去っていった。

「隊長!ご無事でなによりでした…」

「悪い、心配かけたみたいだな。所で飛鳥、オレがやられたあとどうやってあの場を切り抜けたんだよ。」

「俺にもよく分からん…無我夢中だったからな…とんでもないマナを放つ大男が来でクロノスを退けたのは覚えてるんだが…」

ふたりの疑問を晴らすため、司令部へと向かった。

「みな、今回の騒動では迷惑をかけた…本当に済まなかった…」

深々と頭を下げ謝罪する真堂。

「全ては俺に責任がある、奴らの正体に気づいていながら何も出来なかった…」

長い沈黙が続く。
静けさを破ったのは意外な人間、ドアが開きそこにはあの大男が立っていた。

「大将ともあろう人間が簡単に頭を下げるか。相変わらずだのう、真堂。」

「お、お前はあの時の…!」

「ここは活きのいいのが揃っておるわ、のう?雷小僧。」

高笑いをしながら雷火を見る

「…なるほど…あの状況をどう切り抜けたのか疑問だったけど、あんたか…糞ジジイ…」

どうやら二人は顔見知りのようだ。

「オレに届けさせたあの箱。このジジイ宛だったのか…納得が行ったよ…」

「お、おい、置いてけぼりだ、誰なんだこいつは!」

「…四強の一人『破壊神』ラオテラス…だよ。」

「「「「な、なんだってええええええ!!?」」」」

その場にいた飛鳥、如月、天馬、深月はギャグ漫画のような驚きを披露する。

「あ、あんたがあの…破壊神…!?」

「ほ、本物…ですか…」
 
「ていうかなんでお前四強と知り合いなんだよ!!」

頭をかき目をそらす雷火だがラオテラスは口を開き。

「なんだ。言ってはおらんかったのか?こやつはあの『鬼神』ラオテラスのたった一人の愛弟子だ。」


はい?だれがなんだって…??

雷火は顔に手を当てため息をつく。

「…勝手にベラベラ喋んなよ…。」
 
「ほ、本当なんですかそれ!?」

如月が食いつく。

「ん、ああこれ、言わんほうが良かったのか?」  

おせえよ糞ジジイ…

「…はぁ…まぁ、遅かれ早かれ言うつもりだったさ…事実だよ。」

「奴とは幾千と戦ったが。決着はつかずじまいでな、その折こやつとはよく顔を合わせていた。」

「この際だからぜーんぶ話しとくよ。オレの事、つっても深月は既に知ってるけど。」

みんなで深月の顔を見ると恥ずかしいのか軽く頷くとそのまま顔を上げない。



神崎雷火という男は、生まれて暫くたった頃世界政府の能力開発機関に攫われた。
齢8歳にして膨大なマナを持つ雷火を政府はどうしても利用したかった。
そこで行われたのがプロトサイレスの実験。
それを経て彼は人工的にサイレスを使える身となった。
しかし『慟哭』のアルマが引き起こした研究施設破壊事件により全ては白紙になり、一人生きるためにさまよった。
やがてイギリスに腰を据え荒くれがあつまるスラム街で腕の立つ子供が暴れ回っていると噂されるようになった。
当時イギリスの自警団に所属していたガルディオンはその子供を一目見るべくスラム街に立ち入る。
そして二人は出会った。
悪童と揶揄されていた雷火も全盛期のガルディオンには手も足も出ず敗北した。
そこでガルディオンはこう言い放った。
「俺を倒したいなら俺の元で技を学ぶといい」
訳が分からなかった、何故倒す相手に教えを請わなければならないのか。だがそばに居れば必ず倒す機会があると考えガルディオンについて行くことにした雷火。これが雷火の生き方を変えることとなる。
時は遡り9年前…


「ここが我が家だ。お前も自分のいえと思ってくつろぐといい。」

イギリスの都心から随分離れた郊外にポツンと佇む木造の家、庭には畑があり色とりどりの野菜が栽培されている。

部屋に連れられるとそこには雷火と同じくらいの女の子がいた。

「おかえりなさいお父さん。あれ、その子は…?」

「ちょいとそこで拾ってきたんだ、それより飯はできてるか?腹ぺこだ。」

「勿論できてるけど…人連れてくるなんて知らないから二人分しかないよ…」

「なにぃ!少しくらい余分にないのか?」

「今から作れるけど少し時間がかかる…いいかな?えっと…名前は?」

「いらねーよ、飯なんか。」

雷火はそそくさと外で昼寝を始めてしまった。

何が飯だよ…俺はあの男を倒せりゃそれでいい。

数時間が経ち日は暮れた頃、木の上で寝ている雷火に近づく女の子。
気配に気づき咄嗟にナイフを取り出す雷火。

「きゃ!びっくりした…急に脅かさないでよ!」

「なんだ…お前か…なんだよ。」

「これ、サンドイッチ、ご飯食べないとダメだよ?」

皿に綺麗に盛り付けられたサンドイッチをひょいと差し出す。

「いらねーって言ったろ、俺に関わるな、殺されたいのか。」

頑なに受け取ろうとせず人との関わりを拒絶する雷火。
女の子ははぁ。とひとつため息を付いた、途端に反応が一変する。

「…た・べ・な・さ・い!!!」

「むぐっ!?」

無理やりサンドイッチを雷火の口に詰め込み始めた。

な、なんだこの女…!もぐもぐ…うまい…考えてみれば随分久しぶりだ、人が作った飯を食べるのは。

「おいしいでしょ?」

「…無理やり食わされて美味いわけあるか…」

そう言うと自らサンドイッチに手をつけ頬張る。

「ふふっ、私はリーゼリア・シルフィネス。リーゼでいいよ、君は?」

「神崎雷火」

ぶっきらぼうにそう答える。

「日本人なのね!もっと話聞きたいな、こんな所じゃなくて部屋に入ろ?」

半ば強引に部屋に連れられる。
さっきから強引な女だ。
部屋に入ると未来に語り継がれる『鬼神』とは程遠く酒をかっくらい酔いつぶれテーブルに突っ伏してぐがーぐがーといびきをかいて寝ているガルディオンの姿があった。

「もう、お父さん!ちゃんと部屋で寝てよ!」

「んああ…おぉリーゼェ…寝とらんぞおらぁ…ん、おお雷火、どした?」

この酔っぱらいに負けたと考えると今まで以上に腹がたつ、怒りをぶつけガルディオンに襲い掛かった。
しかし軽くいなされるとデコピンを見舞う。

「甘ぇ甘ぇ、俺ぁ寝る!おやすみぃ〜ヒック」

クソ野郎…いつかぜってえ泣かす…!

「ふふっ」

リーゼは笑う。

「…チッ、お前を殺せば奴も本気になるよな」

ナイフを取り出しリーゼに向ける。
しかしリーゼは臆することなく雷火に迫る。
躊躇いなく近づくリーゼに動揺する雷火。

「君には私を刺せないよ、君の目は優しい目だもの、」

「は?なにいって…」

「私には分かる、君は心の優しい人だって。」

いったいなんの根拠があっていっている。オレは生きるためなら何でもやってきた。強盗だろうが人殺しだろうが、そんな俺が優しい?

「はい!ご飯も食べたし!お風呂入って!」

「はぁ?お前さっきから強引すぎ…」

「はいはいお風呂はこっちー、はい脱いで脱いでー?」

だああああああ話が通じねえぇぇぇぇ

「わかった!わかったからズボンから手を離せ!」

「あははっタオルはお父さんのつかってね、ごゆっくりー」

湯船に浸かると今までの疲れがどっと抜けていく感覚だった…
いったい何なんだ、この家族は…全てがどうでも良くなる…
色々考えのぼせない内に風呂から上がりリビングに戻るとソファで寝ているリーゼ。

「無防備な奴…今日会ったばかりの人間が居るのによく寝てられるよ」

呆れながらも近くにあったブランケットをリーゼに雑に被せ椅子に腰掛ける。
疲れていたのかそのまま眠りに落ちてしまう。
無防備なのはどっちなんだか。

翌朝

目が覚めるとオレはソファで横になりブランケットが掛けられていた。

「おはよ、昨日はごめんね、寝室に案内しようと待ってたらそのままで眠っちゃって…ブランケットありがとね。」

「あ、ああ…」

オレとしたことが寝ちまった…普段安心して眠る事も出来なかったからか…

「はい、朝食の準備できたよ!」

「…あいつは…?」

「まだ寝てるかも。起こしてきてくれない?」

なんで俺が…
奴の寝室に行くとやはり豪快にいびきをかいて眠るアホがいた。今なら殺れる…寝込みを襲う雷火だが。

「ふぁぁ…気配で丸分かりだ、あー飲みすぎて頭いてぇー…」

起き上がりざまにデコピンを食らい悶える。

「てっめぇ…頼まれたから起こしに来てやったのにそれかよ」 

 「起こすどころか永眠させるつもりだったろうが!」

そんなやり取りをしながらリビングで食事をとる。

「にしても一夜にして随分素直になったな、もぐもぐ。」

「うるせーな、何なんだよお前の娘、やりずらくて仕方ねーよ…もぐもぐ」

鼻歌を歌いながらキッチンで料理を作っているリーゼに聞かれないようガルディオンと話す。

「ハッハッハッ、俺の自慢の娘でな、俺もリーゼには逆らえんのだガッハッハッ」

あほくせぇ…

「おまたせー、デザートは力作のプリンでーす♡」

「リーゼ…俺ァ甘いもんは苦手っていってるだろ…そうだ!雷火が食べたがってたぞ!」

おい、何勝手に人の言葉を捏造してんだ。

「お父さんにはあげませーん、ほら雷火、食べてみて!」

「なんでオレが…」

渋々口に運ぶがあまりの美味しさに世界が変わった。

「う…」

「あれ、もしかして口に合わなかった…?」

「うまーーーーい!初めて食べたよこんな美味しいもの!!!お前すげえな!パクパク。」

ひたすらに我を忘れて食べ進める、その姿を二人は唖然と見つめる。
しばらくして我に返るオレは奴らの視線に気づきハッとする。

「……」

「ダーッハッハッハッ」「あははははは!」

二人は大笑い、流石に恥ずかしくて顔を挙げられない。

「ガッハッハッ、それがお前の素か、いいじゃねぇか!」

「おかわり沢山あるからいっぱい食べて?ふふww」

「う、うるせえ!」

この二人との出会いが、かつて悪童と呼ばれ残虐を尽くしてきた雷火を今の雷火へと変える事となる


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