真の勇者は影に潜む

深谷シロ

十一:ルーナ・スレイン

ルーナは開始の合図と共に動き出すだろう。そう予想していた私だったが、ルーナは動かなかった。魔法を小声で詠唱している。恐らく身体強化をしているのだろう。


ルーナが使うのは魔術だが、それっきりではない。特に得意としているのは剣術だ。腰には片手剣を下げている。入学試験の時と同じだ。魔術は身体強化を主として使うのだろう。


二年生はそれを見ていた。余裕、というよりは教授からの指示だろう。実戦であれば、このような時間は確保出来ないが、今は進級試験。力を試す訳だ。ルーナの本気を見なければいけない。隙だらけの魔術だ。実戦ではどうする気なのだろうか。


「すみません、終わりました。」


ルーナは言った。教授はそれを確認すると二年生に目配せした。二年生もそれを見て、頷く。今回は二年生から仕掛けるようだ。


「では、始めようか。……【我が求めるは風】【敵に吹き荒らせ】【掻き乱せ】【切り裂け】。」


風属性の<上級魔術>。先程の試合と同じ魔法だ。比較する目的だろう。最低基準を定めているのか。そな攻撃をルーナは最低限の動きで避けた。流石にそれぐらいは出来るようだ。この魔法は風属性にしてはあまり攻撃速度が速くない。だからこそ避けるのが容易なのだが……。まあ、置いておこう。


ルーナは二年生の魔法攻撃を避け続けた。攻撃は一度もしていない。あの様子を見るとまだまだ余裕なようだ。それを二年生も感じたのだろう。更なる魔法を発動させる。<上級魔術>より高度な魔術である<至高魔術>。


「【我が求めるは嵐】【敵を吹き飛ばそ】【掻き荒らせ】【切り裂け】【血の花を咲かせろ】。」


詠唱数が五つ。それほど隙が出来るのが通常であるが、この二年生は違うようだ。全く隙を見せない詠唱であった。


ルーナはそれも容易く避ける。少しも当たる気配を見せない。<至高魔術>を躱すのは驚きだ。まさか一年生でそこまで上達しているとは考えていなかった。私もまだまだ鍛錬が必要なようだ。


「私も……行きます。」


途端、ルーナの姿が消える。魔法を避けた速度よりも速い。これが身体強化後の最高速度だろう。私は見えていたが、先程負けた男子生徒は見えていないようだ。やはり力及ばずのようだ。教授も目を凝らしてやっと見えるらしい。


だが、肝心なのは対戦相手だ。対戦相手となる二年生は……殆ど見えていないようだ。これは決着が付いたようだ。


「そこまで。」


教授はルーナの剣の刃が二年生に当たる寸前で止めた。ルーナも止める。その速度を完全に制御しているか……。


ルーナの最高速度に辺りには強風が吹いていた。特に二年生は高速移動で発生した風をまともに受けたのだろう。神が乱れていた。そこまでの風を発生させる速度か。私が相手をするならば、どのように倒すだろうか。


その前にルーナの身体強化を待つほど私は優しくないが。その間に魔法で倒せば良いだけだ。意外と単純明快な倒し方だ。それを二年生の試験として認めるか、否か。


「ルーナ・スレイン、進級を認める。」


オーガリック教授は長考した末に結論を出した。先程負けた男子生徒は項垂れていた。項垂れてはいるがあの生徒は三位で入学だ。最も弱くて当然なのだが、その事実を知らないのだろう。別に私が優しさを見せようという気もないが。


ルーナは私を見た。その目が何を意図しているのかは私は分からない。だが私の実力を測ろうと考えているのは私にも分かった。私は手加減するつもりは無い。オーガリック教授が遅ければ、一人の生徒が命を落とすだけだ。たったそれだけだ。


私は己の命も他人の命も重くは見ていない。ただ一人の為に。<導く者>の為に。一つの伝説を作るとしよう。小さな伝説を。影に生きる者として。


オーガリック教授は私を呼んだ。


「ラウル君。最後は君だ。」


私は頷き、所定の位置へと歩く。ルーナは先程からこちらを見ているが、私が歩き出すと他の生徒もそれを見る。二年生や負けた男子生徒。少しばかり冷たい目線もあるが、まあそれは負け惜しみとして受け取っておこう。


私が所定の位置につき、二年生も所定の位置に付いた。私は相手を見る。相手もこちらを見ていた。私は何もしない。何をする気もない。だが勝つ。それだけだ。相手が動く必要も無い。相手はまだ気付いていないだろう。戦闘を開始することで気付くだろう。チェックメイトであることに。


この場にいる全員は私と対戦相手の二年生を見た。誰も喋ることはない。喋るだけ不躾である。ここにいるのは貴族のみだ。私にとってはどうでも良いが。だが貴族達に思い知らせるとしよう。私の強さを。


長く感じるこの開始までの時間も実際は数秒だ。オーガリック教授は二人を見る。そして闘いの火蓋を落とすのである。


「……始め!」

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