真の勇者は影に潜む

深谷シロ

一:迷える魂

この世は儚いものだろう。


これを具体的に言うならば、人間で例える。人間の寿命は日本で男女どちらも80歳近い。


だが、これを80歳も寿命がある。……ではなく、80歳しかないと考える。


歴史として扱われるのは、およそ4000年前のエジプト文明やメソポタミア文明の頃からだ。


4000年前。これは80歳まで生きた人間が50回の人生を送ることが出来る。


さらに地球が出来たのは46億年前と言われている。人間が生まれたのはそれより後で700万年前と言われている。地球や人間の誕生は、事実はわからないがここではそれは置いておこう。


700万年から人類は80歳まで生きた人は約87500回も人生を送れる。


これだけの回数があれば、儚いと思うのも無理ないのではないだろうか。


と、前置きはここまでにしよう。


こんな人生を振り返るような発言をしたのは何故か。理由は簡単である。実感したからだ。


私は……あと1時間ももたないだろう。私の寿命はここで尽きる。


私の年齢は87歳。人生をもう少しで終える。子供の頃は、本を読んだり、活発に遊んだりする子供だった。文武両道な子供だった。


小学校……中学校……高校……大学と全教育過程を終了し、就職した。職場は役所だった。詳細は語らないが、昇進はした。定年退職までしっかり働ききった。


部下や同僚に恵まれ、妻や子供にも恵まれた。


幸せな人生だった。


私の病室のベッドを囲むように妻と息子と娘、孫がいる。立派になったものだ。孫まで見れたら大満足だ。


それぞれが声を掛けてくるが私には微笑み返すことしか出来ない。


そして、1時間経たずして私は息を引き取った。


私に何の幸運があったのだろうか。この後、私は別の世界で後世を過ごすことになったのだった。


80歳の人生を終えた私の魂は彷徨っていた。


何を彷徨う必要があるのだろうか。天国でも地獄でも良い。何処かに行きたいものだ。


私の魂は辺りを見回し、暗く先が見えない世界を飛び回っていた。そこに一筋の光が見えたため、行ってみることにした。


今となってはその思い切りの良さが幸運を招いたのかもしれない、と思っている。


私が光を追って着いた場所は、白い世界だった。私はこの世界を<白の世界>と名付けた。


前世の日本では、これを黄泉や冥土などと言うのかもしれない。だが、私はなんとなく違う気がしていた。


「……ん、何だろう?この魂。」


私は、<白の世界>を飛び回った。どこを見ても白い。空も地も海も白い。ただ、世界は地球と変わらないような気がした。


その果てに辿り着いたのが1人の ── 単位が(人)なのかも分からないが ── 女がいた。


その女は、私の気配を察知したのか、私の魂を見た。そして、言ったのだった。


「そうだ、この魂にしよう。」


◇◆◇◆◇


「君は誰なんだい?教えてくれる?」


その女は私に問いかけてきた。私は話そうとする。別に私の人生など隠すこともない。恥ずかしい思い出もあるにはあるが、今となっては良い思い出だ。話す事が出来る。問題なのは、魂が口を持たないことだった。


「あぁ、ごめん。魂は喋れないね。仮初の肉体を作っておこう。」


そう言って女は、私の目の前に手を翳した。そこからの光景は摩訶不思議だった。


女の翳した先に地面から空に向かって光が人間の形を作ったのだ。そして、光はじきに消え、一人の男が現れた。


私はすぐさま、その肉体に飛び込んだ。私の魂と心は共鳴し、適合した。


「これで話せるようになった?」


「はい。ありがとうございます。」


「いいえ。では君の過去を話してくれるかな?」


「ええ、勿論です。」


私は私の過去をこの女に話した。記憶がある限りの全てを。この女は聞き上手だった。丁度良いタイミングで適度な相槌を打つ。そして、私が話の邪魔をされているという不快な思いをすることなく、話し終えた。


時計があったならば、時間が経っているのが分かっただろうが、時計が無いため、時間の感覚が曖昧だ。死者に時間の感覚が必要なのかも分からないのだが。


「ありがとう。良い人生だったね。」


「そんな事は無いです。」


私は謙遜で言ったつもりではない。このような人生、沢山の人間の人生を見れば、私と同じような人生を歩んだ者などざらにいるだろう。だからこそ言ったまでだ。


「ははは。そうだね。そうかもしれない。」


女はそう言うと何やら考え始めた。女は時折、何かを呟いているが、私には聞こえなかった。


「提案なんだけど、君は<異世界転生>が出来るとしたらしてくれる?」


「それは頼みとしてですか?」


「うん、ボクの仕事なんだ。世界を管理する<管理者>からの命令でね。」


女は言った。それから私に自身の仕事を教えた。


女の仕事は<導く者>というそうだ。人間達にとって神という存在に等しいらしい。様々な魂を導く役目を担うのだ。


「ボクは<管理者>から<導く者>という仕事を任されているんだ。魂を呼び寄せ、それから新たな生命を与えるんだ。」


女は新たな生命を与えることから<与える者>という仕事も同時にしているのだ。


「それで?君は新しい人生を過ごさないかい?」


「そうですね……」


「悩む気持ちも分かるよ。ボクも自分の仕事柄、様々な魂を導いてきたけど、みんな揃って悩むからね。最近は即決する魂もたまにいるんだけど。」


私はとても悩んでいる。言ってしまえば、前の人生を満喫したからもう良いのだ。


だけど、少しばかりは違う人生を、2度目の人生を、歩みたい。そんな気持ちもある。


「……決まりました。」


「早かったね。」


女は言った。やはり、早すぎただろうか。


「それでも、決めるのは本人だよ。早いや遅いに意味なんてない。だから今の言葉は気にしなくて良いよ。」


女は私をフォローした。本当に気が利く。聞き上手な上に気まで効くのか。流石、<導く者>というだけある。


「それでどうしたんだい?」


「私は……新たな人生を過ごしたいです。」


そう。結局は自分の好奇心に勝てなかった。やはり人間は醜いものだ。自分の欲望にすら勝てない下等な生物だ。


「分かった。君の決断を尊重しよう。」


女はここで一息ついた。そして、再び話し始めた。


「これから君は新たな人生を過ごす。だけど、他の<異世界転生>をした人々とは違う人生となる。それでも良い?」


「大丈夫です。」


「ボクが君に任せたいのはボクの使徒となる事だ。世界の安定の為に動いてもらう。」


「使徒……ですか?」


勇者……という訳ではなさそうだ。別にそんな人生を求めている訳でもないので、何でも良いのだが。


「うん。今から君が行くことになる世界は、君の元の世界と同じように日常から平穏など無いと思う。」


確かに真に平穏を迎えることは出来ないだろう。


「だけど、ボク達のような<管理者>から役目を与えられた者達は、その役目を果たす必要がある。その為にボクは君を頼りたい。どうだろうか?」


「良いですよ。」


「……即答だね。でも、今はそれが有り難い。君はボクの信頼に値する人物だと信じている。だからこそ他の人とは違い、この役目を与えるんだ。それだけは念頭に置いてね。」


神と等しい存在に信頼されることはこの上ない名誉だろう。一時も忘れるつもりは無い。


「それじゃあ、君に新しい人生を過ごしてもらおう。そして、1つ目の仕事を任せる。」


「何でしょう。」


「君には……勇者の仲間になってもらう。」

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