好恋

ONISAN

19 別れ

「なんで両社を断ったんですか?」
 何度も足を運んでくれた業者さんをスッパリと切った彼に。彼女は送信した。
「うちには必要なかったからね」
 本当にそうなのだろうか?彼女は疑問に思う。一応、何年も勤めて、色々と分かってるつもりだった。
「あんなすぐに結論出さなくても…」
 彼が1番嫌いであろうこと。自分の決断を誰かに否定されること。
 でも彼女は送信してしまった。
「それってあなたに言われることじゃない」
 やっぱり…。
「そうですよね」
「申し訳ありませんでした」
「失礼します」
 彼女はすぐにトークをやめる。
「謝らなくて結構です」
「あなたという人がよく分かりました」
 ああ…。彼女は画面を見ながら思う。そして、指を動かす。何度も何度も思っていたことを…。
「私はあなたが分からない」
 彼女の本心を。しかし、それは既読になることはなかった。彼女は小さくため息をついた。

 それから彼は彼女の前に姿を現さなくなった。たまたまなのかもしれないが、朝早くに出社し、彼女が帰った後に会社に戻ってくるようになった。彼女は何事もなく毎日を送る。彼のことで悩むこともやましい気持ちもない。きっと、あの時で二人の関係は終わったのだ。でも彼女は不意に思う。試しにトークしてみよう、と。
「こんにちは」
 すぐに返事が来る。が、すぐに削除される。まさか、彼女が既読しているなんて思っていないだろう。
「なんですか」
 削除
「こんにちは。なにか御用ですか」
削除
「お世話になっております。どうかされましたか」
きっと、最初のトークが本心の返信。2回目は大人対応?の返信。3回目は仕事の連絡と割り切ってしてきたトーク。そんな感じがした。
「怒らせておいてなんですが。トークしたくなりました」
 彼女は送信する。しばらくすると返事が来る。
「もうこういうことは終わりにしましょう。今まで御迷惑おかけしました」
 やっぱりな…。彼女は思う。でもチョットだけ、困らせたくなる。
「嫌です」

「迷惑かけるのでやめましょう」
 どうせ終わるなら…彼女は指を動かす。
「そんな理由なら嫌です」

「もう無理なんです」
 本音、だよね。彼女は諦めがつく。
「知ってます」
「会ってくれないし」
「何も話してくれない」
「今までありがとうございました」
「さようなら」
  初めて自分から打った嫌いな言葉。本当なら使いたくなかった。こんな関係はダメだって分かってるけど…ずっと繋がっていたかった。彼女は思う。
「最後まで愚痴ですか」
 これって愚痴なの?彼女は思う。いや…。
「愚痴じゃない」
「私は付き合ってもらってる側だから」
「何も言えない」
「じゃあ、どうすれば良かったの?」
 愚痴じゃない。なんで分からないの?あなたが嫌と言えば、それ以上のワガママは言えない。困らせないように一生懸命だった。
「もうほっといてください」
 彼からの返信。
「寂しいけど…」
 彼女の最後のトーク。これも既読になることはなかった。
 その後も彼は彼女の前に姿を見せない。会社には来ている。
 涙も出なかった別れの記憶も会えない日が重なると薄れていく。彼との関係があった時は、あんなにも心が揺れていたのに。今は全てが夢の中の出来事のように思う。穏やかな毎日。
 でも優しかった彼をたまに思い出してしまう。いい記憶だけが、彼女の心に残っている。嫌な人だったはずなのに。

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