好恋

ONISAN

17 心

 早く、彼が誰かいい人を見つけて結婚してくれれば諦めもつくのに。
 彼女はぼんやりと思っていた。
 忘れようとしていた彼のトークがひっかかる。もうすぐ土曜日。彼女はカレンダーを見る。予定を入れていない土曜日。
 彼女はまたため息をつく。彼とこういう関係になって、何度ため息をついただろう。自分がこんなにも情緒不安定なことになるなんて思ってもいなかった…。毎日、なんて長いスパンではなく。5分前と今と気持ちが180°違ってしまう…。
 その勢いで彼に送信する。
「会いたい」
 すぐに既読になる。
「明日、仕事終わったら待ってて」
  顔がゆるむ。また180°気持ちが変わる。
「はい」
 彼女はスマホをポケットにしまう。明日が楽しみになる。
 こんな約束で心が癒される。

「5時半には戻れる」
 夕方、彼から届いたメッセージ。時計を見る。あと1時間ちょっと。彼女は嬉しくなる。
「はい」
 送信する。
 今日は事務処理も入力も少なく、時間に余裕があった。待合せの時間までが長く感じる。久しぶりに給湯室の掃除でもしよう、と袖をまくる。心が穏やかな時は掃除さえ楽しい。
 定時を回り、彼女はタイムカードを押す。いつもの駐車場に行くには時間が早すぎる。会社の近くのコンビニに寄ろう。中をくるりと一周して、新発売のチョコとコーヒーを2つ買う。
 ちょうどコンビニを出た時に着信音が鳴る。
「今日はダメだ」
「忙しい」
彼からのメッセージ。またか…。なんでいつも…。ほら。また苦しくなる。彼のトーク1つで彼女の心の向きが決まる。きっと彼はそんなこと全く興味もないだろう。きっと今も面倒になっただけなのだろう。いつもの彼女なら、はい、と潔く困らせない返信をするだろう。でも、今日は違う。
「だめ?」
 既読にならない。
 彼女は買ったコーヒーを見つめる。着信音が鳴る。
「だめです」
 その直後、目の前を彼の乗った車が通り過ぎる。地下駐車場に入っていく。
 彼女は事務所に戻る。コーヒーを2つ持って帰るのも嫌だったので、1つを冷蔵庫にしまう為だ。彼女はコーヒーに名前を書いて冷蔵庫に入れる。気持ちが沈む。立ち上がって振り向こうとした時、声がした。
『あ。まだいたんですね。書類渡しておこうかな。車まで来てもらえます?』
 帰ったとばかり思っていた彼がいて、彼女は驚く。
『はい…』
 彼女は彼の後ろをついて車に向かう。本当に書類を渡しただけの彼は一言
『会えてよかったね』
と、笑う。彼女は悲しくなる。その顔を見て、彼は面倒臭そうに言う。
『もう。じゃあ、おいで』
  彼女はまた、彼の後を追いかけるように歩く。誰も来ないような場所まで来ると、彼は振り返って腕を広げる。
 彼女が彼の胸にすっぽり入ると腕を回す。ぎゅっとされるだけなのに、そこに愛があるかどうかが伝わる。このぎゅっには、それはない。ぎゅってされてるのに。涙が出そうになる。
『はい。おしまい。満足した?じゃあね』
 彼はそう言うと歩き出す。彼女は彼の服を咄嗟に掴んだ。
『何?』
 面倒臭そうに振り向く。そしてもう一度
『何?』
と言う。彼女は何も言えずに黙り込む。
『忙しいから、じゃあね』
 彼女の手を振りほどくと、彼は振り向くことなく、事務所に戻っていった…。
 彼女の頬に涙が伝う。
『ばかだな、私…』
 自分の馬鹿さに涙が止まらない…。

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