好恋

ONISAN

11 会う

 たった、あれだけのトークで。
 自分の気持ちがこんなに楽になるなんて思わなかった。
 彼からの一方的な約束のトーク。今日、仕事終わったら会おう、と彼は送信してきた。
 いつも仕事が終わる時間は待ち遠しいが、今日は特に待ち遠しかった。急な仕事が入りませんように…定時近くなると、彼女はそう願って仕事をしていた。
 定時を回って、彼女はホッとする。一応、まだ仕事をしている人達にいつものように声をかける。
『何かお手伝いすること、ありますか?』
 『大丈夫だよ。上がって』
 彼女はニッコリ微笑むと
『お先に失礼します。お疲れ様』
 と会社のドアを開けた。待ってると言っても、どこで待てばいいのか?
 彼女はスマホを取り出す。
「終わりました」
 すぐに返信が来る。
「下の駐車場にいてくれる?」

「はい」
 彼女はスマホをしまうと地下駐車場に向かう。自分でも浮かれているのが分かる。急いで階段を降りても、彼はまだいないのに、それでも足早になる。会えることが嬉しくて仕方ない。仕事でなく、彼と会うのは初めてだ。彼女がしばらく待っていると、足音が聞こえた。とっさに隠れる。彼でなかったら、言い訳に困るからだ。スマホが振動する。彼からだ。
「どこ?」
 彼女は影から体を傾ける。彼がいる。
「来て」
 彼が両腕を広げる。
 彼女は何のためらいもなく、彼の腕の中に吸い込まれていった。彼女よりもずっと高い身長。ぎゅっとされると温かさが伝わってくる。ずっとこうしてもらいたかった…と思う。彼女もぎゅっと彼を抱きしめた。
『ねぇ』
 彼の手が彼女の顔に触れる。思っていたより細く長い指の感触が伝わる。
『こっち向いてよ』
 彼女の顔を優しく押し上げる。こんなことされるのは、いつ以来だろう?彼女は恥ずかしくなる。とっさにうつむく。
『ねぇ。こっち向いてよ』
 彼の甘い声が聞こえる。もう一度、彼の顔を見る。
 信じられないくらい近くに彼がいて、優しい顔をしている。
『目、閉じて』
 彼女は目を閉じる。彼の唇が重なる。やさしいキス。彼は彼女をもう一度抱きしめると囁く。
『ずっとこうしたかった』
 その声が、話し方が、いつもとは全く違う優しいものだったので、彼女は驚く。
『私もだよ』
 彼の体温を感じるだけで、こんなにも安心できるなんて…思ってもみなかった。
 彼女も回した腕に力を入れる。
『はぁ。幸せ』
 彼女は彼の腕の中で呟く。
『俺も』
 あんなに、苦しかったのに。それが、全部なくなった。まだ、彼と続けていけるのかな?彼女の心は、彼と繋がっていることを望んでいた。
『ごめんね、まだ仕事残ってるから、そろそろ行くね』
『そっか。ありがとう』
『じゃあね』
『うん』
 彼は手を上げると階段を上っていった。彼女も家路につく。今の彼女には、迷いという気持ちはなかった。ただ、幸せでいた。好きな曲をいつものように聞きながら口ずさむ。

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