好恋

ONISAN

10 約束

 あの日、こんなことはやめよう、と思ってからも、結局、彼女はその言葉を送信することができなかった。
 あの日から少し、トークすることに戸惑いが多くなって、回数も減った。でも、その事について、彼は特に何を言うわけでもなく、彼女は不安を募らせていた。
 やはり、私のことなんてどうでもいいのかな…と考えては悲しくなる。
 こんな関係やめたいと思っているのに、悲しくなってしまうことが、彼女の本当の気持ちを物語っている。彼女は自分のその気持ちに気付いていないのだろう。
 
 仕事が終わり、いつものように、ホームで電車を待つ。いつもなら、ここで彼にトークを送るのに。そんな気になれない。彼女はイヤホンから聞こえてくる、好きな歌を口ずさむ。周りに人がいないのを確認してから。
 ピロン、と着信音が聞こえる。彼女はバッグからスマホを取り出すと画面を覗く。
「お疲れ様」
「もう、上がり?」
 彼からだった。あんなに苦しかった胸のつかえが、スっと取れる気がする。
「お疲れ様です」
「はい。もう上がりです」
 彼女は自分の気持ちを抑えて、返信する。彼にとってのこの連絡は、意味なんてないんだ、と言い聞かせながら、心のどこかでは期待している。
「今度、会えない?」

「忙しいでしょ?」
「会えないでしょ。」

「会えるよ」
「明日、チョット待ってて」
 彼の勝手な約束のトークに、彼女は半分ムッとする。こっちの気持ちなんてお構い無しで。自分のしたい事を強引に通してくる。でも、それに対して聞いてしまう自分が1番バカだと呆れてしまう。そして。会えると思うと、嬉しくなってしまう、この気持ちがどうにもならない。
 明日が、待ち遠しい。
 今までは、会いたいけど、会ってはいけないと思っていた。どうしたって、いい結果にはならないことは分かっていたから。でも、今は。ただ、会いたい。できることなら、彼に抱きしめてもらいたい。温もりを感じたい。
 彼女は心からそう思っていた。
  そんな彼女は、母ではない、1人の女性だった。

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