異世界ファイター ~最強格闘技で異世界を突き進むだけの話~

チョーカー

ギルドの荒くれ者 摂津流によって癒される 

 森を抜け、村に立ち寄り、馬車に揺られて数日。

 いろいろあった。

 しかし、そんな苦労も広がる町並みを見れば吹き飛んでしまう。

 「凄い。まるで中世ヨーロッパの町並みを再現したテーマパークみたいだ」

 巨大な壁に囲まれ、門番によって守られた入り口を抜ける。
 入り口を抜けるとそこは、ファンタジーの世界だった。
 いや、今までも十分にファンタジーな世界だったのだが――――
 人の少ない辺境からの旅だったため、明にはイマイチ実感が薄かったのだ。

 だが、ここは違う。

 目前に見えるのは巨大な建造物。 白く美しい城だ。
 ここは城下町と言えば良いのだろうか? 
 道の左右に並ぶ店々は多くの人々で賑わっている。

 「駄目だ。駄目だ。思わず目移りして迷子になってしまいそうだ」

 店の表にも陳列されている商品。
 その物珍しさは魅力的で、明は足を止めて見入ってしまいそうになっていた。

 「ここで迷子なんてシャレになら……ってスイカ!」

 見ればスイカの姿がない。 いや、明の視力は直ぐに彼女の姿を捉えた。

 「アキラさま! ここです! ここです!」

 小柄な彼女は、人の流れに押され、どんどん後方へ押し戻されていった。
 明は人の流れに乗り、スイカとの距離を縮めていくと――――

 「おい、掴まれよ」と手を伸ばした。

 一瞬、スイカは躊躇するような仕草の後、「はい」と明の手を掴んだ。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 「おぉ、ここが冒険者組合ギルドか。結構、繁盛してるんだな」

 まるで某郊外型大型ショッピングセンターみたいな巨大さだ。
 なぜ、ここまで巨大化したのか? その説明をスイカは始めた。

 「ギルド自体は1階の入り口付近だけです。後は、冒険者用に装備や食料の販売。病院、鍛錬場、闘技場……」
 「……節操なく商売に手を伸ばしてるのか」

 そんな建物にも関わらず、入り口は木の扉だ。
 内部に入ると奥側で買い物している女性たちが見える。

 「最近は主婦にも冒険者用の食品が人気なんです。なんでも長く保存ができて、急なお弁当にも使えるらしく……あっ! アキラさま、こちらです」

 繋いだままの手に引かれると――――

 「なるほど、これは冒険者用の施設ぽいな」

 木のテーブルには料理と酒。 それを武装した屈強な男たちが口に運んでいる。
 足を踏み入れた明にギロリと視線を飛ばして来る。
 何を感じ取ったのか? 何人かは「ほぉ」と、息の中に賞賛を混ぜる者もいた。

 「アキラさまは、ここでお待ちください。すぐに報告を済ませてきます」

 スイカは窓口らしき場所に向かって駆け出した。

 「待ってろって言われてもなぁ」

 明は暇潰しに、ギルド内を見る。
 しかし、こちらを観察するような視線は健在で、居心地の悪さがあった。

 「……軍人さん、おい! 軍人さん! アンタのことだ。アンタ!」

 明は自分が軍人さんと呼ばれている事に気づいた。
 しかし、どうして自分が軍人なのか? そこまではわからなかった。

 「おいおい! 軍人さんは冒険者なんかの声は届かないって? ここはギルドだぜ? なんで、てめぇ見たな奴が入ってきたんだ! ごらぁ!」

 そいつは、わかり易い酔っ払いだった。なんせ、片手に酒瓶を手にしたままだ。
 風貌も厳つい。 
 2メートル近くの長身。体重も約90キロ。
 分厚い皮の服を着込んでいて、その上から金属の鎧を装備。 
 生半可な剣戟では素肌に達することはないだろう。
 髪は綺麗に剃り落とされていて、室内の光がピカリと反射している。
 室内にも関わらずサングラスのようなもので瞳を隠している。
 おそらく、ただのサングラスではないのだろう。魔法的な効果がありそうだ。
 そして、ソイツの武器は巨大な鉄槌ハンマーだ。

 「いや、俺は軍人ではないけど?」
 「はん? 嘘を言うな。嘘を。その格好はどう見ても軍服じゃねぇか」

 明は自分の格好を見る。そして――――
 「なるほど」と呟いた。

 明は学校へ向かう途中で召喚された。 彼の服装は、その時のままだ。 
 つまり制服。彼の通う学校の制服は、今では珍しくなりつつある学ラン。

 「確かに国や時代によっては軍服に間違われることもあるのか」
 「何を1人でゴチャゴチャと! 軍が冒険者の縄張りに入って無事に帰れると思ったか!」

 殺気が急激に膨れ上がっていく。
 それに気づいた他の冒険者たちが争いを止めようと立ち上がる。

 ――――だが、遅い。

 ソイツは巨大な鉄槌を振り回し、十分すぎる勢いをつけて明へ振り下ろそうとする。
 対する明は―――

 (このままじゃ、流石にヤバイな……)

 この世界に来て初めて戦闘への危機感が生まれていた。その理由は――――

 「ギルドの床が壊れてしまう」

 それだけ言うと明は、タン!と地面を蹴る。

 『摂津流会眠術 極楽昇』

 自身に向かってくる鉄槌が振り下ろされるよりも速く、人差し指を冒険者の額に当てる。
 そして、着地。

 「てめぇ、俺に何をした?」

 冒険者は、体を震わしながら動きを止める。

 「アンタの事は理解できるよ」
 「な、何を! てめぇなんかに俺の何が――――」
 「冒険による長期に及ぶ緊張感。それは過度のストレスを生み、人を凶暴にさせる」
 「だから、何を言って――――」
 「眠れ!」 

 冒険者から次の言葉は出てこなかった。
 彼は、そのまま仰向けに倒れて――――

 「Zzz……Zzz……」

 眠っていた。

 「眠りは原始からの癒しだ。俺は、そこまで自分を追い詰めて、なおも冒険に向かうアンタの事を尊敬するよ」

 ざわ……
     ざわ……

 明は、周囲のざわめきに気づく。
 戦いを止めようとした冒険者たちだったが、今では小声で明への畏怖を口に出している。

 「お、おい エンボバの奴が一瞬で倒されたぞ」 
 「アイツ、今は銀級に昇格したはずじゃ……」
 「何者だよ。他の町……いや、他の国の上位冒険者じゃないのか?」
 「いや、そんなことよりも、彼がエンボバに何をしたのか理解できた者はいるか?」
 「……」 
 「……」
 「……」

 そんな様子に当の本人はと言うと――――

 (いやいや、そんな離れて話さなくても……直接、聞いてこい。技の説明くらいならしてやるよ) 

 彼がやった事は人差し指を振動させ、激しく脳を揺さぶらせただけ。
 『極楽昇』を受けた相手が癒しの眠りにつくのは、言葉での暗示によるものだ。 

 「あれ? アキラさま? 何かあったのですか?」とスイカが戻ってきた。
 「いや、なんでもない。どうやら、あの冒険者が酔っ払って立ったまま寝ちまってたらしいぞ。それが急に倒れて大騒ぎだ」

 明は倒れた冒険者(周囲の様子からエンボバという名前らしい)を指差した。
 どうやら、彼なりに誤魔化そうとしたらしいが、スイカ以外の誰も誤魔化される者いなかった。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品