【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
農耕を始めよう(12)
目の前で、俺の答えを待っている伯爵へと視線を向けながら、どうしたものかと考え込む。
正直、石鹸程度ならいくらでも用意できるから問題ないのだが、軽い対応で受け答えをすると、後々で面倒になるのは何となく分かる。
開拓村エルに来てからと言うもの、面倒事に毎回のように巻き込まれていることで、さすがに俺も成長はするのだ。
「かなり難しいな……」
とりあえず出し惜しみをしておくのがベストだろう。
リムルも伯爵家当主も、どいつもこいつも石鹸と何度も言っているからな。
かなり需要があると見て間違いない。
つまり、開拓村エルの主産業となりうるわけだ。
塩だけで村の資金を捻出するよりずっといいだろう。
そもそも香辛料というのは、地球でも古来より肉の保存に使われてきた。
場合によっては国が流通を制限している時代もあったくらいで。
そして俺はエルダ王国の商業に関して殆どしらない。
冒険者として暮らしてきた弊害とも言える。
だから香辛料の取り扱いどころが商いについて素人も良いところだ。
――そこに降って沸いた石鹸という需要。
この波に乗らない理由はないだろう。
「そんなに特殊な物なのですか?」
「特殊といえば……、特殊だな――、それに俺がソドムの町で作った石鹸は試作品だったからな。完成品は港町カルーダで冒険者ギルドに定期的に卸していたはずだが――」
「それは王家が買い占めてしまっていて……」
「王家が?」
内心、俺は驚いた。
まさか王家が、俺が作った石鹸を買い占めているとは思わなかった。
月に100個ほど、冒険者ギルドに納品してはずだったのだが――。
どうりでリアやソフィアが俺に石鹸を強請ってくると思った。
それにしても……。
年間1200個――、10年で12000個の石鹸を作って納品していたはずだが全部買い占めているとは驚きだ。
エルダ王国が石鹸を何に使っているかは分からないが、潜在的需要は、洗剤なだけにかなりありそうだな。
「それで――、神田栄治様は石鹸を冒険者ギルドに卸していらっしゃるということでしたが、いくらで卸されていたのですか?」
「いくらって……、お金じゃないだろ? 子供達が食事の前に石鹸で手を洗ってくれればと思って作っていたからな……、あまり高いと買えないだろ? 100個で金貨1枚ってところだな――」
「100個で金貨1枚!?」
俺の言葉を聞いたニードルス伯爵が驚きの声を上げていた。
まぁ俺も金貨1枚は高いと思ったが、100個で金貨1枚なら1個あたり銭貨10枚くらいだからな。
銭貨10枚なら日本円で換算すると100円くらいだし、ほぼ大抵の人間なら買えると思う。
「あ、あの――」
「どうかしたのか?」
「それで採算は取れるのですか?」
「だから、採算じゃなくてだな……、石鹸は病気などの予防にも繋がるし体の皮脂を洗い流すことで衛生面にも使える。それは巡り巡って伝染病の予防にも繋がり結果的に俺や身の回りの人間を助けることにもなるから、ボッタクリをしても仕方ないだろ?」
「――そうだったのですね……」
「まぁ、偽善と言えば偽善かも知れないがな」
肩を竦めながら彼女に告げた。
「いえ! とても素晴らしい事だと思います。これは、伴侶としてではなくて……、一人の男性として素晴らしいと思いますよ? そうですね! 石鹸ですが、どのくらいでご用意できるものなのでしょうか?」
「そうだな。一応、作り置きが多少あるからな……、いくつくらい必要なんだ?」
「そうですね。共同井戸にも置いておきたいので……1000個くらいは――」
「わかった。そのくらいなら作り置きがあるから問題ない」
「ありがとうございます。それで御代は――」
彼女の言葉に考え込む。
正直、一週間近い行動で俺はかなり疲れているしエルナやリルカそして獣人達も疲れているだろう。
何せ、重い塩をずっと運んできたのだ。
「そうだな。頼みたいことは二つ」
「二つですか?」
「ああ、俺達が売買するものに対して税金は免除してほしい。代わりに石鹸に関しては優先的にニードルス伯爵に卸すことにする」
「そうですか……、それでもう一つは?」
「実は長旅で疲れているんだ。俺と獣人達と数日間、滞在させてもらえないか?」
「――!? わかりました! ぜひお泊りください! それで石鹸の費用ですが……」
「ああ、冒険者ギルドに卸していた金額で卸す。それがいいだろ?」
「それは――!? よろしいのですか? そんな価格で……」
「ああ、問題ない」
俺達が売買する物に税金が掛からないだけでも十分すぎるほどの価値がある。
なにせ、これから俺達が扱うものはソルティが作る香辛料だからな。
石鹸なんて副産物にすぎない。
「わかりました。すぐにお部屋を用意させて頂きますね」
鉄仮面の下からは、少しくぐもっていたが、弾んだ声が聞こえてきた。
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