【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
第一章 エピローグ
何かが軋む音が聞こえてきた。
まだ、思考に霞が掛かっているように感じられたが、俺は重い瞼を開けて音がした方へと目を向ける。
どうやら、俺が意識を失っている間に寝ていた部屋は、壁の色合いこそ白ではあったが、調度品の配置から作りまでリルカやエルナと泊まった部屋と形式は酷似していた。
「そうか……」
まぁ、料金の支払い制度にさえ目を瞑ればメイドがカウンターに居た宿が、エンパスの町では一番いい宿だ。
この世界で最後に泊まる宿がここなのは、なんだか不思議な気持ちだが不思議と心の中は落ち着いていた。
それはリルカやエルナを守れたということ。
そしてリアやソフィアと、再度出会えたという気持ちからだろう。
何だかんだ言いつつ、俺も未練があったという訳だ。
やっぱり、俺は小さい男だなと重いながらも心の中で小さく溜息をつく。
どうやら、軋んでいたのは扉が開く音だったらしい。
薄暗い部屋の中が、扉が開くことで通路から差し込む明かりで少しずつ明るくなっていく。
扉の外にはリアやソフィアにエルナやリルカの姿が見えた。
一緒にベックや、宿のメイドが居たのは首を傾げる場面であったが、誰もが俺が目を覚ましたことに気が付くと部屋に入ってきた。
「エイジさん!」
最初に、部屋に入ってきたのはリルカ。
「リルカ。怪我は?」
「はい! 大丈夫です! 私には回復魔法がありますから!」
俺の問いかけにリルカが誇らしげに答えてきた。
たしかにヒーリングペロペロなら、怪我は治るだろう。
ただ、あれは副作用があったような……。
「それより、エイジさんは膝の怪我は?」
「ああ、もう大丈夫だ……いや――」
俺は途中まで言いかけたところで口を閉じる。
「リルカ、今は何時くらい……、いや――」
俺はベッドから起き上がると部屋の窓を開ける。
窓と言っても窓ガラスがあるわけでもない。
両開きの木で作られた扉を開けるだけだ。
両開きの扉を開けると、外はすでに夜の帳が落ちていてエンパスには明かりが殆ど見当たらなかった。
「俺は、かなり寝ていたのか?」
「魔力の使いすぎであろう! ――って、メリア第三王女様が言っていたの! それで寝かせていたから4つの鐘がなるくらいのときは経っているの!」
俺の言葉に答えてきたのはリアであった。
「メリア第三王女? それって……、エルダ王国の王女か?」
「そうなの! カンダさんにお願いがあるって騎士団を連れて来ていたの! 偶然、リムルを捕まえるための兵士と合流したらしいの!」
「本当かよ……」
どうして、俺に会うためだけに騎士団が来るのか不思議でならない。
そもそも、俺にはエルダ王国の王族と伝手なんてないし、関わりを持った覚えもない。
正直に言おう。
――嫌な予感しかしないと。
「……しかし4つの鐘か……」
一つの鐘が、異世界では2時間経過を意味する。
つまり4つの鐘だと8時間だ。
俺の、この世界に居られるタイムリミットが夜明けの午前6時くらいと仮定すると、もう半日も、元の世界へ戻るまでの時間は残されていないことになる。
一瞬、みんなには何も告げず異世界へ……いや、元居た世界だから日本か。
そこへ帰ろうと思ってしまう。
「よかったです……、カンダさんが、もし目を覚まさなかったら私……」
リルカが、銀色の狐耳と尻尾を元気なく垂らして横になっていた俺の手を取って瞳から涙をぽろぽろと零しはじめた。
そんな様子を見てしまったら、何も言わずに異世界へ帰るのは、とても不義理に思えてしまう。
きちんと説明するのが、俺が関わってきた人たちへ対する最後の礼儀。
俺は、ベックやメイド服を着た女性に退席してもらうと「みんなに言わないといけないことがあるんだ」と、自分のことを語りはじめた。
俺が異世界から来たこと。
そして、冒険者として暮らしてきたこと。
すこしだけ下心があってリアやソフィアとパーティを組んだことや、リルカを好きだということや、エルナは俺にとって掛け替えのない妹のようなものだと告げた。
するとエルナは「やっぱり……」と言いつつ、自分自身の胸を両手で触っていた。
さらに、「上から下まで引っかかるところが無いのは駄目でしゅかああああ」と部屋を出ていった。
年頃の女の子の考えることは良く分からない。
まぁ、リアやソフィアが追いかけていったから何とかしてくれるだろう。
「あの……エイジさん――」
3人が出て行った扉を見ていると、リルカが瞳を潤ませながら俺に語りかけてきた。
「どうかしたのか? もう俺が居なくなっても塩で生計を立てることが出来るだろう? ソフィアやリアも居るし、獣人融和政策もあるんだ。だから……」
「エイジさんは、本当にそれでいいのですか?」
「いいも……何も……」
俺は言葉に詰まる。
もともと、俺はこの世界とは関係の無い異世界から来た人間だ。
ソルティも言っていた。
転移者は、この世界に問題を引き起こすと。
それに……。
「俺は、日が沈むと同時に異世界に帰る。だから――、もう……どうしようもない……」
「でも! 私はエイジさんに帰ってほしくない!」
「そんなことを言われてもな……」
もう、どうしようも出来ない。
戦うことで道が開けるならいい。
だが、女神に言われて世界に大きな影響を与えるとまで断言されたら、どうしようもできない。
「ごめんな……」
俺はリルカの頭を撫でながら謝罪の言葉を口にする。
「誰かを傷つけるくらいなら、最初から……この世界に来なかったほうが良かったかもしれないな」
「――ッ!」
リルカが、俺に抱きついてくる。
彼女の体の震えがダイレクトに伝わってくる。
「エイジさんが悪いわけじゃないです! 全て、すべて!」
言葉にならない彼女の声が、俺の心を揺さぶる。
「すまない。俺は一番言ったらいけない言葉を口にした……。俺は、この世界にきてリアやソフィア、そしてエルナに……リルカに出会えて良かった。それだけはハッキリと言える。だから……俺が異世界に帰った後でいいから……頼みがある」
「頼みですか?」
「ああ、どうか俺のことは忘れてほしい」
「そんなのは出来ません! エイジさんが私を愛していると言った言葉は嘘だったのですか?」
「それは、嘘じゃない! お前を……リルカを愛しているという言葉に偽りはない!」
「それなら! エイジさんが帰ったあとでも! あなたを感じられる証をください!」
「証!?」
「はい!」
リルカは、俺の言葉に即答すると服を脱いでいく。
「えっと……リルカ? それは、さすがに俺は責任が取れないんだが……」
「さっき、私を愛していると言いましたよね? だったら責任を取ってください!」
リルカの責任という意味と、俺の考えている責任の意味が違っている気がするのだが……、ここで断ると必死に涙を堪えて体を震わせている彼女の決意を踏み躙ってしまう気がする。
「わかった……」
俺の言葉にリルカは、微笑んでくると染み一つ無い肢体を俺の体に絡ませてきた。
どんな毎日でも、一日というのは日が昇って始まる。
朝日は誰にでも均等に降り注ぐのだ。
――と、肉体と精神に鞭を打ちながら心の中で俺は詩人のごとく言葉を紡ぐ。
「日差しが黄色いな……」
極度に運動をして疲労した後というのは、朝に昇る太陽の光が黄色く見えるらしい。
そう――。
俺も、宿の部屋窓から見える太陽の光が黄色く見えていた。
朝焼けの太陽の日差しは、破壊し尽くされたエンパスの町を静かにだが、ゆっくりと照らしていく。
その中には、もちろん俺が泊まっているホテルも含まれる。
日差しは窓から入ってくると、キングサイズのベッドの上で寝ている裸のリルカの魅惑な白い肢体を如実に浮かび上がらせた。
「ふう……」
俺は、木を削って作られたカップの中に生活魔法で水を作りだして注ぐと一気飲みして一息つく。
さすが獣人ということもありリルカはすごかった。
朝まで俺を寝かせてくれなかったくらいだ。
「エイジさん?」
窓から外を見ていると、裸のままのリルカが俺に抱きついてきた。
「そろそろ時間のようだな……」
「……私、エイジさんのことを忘れません」
彼女は毅然とした表情をしていたが、瞳を潤ませているだけで泣きたいのを我慢しているのは一目で分かった。
「ああ、俺もリルカのことは忘れない」
白い光りが俺の体を包み込んでいく。
そして――。
「あれ? エイジさん?」
「あれ? リルカ? あれ? どうして……俺は……」
白い光りが俺を包み込んでいき最後に強い光が弾けると同時に俺は異世界ではなく、この世界に居た。
女神ソルティに何か手違いでもあったのだろうか?
「良かった! エイジさんが無事で!」
リルカは、未だに何も纏わないままだ。
俺としては、魅惑の肢体よりもどうして異世界へ帰還しなかったのか不思議でならなかった。
――後日。
どうして、俺が異世界に帰還しなかったのか、その原因を聞きに塩の湖へと足を運んだ俺を出迎えたのは瞳を真っ赤にして泣きはらした女神ソルティであった。
彼女は「馬鹿なの? ねえ、馬鹿なの? どうして最後の最後で童貞を捨てたの? ねえ? どうして! どうしてなの?」と塩の固まりを投げてくる。
俺は思わず「だってお前、童貞すてたらいけないとか言ってなかっただろ!」と反論してしまった。
するとすかさず「お互いの体液を交換したら、元の世界に帰せなくなるの! そのくらい私の言葉から察してよ! 貴方のおかげで私、女神の仕事剥奪されたんだけど! 剥奪されたんだけど! 責任とってよ! ねえ! 責任とってよ!」と、塩の湖の上で号泣。
なんとかリルカが場を治めてくれたが、その時に俺は思った。
この世界の女神は面倒くさいなと。
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