【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

エイジ参戦!

「早いでしゅ!」

 エルナが歯軋りする。
 目の前を、逃走する人族の雌。
 その速度は、本来は有り得ないものであった。
 獣人の中でも俊敏性においては上位に位置する狐族にとっては、人間の移動速度よりも数倍早く走ることが出来る。
 それなのに追いつくことが出来ない。
 少しずつ少女の中で焦りという感情が蓄積していき、冷静さを失わせる。
 
「――あっ!?」

 リムルが袋小路で足を止めていたのを見て、彼女は野生の感から瞬時に察する。
 自分が誘き出されたということに。
 彼女――、リムルが血走った目でエルナを睨みつけた。

「あの獣人と似た顔? そう……、私の計画を邪魔した……、あの女の血縁関係者なのね?」
「リルカおねえちゃんの事でしゅか!?」
「そう、あの女はリルカっていうの……。私の! 私の顔を殴った! あの女は!」

 リムルが叫ぶ。
 
「こいつ……おかしいでしゅ!?」

 エルナは、額から汗を垂らしながら目の前のリムルを睨みつける。
 少しずつエルナの前に居たリムルの様子が変化していく。
 槍のような先端の尻尾がまず生える。
 次には背中からは漆黒の翼が広がり、頭には山羊の角のようなものが隆起していくと髪の色が紫色へと変化した。

「ま、ましゃか!?」

 エルナは、その場から飛びのく。
 それと同時に彼女が立っていた場所を不可視な物質が通り過ぎると同時に背後の木作りの建物が爆発し辺りに木材の破片が飛び散った。

「魔王化でしゅ!?」

 エルナが居た部族を壊滅に追いやった事象――魔王化。
 その現象がリムルに起きていた。
 手を振り下ろしたリムルは自身の手をしばらく見ていると、愉悦の表情を浮かべる。

「すばらしいわ。これが……、これが淫魔王の結晶の力! これが、あるべき力! これさえあれば、私が……わた……われ……我が全てを破壊する! がああああああ」

 リムルの口から獣のような咆哮が吐き出される。
 それと同時に、リムルの姿がエルナの視界から消えた。

「――クッ!?」

 エルナは咄嗟に、両手を前面でクロスして防御姿勢を取る。
 それと同時に両腕に、強い衝撃を受けエルナの体は後方へと吹き飛ばされ木材で作られた建物を貫通し大通りへと転がりでた。
 辺りはお昼時ということもあり人の往来が多い。
 周囲の気配を見渡したエルナは咄嗟に、その危険性に気がつく。

「やばいでしゅ!?」
「どうかしたのかい? 大丈夫かい?」

 いまのエルナは、一つの建物を貫通して大通りに転がって出てきた。
 建物は木で作られていたこともあり、それほど大怪我でもなかったが、木材の破片で体中……特に額を切って少女は血を流していた。
 エルナを心配して妙齢の女性が声をかけてきたのは必然と言えよう。

「みんな、すぐに逃げるでしゅ!」

 ただ、エルナには女性の声に感謝を述べる余裕は無かった。
 もし、魔王化が完全であるなら一つの町が消え去ることなんてわけが無い。
 エルナの言葉と同時に、彼女が転がり出てきた建物が吹き飛ぶ。
 破片が女性に降り注ぐのを防ぐためにエルナは、咄嗟に女性の前に踊り出ると、全ての破片を両手で弾き飛ばした。

「ほう? さすがは……、狐族の中でも異端の金毛の狐だけはあるな?」

 建物が吹き飛び、その煙の中から現れたのは完全にサキュバス化した女――リムルであった。
 殆ど裸体に近い服装を見てエルナは眉を潜める。
 先ほどよりも大きく変化した――巨大化した蝙蝠の翼に羊の角そして怪しく赤く光る瞳。
 どれを見ても欲望を吸収して宿主の体を乗っ取った淫魔王サキュバスクィーンであった。

「まずいでしゅ……」

 すでに周囲の、通りに居た男達だけではなく、魔力の低い女性もリムルの淫魔の気に当てられ、目は空ろなまま角材や包丁などを、その手に握りエルナに近づいてきている。

「元凶を断つでしゅ!」

 地面を蹴り、リムルに接近し蹴りを放つ。
 その速度は、人の姿では捉えきれないほど早いが――。

「ぬるいな――」

 エルナが、リムルの顔に向けて放った蹴りは、片手で受け止められていた。
 
「教えてやろう。魔王たる我の力を!」
 
 野生の感から両腕をクロスさせリムルのコブシを受け止める。
 その威力は凄まじく、エルナの体は、武器屋と思わしき建物を貫通し、さらには彼女がぶつかった衝撃だけで建物が崩壊し崩れ――、通りには無数の武器が転がった。

「――ッ!? 腕が……」

 ガードをしていたエルナの両腕が完全に折れていた。
 さらに少女エルナの足もおぼつかない。

「強いでしゅ……獣魔王よりも……強いでしゅ」
「ふん、この程度か? 金毛の狐!」

 怪我で片目が塞がっていたエルナの前に、現れたリムル――彼女の体を乗っ取った淫魔王は落胆の表情を見せると巨大な破壊を生み出す右手をリムルの頭に向けて振り下ろそうと手を上げたところで後方へと飛びのいた。
 すると一瞬の間を置いて1本の矢が、先ほどまで淫魔王が立っていた場所を通過する。

「だれでしゅか……?」

 エルナは、ゆっくりと矢が飛んできた方へと視線を向ける。
 そこに立っていたのはハーフエルフの特徴を持つ女性。
 女性は弓を構えたまま叫ぶ。

「リア! 町の様子は?」
「どこもかしこも、リムルの……あの馬鹿が持ち出した淫魔石の暴走で大変なことになっているの!」
「そう……。まずいわね……」

 女性は、リアと呼ばれる女性と話をすると、ゆっくりエルナに近づく。

「私の名前はソフィア。一応、ハーフエルフで弓使いよ。この町は、どうなっているの? どうして、淫魔王なんて――」
「ソフィア、あぶないの!」
「大丈夫!」

 エルフのみが持ちうる風の動きから相手の動作を予知する風読み。

「私だって、伊達に10年も冒険者をしているわけじゃないのよ!」

 一瞬にして弦を引くと、矢を放つ。
 正確無比な一撃は、接近しようとしたリムルの翼を射抜く。

「――なっ!? たかが……エルフと人間のハーフが!? この我の動きを読んだというのか?」
「動きが止まったの! ファイアーランス!」

 リアの魔法が、淫魔王たるリムルへと放たる。

「おのれ! この我に、そのような魔法が通じるわけがないだろうが!」

 両手でリアの3メートルにも及ぶファイアーランスを弾き飛ばす。
 一瞬、淫魔王の防御がガラ開きになる。
 その淫魔王の腹部に、一人の女性のコブシが突き刺さる。
 それと同時に、うめき声を淫魔王は上げ、何十メートルも通りを吹き飛ばされ自身が操っていた民衆の中へと姿を消した。
 
 現れたのは銀髪の髪と銀髪の尻尾を持つ女性。
 体中から膨大な金色の魔力を迸らせている。
 その魔力を見ただけでも、女性がどれだけの魔力を体内に有しているのか理解できてしまう。

「おねえちゃん!?」
「エルナ? その怪我は……、そう……あの雌。私のエイジさんの命だけじゃなくて私の妹までも!」
「エイジさん!?」
「エイジ!? ちょっと、そこ詳しく!」

 リルカの言葉に、ソフィアとリアが同時に反応するが、それと同じく民衆の中からリムルが姿を現す。

「まったく、どいつこいつも……、どうして……ここにお前たちが!?」

 淫魔王はリアとソフィアの存在にようやく思い至ったのか、二人を見ると目を見開く。

「決まっているの! カンダさんを追ってきたの!」
「そうよ! 私達はカンダさんに用事があるだけで貴女みたいなのには用事はないんだけど……、そうも言ってはいられないみたいね……」
「なの!」
「待って! 二人とも私の夫とどういう関係なの!?」
「それよりも、カンダさんはどうかしたのですか!?」
「私の夫とは聞き捨てならないの!」
「お前たちだけで話をするなああああ」
「修羅場でしゅ……、話がかみ合ってないでしゅ」

 
 エルナは、淫魔王となったリムル、リルカ、リア、ソフィアを見ながら小さく呟くと、ハッとした表情を浮かべる。

「おねえちゃん、まさか……」
「――ええ、間に合うとは思わなかったけど、何とか間に合ったわ。指揮は任せるわよ?」

 リルカの視線の先には、先ほど大通りに散らばった武器で武装している山猫族と狼族――、合計10人が命令を待っていた。

「全員、町の人間を取り押さえるでしゅ!」

 エルナの命令に狼族と山猫族が一斉に動きだす。
 操られているだけの住民と、自己の思考で動き圧倒的な身体能力を持つ獣人では、勝負にならない。
 あっという間に、操られていた町の人間が無力化されていく。

「おのれ、おのれ、おのれ!」
「形勢は逆転ね! エイジさんは雌には甘いから手を出さなかったけど、私は手加減しないわよ?」

 リルカの姿が消える。
 それと同時に、淫魔王の体がくの字に折れた。

「ガハッ!? バカな……、貴様……、まさ……か――」

 途中まで言葉を紡いだところで淫魔王は顔を殴られ酒場と思われる建物の壁を突き破る。
 すぐに追撃しようと歩き出したリルカの肩をリアが掴んだ。

「待つの! カンダさんの命がって言っていたけど、どういう意味なの?」
「……カンダさんはリムルの凶刃にかかって……」
「そんな……」
「うそなの……」

 二人はリルカの言葉に立ち尽くす。
 
「だから、私がカンダさんの仇を取るんです! 妻として!」
「「――え?」」

 リルカの言葉に二人の呆然とした声が重なる。
 
「妻なの?」
「はい」
「結婚式は挙げられたのですか?」
「いえ、まだ……」
「「「……」」」
「「「ちょっと、そこを詳しく!」」」
「おねえちゃん! そんなことしている場合ではないでしゅ!」
「分かっているけど! この二人がエイジさんの何なのかを――」
「お前ら我を無視するなああああ」

 淫魔王になったリムルが叫ぶと、酒場であった建物が崩れていき中から巨大な20メートルもあろうかというゴーレムが姿を現した。

「……リア、あれって……」
「私達がダンジョンで見つけたアイアンゴーレム召還の玉を使ったと思うの」
「そうよね……、たしかあれって……」
「中に入って操縦が出来るってカンダさんが喜んでいたの」
「フハハハハハ、これなら銀髪の狐! 貴様でも傷一つつけることはできないだろう!」
「それは、どうかしら?」

 リルカが決意の眼差しを淫魔王が操るゴーレムへ視線を向ける。
 
「ほざけ!」

 淫魔王の声が周囲に響くと同時に、リルカに向けてコブシを振り下ろす。
 彼女は、アイアンゴーレムのコブシを避けると同時に、その鉄の体躯を殴りつけるが――。

「――っ! 硬い!?」
「おねえちゃん!?」
「大丈夫……左手のコブシが砕けただけだから……それより……」
「くくくっ――、フハハハハハハ。これだ! これこそが圧倒的な力だ! さあ、全てを破壊! 破壊だ!」

 リルカの攻撃が通じないと知ると一転して淫魔王は、声を高らかに上げて笑う。
 そして、それと同時に――。

「言いたいことは、それだけか?」

 金属が割れる音がすると同時に、アイアンゴーレムの左腕の付け根がバッサリと斬られ、地面に左腕が落下する。

「――な、何故!? 何故だ? 何故――貴様がここにいる!?」 

 淫魔王が操っていたゴーレムの頭部はある一点を見ていた。
 そこに立っていたのは、日本刀を右手に持った日本人――、神田栄治。

「地獄の底から舞い戻っただけだ。さあ、覚悟はいいな? リムル!」
 
 
 

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