【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
村長就任(後編)
「カンダさん! 戻りました!」
リルカが嬉しそうな表情をしてログハウスの扉を開けて中に入ってくると俺に近づいてくる。
そして撫でて欲しそうに頭を垂れてきた。
俺は、内心溜息をつきながらも10人もの獣人の面倒を見ているリルカの頑張りに感謝をして彼女の頭をやさしく撫でる。
今までは、頭を撫でたりするとリルカが発情して危険な状況に陥っていた。
だがリルカが俺のことを伴侶として見たことで、暴走しなくなった。
おかげで頭を撫でても、銀色の尻尾を左右に振るだけで何も起きない。
「カンダさん? それは……?」
囲炉裏にかけてあるいくつかの鍋を気持ち良さそうな表情をしたままリルカは見ると俺に問いかけてくる。
「ああ、これは獣人達の食事だな」
リルカが鍋のほうへ視線を向けながら「食事ですか……」と、答えてくる。
「問題でもあったか?」
「――いえ、食事を作るのは私の役目なので……」
「そ、そうなのか?」
俺の言葉に、リルカが顔を真っ赤にして頷いてくる。
尻尾を嬉しそうに振っていることから怒ってはいなそうだが、あとでエルナにアドバイスを貰ったほうがいいのかも知れない。
10歳くらいの幼女にアドバイスを求めるのも問題だと思うが、失敗するよりかはいいだろう。
「はい」
「わかった、次回からは気をつけるとしよう。何かあれば遠慮なく俺に言ってくれ」
「……はい。あの、カンダさん、今日の夜ですが他の獣人達が寝る場所が無いのですが、どうしましょうか?」
「――ん? 寝る場所なら、ここのログハウスを使えばいいだろう? かなり窮屈になってしまうが10人くらいなら寝られるだろう?」
「――ええ!? 私とカンダさんの巣に他の獣人を――」
「……ん? どうかしたのか?」
「いえ――、何でも無いです!」
何故か知らないが、リルカが、少し怒った口調で答えてきた。
何を怒っているのか良く分からない。
それに「私とカンダさんの」の、後の言葉も小さくて聞き取れなかった。
もしかしたら、俺とリルカとエルナの3人で一生懸命作った家に、何の手伝いもしていないのにという理由で入れたくないのかも知れない。
リルカが、そんなに心の狭い人間とは思えないが、そういえば動物というのは自分の巣穴に別の生き物が来ることを好まない傾向があったような……。
もしかしたら狐の獣人は、山猫と狼の獣人とは仲が悪いのか?
いや……、それならお風呂の入り方などを頼んだときに断るはず。
「リルカ」
「……はい……」
俺は頭を撫でるのをやめると、まっすぐに彼女の瞳を見る。
「リルカ、ログハウスは俺とお前とエルナの3人で作った建物だ。でもな、いくら俺たちが作ったと言っても、そんな理由で長い旅をしてきた彼女達を外で寝かせるのは、よくないだろう?」
「……はい……、あ、あのカンダさんは、もしかしたら……」
「どうしたんだ?」
よく分からないがリルカが瞳に涙を溜めて、銀色の狐耳を伏せながら「私よりも小さな子の方が……」と、呟いてきた。
続けての言葉が小さく聞き取りにくかった。
だが! 話の流れから大よその意味は理解できる。
つまり、彼女は小さな子もいるから心配なのですか? と言いたかったのだろう。
たしかに、大人というか中年の俺とか女性大学生くらいの獣人よりも幼女のエルナや、その他の幼い少女である獣人の方が身体は弱いだろう。
心配かどうかと聞かれれば心配に決まっている。
幼いうちは、身体の不調を上手く言えないものだからな。
俺はリルカの言葉に同意するかのように「ああ、そうだな」と、頷きながら答えるが、俺の言葉にショックを受けたような表情をすると突然泣き始めて外に出ていってしまった。
「俺、何かしたのか?」
「カンダしゃん……何も分かってないでしゅ」
振り向くと囲炉裏で寝ていたエルナが正座して俺を見ていた。
「何も分かってない? どういうことだ?」
問いかけるとエルナが小さく溜息をつきながら、「カンダしゃん、獣人にとってプロポーズをされた雄との巣に別の雌が入ってくるのは縄張りを荒らされるのと同じでしゅ」と答えてきた。
「な、なるほど……、俺は、それを知らずに安易に答えてしまったわけが……」
「そうでしゅ、カンダしゃんは雌に対しての配慮が雄のくせに足りないでしゅ。あとは……」
「――ま、まだ、……あるのか?」
「料理は伴侶になった雌の仕事でしゅ! その仕事を奪うということは、雌は雄から伴侶として認められてないと言われているのと同じでしゅ! あとは、リルカお姉ちゃんは、獣人の中では、結婚適齢期を越えているでしゅ。奴隷を連れてきて、その中に幼い、自分よりも年下の少女がいたからと、自分に興味が無くなったと思って、小さな女の子の方がいいのですか? と聞いたのに……カンダしゃんは、そうだと答えたでしゅ」
「……いや、俺は……俺はそんなつもりで言ったわけではないんだが――」
「早く追いかけないと、また暴走するでしゅ!」
「――わ、わかった」
さすがに暴走だけはマズイ。
主に俺の貞操が……。
俺は、すぐにログハウスを出て周囲を見渡す。
するとリルカの姿が視界に入った。
彼女は、森の方へと走っていく。
俺は「くそっ!」と悪態をつく。
俺の様子に、獣人達が驚いた表情を見せてきたが、今はそれを気にしている余裕はない。
リルカは本気で走っていないのかすぐに追いつくことができた。
「待ってくれ!」
彼女を後ろから抱きしめる。
そうでもしないと、走って逃げてしまう気がしたから。
「なん……ですか……、カンダさんは購入してきた獣人の少女とエルナがいいんですよね?」
「勘違いするな!」
俺は、リルカの言葉を一括する。
すると抱きしめていた彼女の身体がビクッと震えた。
「俺は、お前が良いんだ」
「……べつに嘘をつかなくてもいいです……」
どうやら簡単な言葉だけでは、彼女の心には届かない。
そもそも、俺が勘違いしたのが原因だ。
――それなら、男として責任を取るべきだろう。
「リルカ、聞いてくれ」
「……」
俺の言葉にリルカは無言のまま静かに佇んでいるが、抱きしめているその身体は震えている。
やはり、はっきりと口にしておくべきだった。
なあなあで済まそうとしていたから誤解が生まれてしまったのだろう。
「俺はリルカが好きだ。それと俺に幼女が好きという感情はない」
「よう……じょ……ですか?」
ようやくリルカが口を開いてくれた。
ただ、彼女は幼女という言葉の意味は分からない。
そりゃ日本の言葉だからな。
「俺の国では16歳以上の女性しか結婚は出来ない。それに、俺は……もうすぐ40歳だ。この世界の人間族で言えば人生の7割くらい生きたことになる。それなのに、前途ある君みたいな美少女であるリルカを伴侶としていいのか……、逆に君失礼だと俺は思っている」
「そんなことないです! 私もカンダさんが好きです! それに年齢なんて関係ないです!」
「……そ、そうなのか――」
俺の腕の中で振り返ってきて上目遣いで俺を見てくるリルカ。
彼女の瞳は、俺の目をまっすぐに見てきている。
その澄んだ瞳には、嘘が含まれているようには見えない。
おそらく本心から言っているのだろう。
だからこそ――。
「正直、俺は自信がないんだ……」
「自信ですか?」
「ああ、リルカに本当に相応しいのか、俺でいいのか? と、自問自答してしまうんだ」
俺の言葉に彼女は頭を振るうと「それを決めるのはカンダさんではありません! それを決めるのは、私です!」と、力強く言葉を紡いでくる。
「……そうか」
「はい、ですから――。カンダさん……、これからは思ったことを、そのまま私に言ってください。私はありのままのカンダさんを受け入れますから!」
「分かった。あれだな……、何というか俺の方が年上だと言うのにみっともないな」
「そんなことないです。カンダさんは私のことを真剣に思っていてくれたのですよね? なら! 全然、みっともなくないです! それに、これからカンダさんは村長になるのですから! 格好よくなるのはこれからです!」
そう、言うとリルカは花が咲くような笑顔を俺に見せてくる。
「まぁ、人間は俺しかいないし冒険者ギルドから開拓の仕事を引き受けているのも俺だけだからな……、自動的に村長は俺になるは――」
話の途中でリルカが背伸びをして俺の唇に、自身の唇を重ねてきた。
短い時間であったが、それはキスと呼ぶに相応しいもので……。
俺は驚きのあまり、彼女を抱きしめていた両腕を解いていた。
リルカは俺から離れると頬を赤らめながら「村長は、群れのリーダーと同じです。ですから……今日からはよろしくお願いしますね。アナタ……」と、微笑みながら笑いかけてきた。
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