花贈りのコウノトリ

しのはら捺樹

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 「…ありがとうございました」

 会場を並んで出て、僕は眞鍋さんに頭を下げた。他の店の人に仕事を取られて変に意気消沈したのと、眞鍋さんの香りが忘れられなくてドキドキが止まらないのとで、気持ちが変にぐちゃぐちゃしていた。

 「忙しいんですね…なんだか、珍しくイライラされてたみたいで、ついつい手を出してしまって」

 すみません、余計なお世話でしたよね。と眞鍋さんは苦笑した。

 そんなことより、あの時香ったいい匂いの方がずっと気になる。香水でもないし、洗濯物の香りともまた違う。聞こうと思ったが、セクハラ紛いになりかねないのでやめた。

 「大変ですよね、この時期」

 原付に鍵を差して眞鍋さんが呟く。確かに、と返事をすると眞鍋さんは肩を竦めた。

 「5月は母の日、6月は父の日。7月は終業式で8月はお盆休み…お花を贈るのが最近本当に増えましたね」

 「終業式って、誰に花を贈るんですかね」

 「そりゃあPTAとか、保護者が先生に贈るんじゃないですかね…」

 これも流行りというやつだろう。溜息をついて僕もスクーターに跨って鍵を差した。

 花を贈ることがここ数年増えた。何がきっかけになったかは知らないけれど、今では流行り云々よりも定着している気がする。当分、衰退の色は見えないだろう。

 そして僕はこっそりと、将来自分の店を持とうなんて考えている。本気の本気っていう訳ではないけど、いずれ、機会があれば。

 そしてその時、出来ることならどうか。

 この…眞鍋優子さんに、妻として働いて欲しいな、と。

 機会があればの話だが。

 「水嶋さん?」

 眞鍋さんが僕の顔を覗き込む。はっとして思わず顔を逸らすと、くすくすと眞鍋さんは笑う。

 何だか、気持ちに気付かれて遊ばれているような気がしないでもない。

 「と、とりあえず、僕はもう帰りますね。今日は一日配達だと思うので…早く帰らないと」

 エンジンをかけて頭を下げると、眞鍋さんは笑ったまま無言で手を振った。弄ばれてると思うと複雑だが、正直めちゃくちゃ嬉しい。

 今日、また会えたら。心の何処かで願いながらスロットルをぐいっと回した。

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