アホウドリのつがい
朱音
駅を出ると、同じ制服の女子校生が同じ方向に向かって歩いていくのが見えた。
部活にしては遅い、みんなが来る時間にしては早いこの時間に珍しいなと思ったが特に気にせず坂道を登って歩いていると、その子が急に立ち止まって振り返った。
「あの、あのね、私同じ学校の一年なんだけど、知ってるかな?」
突然すぎて、頭が回らない。
全く見覚えがなくて返答に困っていた。
「あ、知らないよね。ごめんね。ビッグリだよね。」
「私、1年C組の逢坂 朱音です。
朱色の朱に音って書いてあかねです。」
「B組の桜庭 唯ちゃんだよね?」
「え、う、うん。」
「あの、ごめんね、急に話しかけて。」
少しの間沈黙になった後、
「あのね、私 桜庭さんといつもこの時間に一緒になるんだ。だいたい後ろを歩いているんだけど。
それでね、学校までちょっと歩くでしょう?良かったら一緒に行きたいなと思ってて。」
「どうかな?」
その子の顔がうっすら赤くなっていたので、頑張って話しかけてくれたんだろうなと思った。
「断る理由なんてないよ。嬉しい、ありがとう逢坂さん。一緒に登ろうよ、この坂道。」
「良かったあ。この坂、意外ときついよね。登る!って感じ分かる。緩やかにみせて油断させといて、しっかり体力を奪う憎い坂だよ。それに、なんか宿題の多さにムカついてても、この坂で戦力喪失して学校着く頃にはどうでもよくなっちゃう感じ。学校の策略なのかな。」
緊張が解れ安心したのか、朱音は一気に話し始めた。
「分かる。ふふっ。」
なんか面白い子だな。
「ねぇ私の事、あかねって呼んで。私もゆいちゃんって呼んでいいかな?図々しいかな?」
「ううん。そんな事ないよ。よろしくね、朱音ちゃん」
そう言って横にならんで坂道を歩きはじめた。
「ところで朱音ちゃん、なんで私の名前知ってたの?」
「えー、そりゃ知ってるよ。知らない人なんていないんじゃない?」
驚いて話す朱音が何を指してそう言うのか、全く分からない。
「唯ちゃんって、もしかして分かってない?」
「・・・」
「そっかぁ、自分の事って分からないのかあ。」
「ごめん、さっきから何のことかさっぱり分からないんだけど。なんかしでかしちゃったかな?私。」
「唯ちゃん、超有名人だよ。」
入学して1ヶ月あまりなのに、何か目立つ事をした覚えも無ければ心当たりもない。
確かにクラスの中でまだ親友と呼べる友達はいないし、クラスに溶け込んでいるとは言えないが、それなりに当たり障りなく過ごしているつもりだった。
「もしかして、私学校で嫌われてる?」
「はい?違う違う、全然違う。そうじゃなくて、、」
そうじゃないなら何だろう。
朱音がこれから何を言うのか分からず不安にかられた。
「唯ちゃんって超美少女じゃん。」
「え?」
「唯ちゃん、今まで言われ慣れてそうなのに。」
「え?」
「だから、唯ちゃんが、超絶かわいいから
学校中がどよめいたんだよ。入学式で。」
入学式で?そう言えば、入学式が始まるからと教室から移動する時、同級生や上級生からジロジロ見られているなとは感じていたけど、新入生だし見られて当然だと思っていた。
それ以上に、あいつのいない高校生活が現実なんだと嫌でも思い知らされ、何もかも無気力だったのかも知れない。全く周りに関心が無かった。
「そうなんだ。知らなかったなあ」
照れもせず、無表情で答えたからなのか、朱音は少し不満気な表情をしていた。
「ちょっとぉ、他人事みたいな言いっぷりですな?やっぱり、言われ慣れてるんじゃない。」
 
おどけた言い方はしていたが、美少女と言われた事について否定しなかったから、余裕な態度だと思われてしまったようだった。
「いや、そうじゃないんだけど、言われた事ないからちょっとびっくりして。」
「えー、言われだ事ない?ほんとぉ?
超かわいいよ。唯ちゃん。
私も唯ちゃんみたいな顔に生まれたかったよ。」
「私、奥山縞村なんだ。今まで、村の人たち以外あんまり関わりが無くて。中学の人数も少なかったし、同級生も...。」
同級生と言いかけて、心に突き刺ささった棘がまた痛みだしそうで、それ以上の説明はやめた。
「あ、奥山縞って天女村か!なるほど、美人な訳だ。」
朱音は唯が天女村出身である事で、容姿や会話のやり取りもすんなり受け入れてしまったようだった。
「実際初めて会ったよ、さすが天女村の子。噂にたがわず美少女なんだね。」
と、屈託のない笑顔で言った。
唯は先祖代々の土地を守って暮らしてきた家の子だ。
正統な天女村の子という言い方もおかしいが、確かに美しい容姿を持って産まれた。
黒く透き通った瞳、すっと通った鼻筋にバランス良い唇、長く真っ直ぐな黒髪はさらに美しさを印象づける。
そんな誰の目にも美少女と映る唯であっても、村にいればそれも目立つ事は無い。
中学までは村から出て遊びに行く事もあまりない。
親とは離れた街のショッピングモールに買い物に出かけたりしても、同年代の子たちとは村の中で遊んだ。
もちろん、美男美女が多い村と言われているのは知っていたけれど、外からの自分に対する評価は初めての事だった。
朱音が唯の容姿をそう判断するなら、多くの村人も美男美女になるのだろう。周りがそうだから自分の容姿について特別優れているとは思っていなかった。
美少女と言われてもピンと来ない。でも、学校内での視線の理由は理解した。
「なんだか恥ずかしいな。」
上手い返事が思いつかない。
「朱音ちゃんだってすごく可愛いよ。それにふわふわの髪の毛で羨ましい。私の髪、真っ直ぐ過ぎて日本人形みたいでしょう。朱音ちゃんみたいなふわふわな髪に憧れてたんだ。」
よくある女の子同士の褒め合いみたいな会話になってしまったけど、本当にそう思っていた。
朱音はくりっとした目が特徴的で、笑えば相手をほっとさせる優しい目元になる。その雰囲気と肩まであるふわふわの髪がマッチしていて女の子らしい可愛らしさがあった。
褒められて照れたのか
「またぁ、唯ちゃんに言われてもなあ。」
と言いつつも嬉しそうに目を細めて笑っていた。
「でもね、私の髪は全然良くないの。本当は唯ちゃんみたいな黒髪ロングがいいんだ。
高校入学までは長くしてたんだけど、思い切って切ってイメチェンしてみたんだけどね。」
と言った朱音は目線を下にして暗い顔をしていた。
「うん、よく似合ってて可愛いよ?」
そう褒めても、まだ朱音は暗い顔をしている。
「そうなんだけどさ、自分でも悪くないとは思ってたんだけどね。失敗したなあ。」
「なんで?」
と問いかけたが朱音はそれ以上答えなかった。
「今日は学校で自慢しちゃおう!
唯ちゃんと友達になったって言ったらみんなに羨ましいがられるよ。」
それからたわいも無い話しばかりして学校まで歩いた。いつもと同じ道なのに、ずっと短く感じた。久しぶりに楽しい朝だったのに、埋められない孤独感で心は空っぽのままだった。
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