人生ー前編ー

朝綾 夏桜希 因みに、イラストは「クロイ」さんのフリーイラストです

人生ー前編ー

 人生って何だろう?

 そう考えたことはないだろうか。私はある、何度もある。

「人生は一冊の本なんだよ」

 当時六歳だった私にはこの意味は分からなかった。
 いや、今も本当の意味は分からない。

 私は探し続けている、その意味を。

 祖父の最後の言葉のその意味を。



 倉本くらもと 小代子さよこ、これが私の名前だ。
 私は大変なお祖父ちゃん子で、いつも祖父の後ろをついて歩いた。それと同時に私はとても好奇心旺盛だったらしく、視界に入る様々な物事について祖父を質問攻めにしていたらしい。祖父はその質問の一つ一つに答えてくれた。回りから見てもとても私を可愛がってくれていたと思う。だから私は本気の祖父が大好きだったのだ。
 そんな祖父が寝たきりになったのは私が四歳の時だった。心臓癌だった。医師からは余命半年と告げられていた。抗がん剤治療を勧められだが祖父はそれを、

「家で家族と最後の時期ときを迎えたい」

 そう言って断り、私には何も伝えず普段通りに接してくれた。
 それもそのはず、四歳の子供に、あと半年で死ぬんだよ。などと伝えても意味が分からないだろうと判断したからだろう。その通りだった。祖父が亡くなった六歳の時でさえ完全には理解できず、遠くへ要ってしまった、もう会えない、と理解する事で精一杯だったからだ。

 祖父の心臓癌が発覚してから、半年がたとうとしていた。その日も私は祖父の元へ行き、

「あれはなに?」

「これはなに?」

 と、祖父を質問攻めにしていたときだった。

 突然祖父が心臓を押さえ苦しみだし、その場に倒れた。
 当時の私は何がどうなったか分からず泣き叫んだ。私の泣き叫ぶ声を聞いてとんできた両親により救急車が呼ばれ、祖父は一命をとりとめた。




ーー その日から祖父は入院することになった。



 祖父が入院してから半年が経った。祖父と私との交流は病室に限られ、頻度も週に一回程にまで減ってしまっていた。それでも私は、保育園のこと、家でのことなどを祖父に話ては質問をしていた。
 祖父はそれを楽しそうな表情をしながら聞き、質問に答えてくれた。この時祖父の頭は頭髪が一本も無く、私は

「なんで頭がつるつるなの?」

 と、聞いたところ、祖父はそれを

「てるてる坊主になるためだよ。小代子と沢山お話しがしたいからね」

 と、言っていたのを覚えている。
 後に母から聞いた事だが、この時祖父は抗がん剤治療の副作用で頭髪が全て抜け落ち、激しい吐き気などをおこしていた。そんな祖父にとって、私との週に一度の会話は心の支えになっていたと知った。
 一度は抗がん剤治療を拒否した祖父が何故辛い副用を覚悟してまで生きようと決意したのかは、私にも、家族にも分からなかった。
 ただ、この時から祖父は私に"人の命"について、度々話すようになった。

 


 祖父は言った。

"インクとは命であり" 
"ペンとは経験である"
"文章は過去であり"
"何も書いてないページは未来である"
"作者は自分であり"
"インクが尽きるまで書き続けた本が人生である"
"人は自分という物語を書き続ける作家である"

 何故私にこの話をしたのかのかは分からない。作家として人の人生を描く職業だからなのか、はたまた"自分"という物語に終わりが近づいたからなのか。
 そして必ず祖父はこの話をした後に、

「はっはっはっ、まだ分からなくてもいいさ」

 と言って、頭を撫でてくれた。
 この話の意味を理解できてはいなかったが、祖父に頭を撫でて貰えることが嬉しくて、この時はさほど気にしなかった。


 ーーさらに半年の時が過ぎた。


 祖父の容態は益々悪くなるばかりで、話しかけても目の焦点があわず、反応しない事も増えた。
 それでも私は祖父と話すために病院へ通い続けた。


ーーさらに半年の時が過ぎた。


 祖父はもう殆ど目を覚ますことは無く、目を覚ましたとしても、何かをうわごとのように話すだけとなった。病院の医師達も祖父にはもうわづかな時しか残っていないのを悟り、自宅への退院を許可してくれた。
 医師達は、"本来は余命半年の体でとても長生きをした"と言って、私達を慰めたが、私には少しも響かなかった。枝のように細く痩せ細った祖父の体を見て幼い私でさえ、もう祖父は長くは持たないとわかったからだ。
 いや、この時はまだわかっていなかったのかも知れない。ただ、祖父がどんどん弱々しくなっていくのだけは分かった。


ーーそして。

 
 遂に祖父との別れの時が来た。
 息を引き取る寸前、急に意識を取り戻した祖父は私に、病室で語った、命の話をした後、こう言った。

「小代子、今はまだ何を言っているのかよく分からないかもしれない。けどね、いつか、いつかきっと小代子にもこの意味が分かる時が来る。もし、その時が来たなら、私に教えておくれ」

 と言って、私の頭を撫でてくれた。
 私は、

「うん・・・・」

 と言った。


ーーこれが祖父との最後の会話になった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 私は小学校へ入学した。
 この時はまだ祖父の死によるショックが抜けておらず、クラスメートから"なんかあいつはくらいよな"
"なんかいつもおちこんでる"なんて言われて、気味悪がられた。
 子供の感情は行動に出やすく、クラスメート達は私を明らかに避け始めた。最初は何故避けられてるのか分からず戸惑った。けれど段々とその事もどうでもよくなっていった。


 小学校に入学してから四年目の夏、私のクラスに転校生がやって来た。

「皆さん、今日から新しくこのクラスにお友達が来ます。なので分からない事や困っている事があったら協力してあげて下さい。それじゃあ、入ってきて自己紹介してくれる?」

 先生がそう言うと、一人の女の子が教室に入ってきた。

宮間まみや はるかです。これから宜しくお願いします」

 次の瞬間、クラス中の男子がざわめいた。
 それもそのはず、普通転校したての頃は緊張するのに彼女は堂々とした振る舞いで透き通るような声で自己紹介をしたからだ。加えて彼女の容姿はとても整っていて、真っ直ぐ伸びた黒髪に雪の様に白い肌。そして何処か凛とした顔つきの正に"大和撫子"という言葉がぴったりの美少女だったからだ。女子の私から見ても綺麗と思う顔立ちだった。私は良くも悪くも普通だったため、始めて会った時に"こんな顔の人がいるのか!"と驚いたものだ。
 
 ーーこれが私にとって一生の親友となる彼女との出会いだった。


 彼女ーー遙と隣の席だった私は、

「これから宜しく。分からないことがあったら言って、教えるから」

 と、実に素っ気ない事を言ったと思う。それに対し遙は、

「こちらこそ宜しくお願いします。私の名前は間宮 遙です。遙と呼んでください」 

 と、大人びた返事をしたと思う。この時から遙は大人びていたと思う。私は自分の名前を言うのを忘れていることに気が付いて、

「私は倉本 小代子。小代子でいい」

 と、慌てて名前を言った覚えがある。
 まだ、祖父が居なくなった心は完全には消えておらず、この時はまだ暗かったと思う。
 席が隣だった事もあり、遙とは直ぐに仲良くなった。彼女と遊ぶ内に祖父の件で空いた心の穴も塞がれていった。


 ある時、彼女にどうして出会った時に暗かったのかを話した。担任の先生にすら話していないことだったが、遙なら教えてもいいと思った。
 それを聞いた遙は、

「とても愛されていたんだね、だったら作家を目指してみれば?」

 "命の話"を聞いた遙はそう言いました。

 ーー思えばこれが私が作家になろうと決意した瞬間だったと思います。


 それから2年の時が経ち、私達は中学へ上がりました。

 入学早々彼女の噂は広まり、先輩方も彼女を見に来る始末。彼女は、

「慣れた」

と、言って気にしていませんでしたが。"くっ、これが持たざるものとの違いか・・・・"と、血涙を流したものです。
 遙はスポーツ万能、成績優秀、容姿端麗で、言葉づかいもしっかりしていたため入学して三ヶ月が立つ頃には、五人もの男子生徒から告白を受けていました。
 これには流石に驚きました。まさか、ここまでモテるとは、我ながらなんで私と友達なんだろう?と考えてしまいました。

 それはそうと、私と遙は揃って文芸部に入っていました。私が"文芸部に入る"と話すと、"じゃあ、私も文芸部に入るよ"と、いってくれたからです。この時、入部した一年生は私と遙だけなのでとてもありがたかったです。
 文芸部に入った理由は作家になる為、延いては祖父の遺言の意味を知る為です。これに遙が付き合う必要は全くないのですが遙は、"親友でしょ?私達は"と、言ってくれました。思わず泣きそうになりました。なんていい子なんでしょうか遙は。
 文芸部はとても居心地のいい部活でした。先輩方は皆さん優しく、雑談なんかをしながら本を読んだり、実際に作品を作ったりしていました。分からない事があれば相談に乗ってくれるし、遙に告白する男子たちの対策を血涙を流しながらも考えてくれたりと、大好きな先輩方でした。
 そんな部活の中で、私と遙はいくつかコンクールで賞を頂いたりと活躍していたのですが、二年の冬、もうすぐ私達がいた頃の先輩方が居なくなってしまうこの時期、一人の男子生徒が遙にしつこく言い寄ってきていました。
 この時、遙は数多の男子生徒を振ってきた方により、男子からは"難攻不落の対策の高嶺の花"、女子からは男子相手に堂々とした振る舞いをする"お姉様"などと呼ばれていました。
 その遙相手に何度も玉砕する彼の姿を見た他の男子生徒達は尊敬の眼差しを向けましたが、本人からすれば良い迷惑です。
 最初は付き合えない理由(既にこの時遙には許嫁がおり、本人もそれを了承していた為、告白を断っていた。私もあった事があるがとても良い人だった。)を説明していたが、何度も告白を断り続ける彼をいい加減諦めて貰いたいと遙は私達文芸部員に相談をしてきたのだ。
 私達は話し合った結果、

"遙が毎回相手を傷つけないようにやんわりと断り続けている事"

"付き合えない理由の許嫁の方との結婚を無理矢理の物だと相手の男子生徒が勘違いしている事" 

の二つだと断定、対策として、

"まず、その男子生徒にキッパリと付き合えないと言う事"

"実際に許嫁の方に来てもらい、自分たちが結婚について了承していることを知ってもらう"

というような対策を立案、実行に移した。屋上に男子生徒を呼び出して、準備完了。

「〇〇さん、急に呼び出してしまいすみません。」

「い、いいえ。そ、それで話というのは・・・」

 何処か期待する様な表情の男子生徒。

「〇〇さん、先日もお話しした通り、貴方とはお付き合い出来ません。ごめんなさい」

「ど、どうして!?ぼ、僕じゃダメなんですか!?」

「私には許嫁の方がいます。その事に関して私と彼は了承しています」

「う、嘘だ!そんなはずない!どうせ親にそう言う様に言われてるんだろう!?無理矢理なんだろう!?」

「はぁ、何度言えば分かってくれるんですか?私は何度も言っているではないですか、貴方とはお付き合い出来ない、と」 

「だ、だったらその許嫁を連れてこいよ!そ、そうしたら、し、信じて諦めるから」

 何処か勝ち誇った様な顔の男子生徒。しかしーー

「分かりました、連れて来ればいいのですね?晴人はるとさん」

「分かったよ、遙」

 屋上の扉を開いて一人のイケメンが歩いて来ます。

「〇〇さん、この人が私の許嫁の工藤くどう 晴人はるとさんです」

 そう、このイケメンが遙の許嫁なのだ。
 晴人さんの御両親は遙の御両親と仲が良く、小さい頃から家族ぐるみでの付き合いがあったそうだ。小さい頃から知っており、尚且つイケメンで、気心も知れている。そして、遙と同じく晴人さんも沢山の方から告白をされて来たという事で、丁度良いじゃないか。と、両親から勧められ、本人達も少なからず好感を持っていた事から許嫁となっているのだ。

「これで分かって頂けましたか?私には許嫁の晴人さんがいます。なので貴方とはお付き合い出来ません。ごめんなさい」

「そ、そんなぁ・・・・」

 その場に座り込む男子生徒。

「すみません、晴人さん。急にお呼びたてしてしまって」

「いいよ、別に。その代わり、今度は僕の方を手伝ってくれないかな?」

「もしかして、晴人さんも?」

「うん、実はね・・・・」

 美男美女もそれなりに苦労する様だ。というか、男子生徒の事忘れてません?

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 あー、流石に20回連続玉砕の彼も目の前で見せつけられたらねぇ・・・・。

「あ、彼には悪いことをしてしまいましたね」

「まぁ、これで諦めてくれることを祈るばかりだよ。さ、行こうか?」

 まさか、分かっててやったの?貴方達。なんという策士。
 次の日から彼は学校に来なくなった。

「やりすぎてしまったのでしょうか?」

「まぁ、あれぐらいやらなきゃ諦めてくれそうになかったから仕方ないんじゃない?」

 私はあの玉砕君の事を思い浮かべる。
 彼は彼で誠心誠意の気持ちを込めて遙に告白していた。振られたからと言って嫌がらせをする事も無かった。あれでいて根は真面目で優しい子なのだろう。
 彼は今不登校だけど、彼の物語人生はこれからどう紡がれていくのだろう?
 ふと、そう考えた。



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 私と遙は無事高校へ進学した。
 遙と晴人さんが勉強を教えてくれた事もあり、遙と同じ進学校に入学することが出来た。幸い両親は仕事でそれなりに稼いでいるため、学費で困ることはなかった。祖父の遺産もあったが、手をつける気にはなれなかった。
 高校に入ってからも遙に告白する男子生徒が大勢いた。私の日課は遙に告白する人、遙に集まる人々を観察をし、遙を主人公にした物語を密かに書くことだった。あ、勿論名前は変えてだよ?
 遙の周りには色んな人が集まる。通行人Aって感じの人、主人公に難癖を付けてくるゴロツキの様な人、主人公の友人(自分)やライバル、部活仲間など、色んな人達がいる。まさに十人十色だ。
 そんな人達を観察して、その人の物語を自分の物語に取り込んでいく。
 私は祖父の遺言の意味を知る為に祖父と同じように作家になると決めた。けれど、まだその意味は分からない。単なる比喩表現なのか、それとも別の意味を持っているのか。まだ私には分からない。


 ーー前編、了

コメント

  • ˙˚ʚまりめろつぇるɞ˚˙

    とても積み込まれている作品ですね、とてもいい言葉が使われていていいと思います。よければ私の作品も見ていただけると嬉しいです

    0
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