Re:現代知識チートの領地運営~辺境騎士爵の子供に転生しました~

なつめ猫

会議の方針(1)




 魔王城についてとアリサさんに語った所、すぐにアルセス辺境伯へ知らせると、賓客室へと戻っていく。
 俺は彼女の後ろ姿を見ながら小さく溜息をつきながら考える。
 先ほど、通ってきたときには父親であるアドリアンやアリサにアルセス辺境伯は、室内にはいなかった。
 つまり、どこかに出かけているということになる。
 出来れば辺境伯邸に居てくれるのがベストなんだが……。

「アルスくん! すぐに魔王城について話を聞きたいって!」

 考え事をしていると、時が何時の間にか過ぎていたのかアリサさんが息を切らせて走ってくると話かけてきた。

「そうですか……、すぐに向かいましょう」
「案内するわね」

 彼女は、両手で両脇から俺の抱き上げると歩きだした。
 案内って……。
 アリサさんの後を着いていくことでは無かったらしい。

「アリサさんは、子供が好きなのですか?」
「そうね――。私は元々、子供が好きで勉強を教えるために魔法師になったみたいなものだし……」
「どういうことですか?」
「普通の貴族は、専属の家庭教師をつけたりするの。平民出身だと、高い学費を払って国が管理している学院に通うのだけど……それが高いのよね」
「そうなんですか――」
 
 どうやら、彼女は子供好きらしい。
 しかも勉強を教えるために魔法師になったという。
 それにしても、この世界の教育関係について俺はまったく考えてはいなかった。
 もう少し情報を得る必要があるな。

「その学院の学費は高いんですか?」
「そうね……、一月で金貨20枚というところかしら?」
「金貨20枚……」

 この世界は、元の地球と暦は同じ12ヶ月だ。
 一ヶ月は30日と、閏年などが考慮されていないが、それは天文学が発達していない未熟な文明の証だ。

「年間、金貨240枚が必要になるわけですか……」
「そうね、4人家族が金貨5枚で一ヶ月過ごせるから……」
「それはずいぶんと高いですね――」

 思ったより、学院という場所の価格高い。
 そういえば、ふと思いだす。
 アルセス辺境伯の領内に入り、首都アルセイドに到着してからの違和感。
 それは、街中にある店の看板には文字よりも絵が書かれていることが多かったことだ。
 深くは考えていなかったが、俺の予想が正しいのなら――。

「アリサさんは、どうやって学費を工面したんですか?」

 俺の問いかけに彼女は逡巡していたが「ある程度、魔力があれば魔法師になれるから。 魔法師になるためには学校に通って勉強しないといけないけど、軍で勤続するって条件さえ約束すれば無料で勉強が出来るから」と説明してきてくれた。

「そうですか……」

 合理的ではある、……合理的ではあるが……俺は、そういうのは好かない。
 何故なら、人間は動物と違い強い力や牙を持たない弱い生き物だからだ。
 だからこそ、人類は知恵がある。
 それは磨かれ研ぎ澄まされ英知となり、地球では武器にもなりえた。
 そして、英知こそが国を富ませる力となる。

「アルスくん、どうかしたの?」
「いいえ、少し思うところがありまして……」

 アリサさんは、俺を抱っこしながら歩いている。
 その表情には嫌な様子などが微塵にも感じられない。
 おそらく、本当に子供が好きなのだろう。
 そして勉強を子供に教える確固たる何かがあるのだろう。
  
「アリサさんは、軍隊で働くのはどうなんですか?」
「どういうことなの?」
「軍隊というのは、何かと戦うためのものです。それは誰かを傷つけるかも知れないし、自分も傷つくかも知れない。そういう軍隊で戦うのはアリサさんとしては、あまり好んではいないと僕は思うのですが……」
「そうね……。でも、それを承知で学院に入ったからね」
「そうですか……」

 彼女の俺への接し方から感じ取ったのは、アリサさんは、戦いには向かないほど優しいということだ。
 
 ――もし、全てが上手くいって魔王を倒した後、魔法王も倒せたとしよう。

 その後、シューバッハ騎士爵領――つまり、父親の後を継いで領地を運営するのは俺の仕事だ。
 
 領地を富ませる上で必要なのは何だ?
 それは、日本の歴史を紐解けばわかる。
 明治政府の富国強兵により瞬く間に、西欧諸国に経済力でも軍事力でも追いつけたのは何が要因だ?

 ――それは識字率の高さだ。

 【読み書きそろばん】が出来たからこそ日本は、当時最強と言われたロシアに勝つほどの力を手に入れることが出来た。
 つまり、国民の読み書きなどは強力な武器となり学力の高さは国力に直結する。

 そして、それは戦闘時の暗号だけではなく、領地を運営する際の書類のやり取りなど代筆を他の者に任せることで、人海戦術を取ることが出来るのだ。
 つまり、領地を富ませる上で文字の習得は必要不可欠と言っていい。
 日本では、江戸時代の識字率は9割を超えていたという。
 それに対して当時、栄華を誇っていたイギリスの識字率は大学があったのに関わらず25%程度。
 フランスに至っては学校に通う者すら殆ど居らず識字率は極端に低かったと言われている。
 意思の情報伝達は口伝では劣化することがあるが、紙媒体に書かれた文字は劣化することがないし一度でも書けば、それは正確に相手に意味を伝えることが出来る。

「これは……」
「アルスくん、どうかしたの?」
「いえ……」

 ぜひとも彼女が欲しい。
 領地運営をするに当たって勉強を教えられる教師というのは喉から手が出るほど求めて止まないものだ。

 魔王城の話を切り出す時に、アリサさんのこともアルセス辺境伯へ伝える必要があるな。

「そういえば、アルスくん。いま向かっている場所だけどね……軍議室だけど大丈夫?」
「大丈夫とは?」 
「ほら、大人の人がたくさんいるし多分、とても重い空気になっていると思うから」
「なるほど……」

 俺はアリサさんの腕の中で揺られながら考える。
 それは簡単に言うなら大勢の会社役員の前で、自分の考えた営業戦略を説明することに近いと――。
 つまり、俺のプレゼンの仕方で色々なアプローチが変わってくるということだ。
 
 なかなかに面白い。

 そう言った社会人としての経験が生かせる場なら、20年以上営業をしてきた俺の独壇場と言っていい。
 
「アルスくん?」
「あ、はい――?」
「到着したから下ろすわね」

 彼女の言葉に俺は頷く。
 考え事をしていて到着していたのに気がつかなかった。
 目の前には重厚な木で作られた両開きの扉が存在している。

 アリサさんは、扉をノックすると「アリサです。シューバッハ騎士爵のご子息アルス様をお連れました」と、澄んだ声色で言葉を紡いでいた。

「すぐに入れ」

 アルセス辺境伯だろう。
 重厚な扉越しだからなのか、その声はくぐもって聞こえてきた。

「いくわよ?」
「はい!」

 さて、どれだけの人数が待ち構えているかは分からない。
 ただ、ここからはアルスとしてではなく桜木優斗として望むとしよう。
 目の前――両開きの扉がゆっくりと開いていく。

 ――さあ、俺の家族やフィーナを守るための運営(プレゼン)の時間だ。





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