Re:現代知識チートの領地運営~辺境騎士爵の子供に転生しました~
もう一人のアリサ
父親が部屋から出ていってから、ベッドの上で数時間休んだところで扉が何度かノックされると、女性の声で「魔法師団所属のアリサです」と言う声が聞こえてきた。
アリサという言葉に心臓が跳ね上がる。
呼吸が浅く速くなっていく。
自分を落ち着かせようとするがうまいくいかない。
「あ、あの……アルセス辺境伯様より魔法を教授するように言われたのですが――」
どこか自信が無いような声色に俺は、胸を掻き抱いたままハッとした。
俺の知っているアリサは、こんな話し方をするような女性では……。
「――は、はい!」
俺は、ベッドの上で座ったまま声を張り上げる。
ただ、思っていたよりも動揺していたこともあり甲高い声で応答してしまっていた。
「中に入ってもいいですか?」
「どうぞ――」
胸の部分に右手をあてながら、何度も深く息を吸っては吐く。
まずは落ち着け。
声色からして間違いなく俺の知っているアリサではない。
……なら、まったくの別人のはずだ。
それでも、どこか不安は隠せない。
同じ魔法師で、同姓同名なんているのだろうか? という問題だ。
この世界の人間の数は、元の世界である東京と比べて比較にならないほど少ないというのは、アルセイドという都市の町並みを見ただけでも分かる。
つまり、同じ魔法師で同姓同名という可能性は限りなく高い。
扉はゆっくりと開いていくにつれて……、俺の心臓の鼓動が、ゆるやかに早くなっていく。
――そして、部屋の中に入ってきた女性は、水色の髪に青い瞳を持つ大学生くらいの大人の女性であった。
彼女は、自信の無さそうな瞳で俺を見てくる。
「あ、すいません――」
俺は、すぐにベッドから降りて大理石の床の上に立ち上がる。
ただ、……思ったよりも消耗していたのだろう。
体のバランスを崩して倒れ掛けたところで、女性が「あぶない!」と言って駆け寄ってくると体を支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
女性に体を支えてもらって辛うじて立っている状態。
思っていたよりも消耗なんて生易しいモノじゃない。
自分が、ここまで消耗しているなんて想像もついていなかった。
やっぱり……、誰かに裏切られると言うのは……自分が想定して自覚いたよりもずっと自分自身を苛んでいたようで――。
「大丈夫じゃないでしょう? 顔が真っ青よ? それに体にも力が入ってないみたい」
「すいません……」
「…………少し休んだほうがいいわね」
女性は、俺をベッドに寝かせると、額を触ってきてから「熱は無いようね」と、ホッとした表情を見せてきた。
「あの……アリサさんは、魔法師ですか?」
「そうよ? 一応、これでも王都の魔法師養成所を主席で卒業しているのよ?」
「そうですか……」
「…………あの――」
「どうしたの?」
「すいません、せっかく魔法を教えに来てくれたのに……」
「ううん、魔法は思いが強く影響するから。心が疲れているときは休むのが一番なのよ?」
「……」
彼女は、俺の瞳をまっすぐに見たまま話をしてくる。
さらに俺の頭を撫でながら、「横にいるから、少し休んだら?」と、俺の身を案じるような声が聞こえてきた。
きっと、アルセス辺境伯から魔法を教えるように言われた手前、俺の身を案じてくれているのだろうな……。
ゆっくりと瞼を閉じていくと彼女は、歌を歌いだした。
きっと、子守歌のようなものなのだろう。
「はるか昔に降り立った者。
その者、多くの御技を使い天をも貫く構造物を作り上げた。
名も無き者が作り上げた世界は繁栄を謳歌する。
神にすら到達しうる力を持った世界は、一夜にして終焉を迎えた。
多くの人が命運を共にし、多種多様な文明は塵へと――」
俺は彼女の美しい声を聞きながら、ゆっくりとまどろみの中に身を沈ませていった。
日差しで目を覚ました俺は、歌を歌ってくれていた女性アリサへと視線を向ける。
すると、彼女は両膝を大理石の床についたまま、俺が寝ているベッドに体を寄り掛からせるように瞼を閉じていた。
「水色の髪の毛なんて見たことがないな……」
思ったよりも、余計なことを考える余裕が出来ていた。
何故か分からない。
俺は、そっと彼女の髪に手を伸ばす。
指の隙間を、引っかかることもなく流れるように滑っていく長く光沢のある美しい髪は触っていて気持ちがいい。
「――んっ……」
「アリサさん」
「……もう、大丈夫なの?」
「はい、ご心配おかけしました」
「よかったわ、無理をしないようにね。まだ貴方は子供なんだから。辺境伯様から、お話は一通り伺っているわ」
「そうなのですか?」
「ええ――、あ、紹介が遅れてしまっていたわね。私は、魔法師団所属アリサ、貴方に魔法を指導するようにアルセス辺境伯様より仰せつかっているわ」
「よろしくお願いします。俺はアルス・フォン・シューバッハです。アルスと呼んでください」
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