オオカミさんと赤ずきんちゃん
オオカミさんと赤ずきんちゃん
オオカミさんは美しい花畑で、赤ずきんちゃんを待っていました。
ずっと昔のこと、弱くて鈍臭いオオカミさんは群れにおいてかれてしまい弱っているところを、赤ずきんちゃんに助けられたのです。そのときからオオカミさんと赤ずきんちゃんの友情は始まりました。オオカミと人間、本来ならありえない友情が、赤ずきんちゃんの優しさから生まれたのです。
オオカミさんは鼻と耳をピクピクと動かしました。匂いと足音から自分が待っていた子が来たということを悟り、オオカミさんはとても嬉しそうな笑顔になりました。
赤ずきんちゃんが花畑の真ん中に座るオオカミさんの元へ、花を踏まないよう気をつけながら駆けてきました。
「こんにちは、オオカミさん。今日も綺麗な毛並みね」
赤ずきんちゃんが笑顔で挨拶します。赤ずきんちゃんの可愛らしい声に可愛らしい笑顔、オオカミさんはそれを見るだけで、とても幸せな気持ちになりました。
「こんにちは、赤ずきんちゃん。赤ずきんちゃんこそ、今日も綺麗だ」
オオカミさんは正直な気持ちで言いました。その瞳には、花畑で嬉しそうに立つ赤ずきんちゃんしか写っていません。
「ふふ、ありがとう、オオカミさん」
赤ずきんちゃんはオオカミさんの横に座ると、オオカミさんの肩に頭を預けました。
「お母さんったら、また私におばあさんのところへ行けと言うのよ。もうすぐ大人になるのだから、遊んでばかりいてはダメだって……だから今日は、オオカミさんとそんなに長くいられないの」
オオカミさんは一瞬悲しくなってしまいましたが、少しでも一緒にいられることの喜びを思い出し、泣き言を言うことはやめました。かわりに赤ずきんちゃんを待っていたときに作った花冠を、赤ずきんちゃんに渡しました。
「赤ずきんちゃんには花がよく似合う……かぶったところを見せて、ほしい」
赤ずきんちゃんはキョトンとした顔でオオカミさんを見つめたあと、花が弾けるような笑顔になりました。
「ええ、いいわ。オオカミさんは私のことが本当に好きね」
赤ずきんちゃんはずきんを外します。そして花冠を受け取り、頭にかぶりました。
「どう、似合うかしら、オオカミさん?」
オオカミさんは眩しいものを見るかのように、愛しいものを見るかのように、目を細めて赤ずきんちゃんを見つめました。
「ああ、とっても綺麗だ……た」
オオカミさんは続く言葉を隠すため、口を押さえました。
「た?」
尋ねる赤ずきんちゃんに、オオカミさんは首を横に振りました。
「なんでもないよ、赤ずきんちゃん」
“食べてしまいたいくらい、大好きだ”、それを言ってしまえば、赤ずきんちゃんがそばにいてくれなくなるかも知れないことは、オオカミさんにもわかっていました。だから、この気持ちを赤ずきんちゃんには隠したいと、オオカミさんは思うのです。
「そう、気にしないことにするわね。花冠をありがとう、オオカミさん。私はもう行くわ」
赤ずきんちゃんはそう言うと、立ち上がりました。赤ずきんちゃんに見下ろされたオオカミさんは、昔を思い出して懐かしい気持ちになります。
「またね、オオカミさん」
オオカミさんは赤ずきんちゃんの声で記憶の海から戻りました。
「またここで待っているよ、赤ずきんちゃん」
オオカミさんは笑顔で手を振りました。寂しい気持ちはあったけれど、赤ずきんちゃんがお母さんに頼まれたことを邪魔して、森に来れなくなることおは絶対に嫌だったから必死に隠します。
そして赤ずきんちゃんが去ってから少し時間が経ったあと、オオカミさんは立ち上がりました。オオカミさんがすぐに動かなかったのは、赤ずきんちゃんを追いかけないようにするためです。
しかしオオカミさんは赤ずきんちゃんの忘れ物を見つけてしまいました。花畑にワインが落ちていたのです。こんな大きなものを忘れるか、とオオカミさんは思いましたが、もしかして赤ずきんちゃんが自分を追いかけてほしくて置いたのかも知れないと思いつきました。
オオカミさんはおばあさんの家を知っています。だからオオカミさんはおばあさんの家に向かって歩き始めました。
オオカミさんは自分ではゆっくりと歩いたつもりでしたが、やはり人間ではないため赤ずきんちゃんより早く着いてしまいました。それを知らないオオカミさんは、おばあさんの家のドアを叩きます。赤ずきんちゃんが笑顔で出迎えてくれることを、暖かな気持ちで思いながら。
しかしドアから現れたのは、赤ずきんちゃんのおばあさんでした。
おばあさんはオオカミが笑顔で立っていることに恐怖を覚え、大きな悲鳴をあげました。しゃがれた声で、喉を潰さんばかりの声にオオカミさんは焦って、おばあさんの口を押さえようとしました。しかしおばあさんの激しい抵抗に、オオカミさんは焦りを覚えます。
オオカミさんは思います。こんなこと、したくなかったと。涙で曇る視界でおばあさんを見ました。
オオカミさんはどうすればいいのか、全くわかりませんでした。だってオオカミさんは人をなだめる方法を知りません。赤ずきんちゃんはいつだって優しくオオカミさんを包みこようとしてくれるからです。
「……僕は悪くない」
オオカミさんはせめておばあさんが痛くないように、この鋭利な牙で傷つけないように気をつけながら、おばあさんを丸呑みしました、丸呑みしてしまいました。
長い時間、オオカミさんは床に座って考えました。自分はどうすべきだったのか、自分は悪いことをしたのか、オオカミなのだから人を食べることは当然なのか。
―――赤ずきんちゃんはどう思うか。
そして思考は1つの考えで止まりました。赤ずきんちゃんがおばあちゃんを訪ねに来たとき、どうすればいいか。
トントン、ノックの音がおばあさんの家に響きます。オオカミさんは勢いよく背後を振り返りました。ついに赤ずきんちゃんがおばあさんの家にやってきたのです。
「おばあさん、×××(赤ずきん)です。開けてください」
そのときオオカミさんは初めて赤ずきんちゃんの名前を聞きました。しかしオオカミさんはそれどころではありませんでした。
おばあさんのベッドに潜り、先ほど聞いたようなしゃがれた声を出します。
「ああ、来てくれたのか、赤ずきんちゃん。お入りなさい」
「はい、おばあさん」
赤ずきんちゃんは部屋を見渡して、おばあさんの姿を探しました。そして視線はベッドで止まり、ベッドからはみ出している足に、ニンマリとクリームを舐める猫のように笑いました。
「あら、おばあさん。やけに毛むくじゃらの足ね」
オオカミさんは焦りました。そして少し考えてから、しゃがれた声を出しました。
「……足が寒いから、毛皮の靴下を履いているのさ」
赤ずきんちゃんはベッドに近寄りながら、また質問します。
「おばあさんの耳はとても大きいのね」
オオカミさんは心の底から思っていることを答えます。
「赤ずきんちゃんの声がよく聞こえるようにだよ」
赤ずきんちゃんは嬉しく思いながら、ベッドの横に座りました。
「では、その大きな目は何のためにあるの?」
赤ずきんちゃんには答えが少しわかっていました。自分のことが大好きなオオカミさんなら、言うことは1つです。
「赤ずきんちゃんの姿をよく見るためだよ」
正直に答えるオオカミさんに、赤ずきんちゃんは機嫌をよくしました。
「その大きな手は何のためなの?」
オオカミさんは手を握ったり放したりしながら、答えました。なぜこんなに赤ずきんちゃんを愛しているのか、オオカミさんは自問しました。
「赤ずきんちゃんを抱くためだよ」
「ふふ、素敵ね。ならその大きな口は何のためにあるの?」
赤ずきんちゃんの中では、オオカミさんの答えは1つでした。優しいキスを想像して、夢見る女の子は瞳を閉じます。
しかしオオカミさんは焦りと恐れという感情で、心がいっぱいになっていました。この大きな口は何のためにあるのか考えると、おばあさんを丸呑みした記憶が蘇ります。
オオカミさんが戸惑っていると、赤ずきんちゃんが言いました。
「ねえ、オオカミさん。私を食べてくれないの?」
その言葉で、オオカミさんの感情は振り切れました。
「いいや、食べてあげるよ。だって、僕は赤ずきんちゃんのことが食べたいくらい、大好きなんだから」
オオカミさんは泣きながら、赤ずきんちゃんを丸呑みしてしまいました。
「食べてしまった、食べてしまった。僕は大好きな赤ずきんちゃんを食べてしまった」
遠吠えのような泣き声につられ、近くを歩いていた猟師さんがおばあさんの家にやってきました。
「おばあさん、大丈夫かい?」
猟師さんはおばあさんの家のドアを開けました。そしてベッドにすがって泣くオオカミさんを見つけました。
「お前、おばあさんを食べたのか?」
猟師さんは銃を構え、オオカミさんに狙いをつけました。オオカミさんは猟師さんの方を向くと、両膝をつき祈るように、猟師さんにお願いしました。
「僕がおばあさんと赤ずきんちゃんを食べてしまいました。僕のお腹を裂いて2人を助けてください、猟師さん」
猟師さんはオオカミさんが嘘をついているかも知れないと悩みました。だから襲われないように、オオカミさんに向かってロープを投げました。
「それで腕をギュッと縛るんだ。そしてベッドに仰向けで寝転がれ」
止まらない涙を流すオオカミさんは言われたとおりにしました。少しだけ安心した猟師さんはオオカミさんに近寄り、鋏をお腹に当てます。
「本当に切るぞ? 先に楽に殺してやってもいいんだぞ?」
猟師さんはずっと泣いているオオカミさんを不憫に思い、そう言いました。しかしオオカミさんは首を横に振り、猟師さんにお願いをします。
「この世から旅立つとき、赤ずきんちゃんの姿を自分勝手だけど見ていたいんです。僕が悪いことをしたから、赤ずきんちゃんは嫌がるかも知れないけど、それでもそばにいてほしいんです」
猟師さんは険しい顔つきで注意します。
「赤ずきんちゃんが嫌がったら、おれはお前と赤ずきんちゃんを引き離すぞ。それでもいいか?」
「ええ、それで構いません。僕も赤ずきんちゃんの嫌がることはしたくありません……したくなかったんです」
そして猟師さんは頷くと、チョキチョキとオオカミさんのお腹を鋏で切っていきます。
オオカミさんは痛みに呻きますがグッとこらえて、赤ずきんちゃんの姿がまた見られることを待ちます。
「おお、赤ずきんちゃん、おばあさん! 大丈夫か!」
猟師さんは喜びの声を上げました。2人に手を貸し、ベッドの横に立たせます。
「このオオカミめ、よくも食べたな!」
おばあさんは怒りましたが、赤ずきんちゃんはオオカミさんの縛られた手を握りました。
「オオカミさん、どうして私を食べてくれなかったの? 私はオオカミさんに食べられても、それでいいと思ったのに……」
赤ずきんちゃんは血まみれのオオカミさんにすがりつきました。オオカミさんも力を振り絞って、赤ずきんちゃんの手を握ります。
「赤ずきんちゃんの、姿が、見たかった……その顔が、その目が、見たかった……」
オオカミさんの言葉に、赤ずきんちゃんはオオカミさんがよく見えるように体を移動させます。
「私が見える、オオカミさん? 私、オオカミさんのことを怒ってないわ。オオカミさんが言ってくれた大好きの言葉だけで、それだけで全部良かったのよ」
赤ずきんちゃんの優しい声に、オオカミさんはふんわりと泣きながら笑いました。
「そうか、そうだったのか……赤ずきんちゃん、僕は赤ずきんちゃんのことが……大好きだ」
そしてオオカミさんの瞳から、ゆっくりと光が消えていきました。
「私もオオカミさんのことが大好きよ。ずっとそばにいてあげる」
赤ずきんちゃんは光が消えるまで、ずっと手を離しませんでした。
オオカミさんが冷たくなるまで、おばあさんに離すよう言われても、猟師さんに離れるよう言われても、赤ずきんちゃんはオオカミさんのそばから離れませんでした。
そして赤ずきんちゃんは、ポツリと言葉を落としました。
「おばあさん、私はこのお家の横にオオカミさんのお墓をつくるわ。そしてずっと、ずぅっとそばにいるの」
「お前には帰る家があるだろう? それでも、この寂しい森に住むというのかい?」
おばあさんが優しく尋ねます。
「寂しくなんてないわ。だってオオカミさんがそばにいてくれるもの」
そうして赤ずきんちゃんは、ずっとお墓のそばにいました。華やかな春も、鮮やかな夏も、色づく秋も、穏やかな冬も、ずっとオオカミさんのことを想い続けました。
赤ずきんちゃんはオオカミさんのいる場所に向かうとき、言葉を1つ残しました。
「私は優しさからオオカミさんを助けたのではないの。あのとき、私はオオカミさんに恋をしたのよ」
優しい声の終わりに、遠くから遠吠えが重なりました。その遠吠えは、赤ずきんちゃんのオオカミさんの声にそっくりでした。
ずっと昔のこと、弱くて鈍臭いオオカミさんは群れにおいてかれてしまい弱っているところを、赤ずきんちゃんに助けられたのです。そのときからオオカミさんと赤ずきんちゃんの友情は始まりました。オオカミと人間、本来ならありえない友情が、赤ずきんちゃんの優しさから生まれたのです。
オオカミさんは鼻と耳をピクピクと動かしました。匂いと足音から自分が待っていた子が来たということを悟り、オオカミさんはとても嬉しそうな笑顔になりました。
赤ずきんちゃんが花畑の真ん中に座るオオカミさんの元へ、花を踏まないよう気をつけながら駆けてきました。
「こんにちは、オオカミさん。今日も綺麗な毛並みね」
赤ずきんちゃんが笑顔で挨拶します。赤ずきんちゃんの可愛らしい声に可愛らしい笑顔、オオカミさんはそれを見るだけで、とても幸せな気持ちになりました。
「こんにちは、赤ずきんちゃん。赤ずきんちゃんこそ、今日も綺麗だ」
オオカミさんは正直な気持ちで言いました。その瞳には、花畑で嬉しそうに立つ赤ずきんちゃんしか写っていません。
「ふふ、ありがとう、オオカミさん」
赤ずきんちゃんはオオカミさんの横に座ると、オオカミさんの肩に頭を預けました。
「お母さんったら、また私におばあさんのところへ行けと言うのよ。もうすぐ大人になるのだから、遊んでばかりいてはダメだって……だから今日は、オオカミさんとそんなに長くいられないの」
オオカミさんは一瞬悲しくなってしまいましたが、少しでも一緒にいられることの喜びを思い出し、泣き言を言うことはやめました。かわりに赤ずきんちゃんを待っていたときに作った花冠を、赤ずきんちゃんに渡しました。
「赤ずきんちゃんには花がよく似合う……かぶったところを見せて、ほしい」
赤ずきんちゃんはキョトンとした顔でオオカミさんを見つめたあと、花が弾けるような笑顔になりました。
「ええ、いいわ。オオカミさんは私のことが本当に好きね」
赤ずきんちゃんはずきんを外します。そして花冠を受け取り、頭にかぶりました。
「どう、似合うかしら、オオカミさん?」
オオカミさんは眩しいものを見るかのように、愛しいものを見るかのように、目を細めて赤ずきんちゃんを見つめました。
「ああ、とっても綺麗だ……た」
オオカミさんは続く言葉を隠すため、口を押さえました。
「た?」
尋ねる赤ずきんちゃんに、オオカミさんは首を横に振りました。
「なんでもないよ、赤ずきんちゃん」
“食べてしまいたいくらい、大好きだ”、それを言ってしまえば、赤ずきんちゃんがそばにいてくれなくなるかも知れないことは、オオカミさんにもわかっていました。だから、この気持ちを赤ずきんちゃんには隠したいと、オオカミさんは思うのです。
「そう、気にしないことにするわね。花冠をありがとう、オオカミさん。私はもう行くわ」
赤ずきんちゃんはそう言うと、立ち上がりました。赤ずきんちゃんに見下ろされたオオカミさんは、昔を思い出して懐かしい気持ちになります。
「またね、オオカミさん」
オオカミさんは赤ずきんちゃんの声で記憶の海から戻りました。
「またここで待っているよ、赤ずきんちゃん」
オオカミさんは笑顔で手を振りました。寂しい気持ちはあったけれど、赤ずきんちゃんがお母さんに頼まれたことを邪魔して、森に来れなくなることおは絶対に嫌だったから必死に隠します。
そして赤ずきんちゃんが去ってから少し時間が経ったあと、オオカミさんは立ち上がりました。オオカミさんがすぐに動かなかったのは、赤ずきんちゃんを追いかけないようにするためです。
しかしオオカミさんは赤ずきんちゃんの忘れ物を見つけてしまいました。花畑にワインが落ちていたのです。こんな大きなものを忘れるか、とオオカミさんは思いましたが、もしかして赤ずきんちゃんが自分を追いかけてほしくて置いたのかも知れないと思いつきました。
オオカミさんはおばあさんの家を知っています。だからオオカミさんはおばあさんの家に向かって歩き始めました。
オオカミさんは自分ではゆっくりと歩いたつもりでしたが、やはり人間ではないため赤ずきんちゃんより早く着いてしまいました。それを知らないオオカミさんは、おばあさんの家のドアを叩きます。赤ずきんちゃんが笑顔で出迎えてくれることを、暖かな気持ちで思いながら。
しかしドアから現れたのは、赤ずきんちゃんのおばあさんでした。
おばあさんはオオカミが笑顔で立っていることに恐怖を覚え、大きな悲鳴をあげました。しゃがれた声で、喉を潰さんばかりの声にオオカミさんは焦って、おばあさんの口を押さえようとしました。しかしおばあさんの激しい抵抗に、オオカミさんは焦りを覚えます。
オオカミさんは思います。こんなこと、したくなかったと。涙で曇る視界でおばあさんを見ました。
オオカミさんはどうすればいいのか、全くわかりませんでした。だってオオカミさんは人をなだめる方法を知りません。赤ずきんちゃんはいつだって優しくオオカミさんを包みこようとしてくれるからです。
「……僕は悪くない」
オオカミさんはせめておばあさんが痛くないように、この鋭利な牙で傷つけないように気をつけながら、おばあさんを丸呑みしました、丸呑みしてしまいました。
長い時間、オオカミさんは床に座って考えました。自分はどうすべきだったのか、自分は悪いことをしたのか、オオカミなのだから人を食べることは当然なのか。
―――赤ずきんちゃんはどう思うか。
そして思考は1つの考えで止まりました。赤ずきんちゃんがおばあちゃんを訪ねに来たとき、どうすればいいか。
トントン、ノックの音がおばあさんの家に響きます。オオカミさんは勢いよく背後を振り返りました。ついに赤ずきんちゃんがおばあさんの家にやってきたのです。
「おばあさん、×××(赤ずきん)です。開けてください」
そのときオオカミさんは初めて赤ずきんちゃんの名前を聞きました。しかしオオカミさんはそれどころではありませんでした。
おばあさんのベッドに潜り、先ほど聞いたようなしゃがれた声を出します。
「ああ、来てくれたのか、赤ずきんちゃん。お入りなさい」
「はい、おばあさん」
赤ずきんちゃんは部屋を見渡して、おばあさんの姿を探しました。そして視線はベッドで止まり、ベッドからはみ出している足に、ニンマリとクリームを舐める猫のように笑いました。
「あら、おばあさん。やけに毛むくじゃらの足ね」
オオカミさんは焦りました。そして少し考えてから、しゃがれた声を出しました。
「……足が寒いから、毛皮の靴下を履いているのさ」
赤ずきんちゃんはベッドに近寄りながら、また質問します。
「おばあさんの耳はとても大きいのね」
オオカミさんは心の底から思っていることを答えます。
「赤ずきんちゃんの声がよく聞こえるようにだよ」
赤ずきんちゃんは嬉しく思いながら、ベッドの横に座りました。
「では、その大きな目は何のためにあるの?」
赤ずきんちゃんには答えが少しわかっていました。自分のことが大好きなオオカミさんなら、言うことは1つです。
「赤ずきんちゃんの姿をよく見るためだよ」
正直に答えるオオカミさんに、赤ずきんちゃんは機嫌をよくしました。
「その大きな手は何のためなの?」
オオカミさんは手を握ったり放したりしながら、答えました。なぜこんなに赤ずきんちゃんを愛しているのか、オオカミさんは自問しました。
「赤ずきんちゃんを抱くためだよ」
「ふふ、素敵ね。ならその大きな口は何のためにあるの?」
赤ずきんちゃんの中では、オオカミさんの答えは1つでした。優しいキスを想像して、夢見る女の子は瞳を閉じます。
しかしオオカミさんは焦りと恐れという感情で、心がいっぱいになっていました。この大きな口は何のためにあるのか考えると、おばあさんを丸呑みした記憶が蘇ります。
オオカミさんが戸惑っていると、赤ずきんちゃんが言いました。
「ねえ、オオカミさん。私を食べてくれないの?」
その言葉で、オオカミさんの感情は振り切れました。
「いいや、食べてあげるよ。だって、僕は赤ずきんちゃんのことが食べたいくらい、大好きなんだから」
オオカミさんは泣きながら、赤ずきんちゃんを丸呑みしてしまいました。
「食べてしまった、食べてしまった。僕は大好きな赤ずきんちゃんを食べてしまった」
遠吠えのような泣き声につられ、近くを歩いていた猟師さんがおばあさんの家にやってきました。
「おばあさん、大丈夫かい?」
猟師さんはおばあさんの家のドアを開けました。そしてベッドにすがって泣くオオカミさんを見つけました。
「お前、おばあさんを食べたのか?」
猟師さんは銃を構え、オオカミさんに狙いをつけました。オオカミさんは猟師さんの方を向くと、両膝をつき祈るように、猟師さんにお願いしました。
「僕がおばあさんと赤ずきんちゃんを食べてしまいました。僕のお腹を裂いて2人を助けてください、猟師さん」
猟師さんはオオカミさんが嘘をついているかも知れないと悩みました。だから襲われないように、オオカミさんに向かってロープを投げました。
「それで腕をギュッと縛るんだ。そしてベッドに仰向けで寝転がれ」
止まらない涙を流すオオカミさんは言われたとおりにしました。少しだけ安心した猟師さんはオオカミさんに近寄り、鋏をお腹に当てます。
「本当に切るぞ? 先に楽に殺してやってもいいんだぞ?」
猟師さんはずっと泣いているオオカミさんを不憫に思い、そう言いました。しかしオオカミさんは首を横に振り、猟師さんにお願いをします。
「この世から旅立つとき、赤ずきんちゃんの姿を自分勝手だけど見ていたいんです。僕が悪いことをしたから、赤ずきんちゃんは嫌がるかも知れないけど、それでもそばにいてほしいんです」
猟師さんは険しい顔つきで注意します。
「赤ずきんちゃんが嫌がったら、おれはお前と赤ずきんちゃんを引き離すぞ。それでもいいか?」
「ええ、それで構いません。僕も赤ずきんちゃんの嫌がることはしたくありません……したくなかったんです」
そして猟師さんは頷くと、チョキチョキとオオカミさんのお腹を鋏で切っていきます。
オオカミさんは痛みに呻きますがグッとこらえて、赤ずきんちゃんの姿がまた見られることを待ちます。
「おお、赤ずきんちゃん、おばあさん! 大丈夫か!」
猟師さんは喜びの声を上げました。2人に手を貸し、ベッドの横に立たせます。
「このオオカミめ、よくも食べたな!」
おばあさんは怒りましたが、赤ずきんちゃんはオオカミさんの縛られた手を握りました。
「オオカミさん、どうして私を食べてくれなかったの? 私はオオカミさんに食べられても、それでいいと思ったのに……」
赤ずきんちゃんは血まみれのオオカミさんにすがりつきました。オオカミさんも力を振り絞って、赤ずきんちゃんの手を握ります。
「赤ずきんちゃんの、姿が、見たかった……その顔が、その目が、見たかった……」
オオカミさんの言葉に、赤ずきんちゃんはオオカミさんがよく見えるように体を移動させます。
「私が見える、オオカミさん? 私、オオカミさんのことを怒ってないわ。オオカミさんが言ってくれた大好きの言葉だけで、それだけで全部良かったのよ」
赤ずきんちゃんの優しい声に、オオカミさんはふんわりと泣きながら笑いました。
「そうか、そうだったのか……赤ずきんちゃん、僕は赤ずきんちゃんのことが……大好きだ」
そしてオオカミさんの瞳から、ゆっくりと光が消えていきました。
「私もオオカミさんのことが大好きよ。ずっとそばにいてあげる」
赤ずきんちゃんは光が消えるまで、ずっと手を離しませんでした。
オオカミさんが冷たくなるまで、おばあさんに離すよう言われても、猟師さんに離れるよう言われても、赤ずきんちゃんはオオカミさんのそばから離れませんでした。
そして赤ずきんちゃんは、ポツリと言葉を落としました。
「おばあさん、私はこのお家の横にオオカミさんのお墓をつくるわ。そしてずっと、ずぅっとそばにいるの」
「お前には帰る家があるだろう? それでも、この寂しい森に住むというのかい?」
おばあさんが優しく尋ねます。
「寂しくなんてないわ。だってオオカミさんがそばにいてくれるもの」
そうして赤ずきんちゃんは、ずっとお墓のそばにいました。華やかな春も、鮮やかな夏も、色づく秋も、穏やかな冬も、ずっとオオカミさんのことを想い続けました。
赤ずきんちゃんはオオカミさんのいる場所に向かうとき、言葉を1つ残しました。
「私は優しさからオオカミさんを助けたのではないの。あのとき、私はオオカミさんに恋をしたのよ」
優しい声の終わりに、遠くから遠吠えが重なりました。その遠吠えは、赤ずきんちゃんのオオカミさんの声にそっくりでした。
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