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虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武

聖獣祭前篇 その20


 陽が沈みかけ、夕焼けに照らされる森。
 聖獣祭の初日も間もなく終了なのだが……東の区画では絶叫が響く。

『あんま~! 口の中がジュエルスライムやないか~!』

「……ご期待に応えられたようで」

『いやいや、そんな堅くせんでもええで。兄さん、あんたは偉い! よくぞまあ、これを持ってきてくれた!』

 バンバンと背中を叩くのは熊だ。
 ただし、そのサイズは少々可愛らしく、まさかの木彫りサイズの熊と同じだった……なるほど、実物大だったのね。

 当然そんな彼(女)が森獣なのだが、種族名は『水飴熊マルトースベア』。
 姿形、好物から在り方に至るまで水と飴と水飴が関わっているレア過ぎる魔物だ。

『今は祭りの間やから、うち自身が行くことはできへんのよ。けど、だーれもアレのとこまで行かへんから、ずっとずっと……これを求めてたんよ!』

「な、なんというかその……良かったです」

『そうや! あんたはよくやった! 間違いなく、許可も加護も授けたるわ!』

 周囲の獣人族がオー! と盛り上がる。
 なかなかに策士だな……ここまで言っておけば、次から獣人たちが狙うのは水飴蜜になるに決まっていた。

 ジトーと水飴熊を見るが、そもそも熊の顔が何を示しているのかさっぱりである。
 ただまあ、計算通りとニマニマしているように思えた。

『うちの加護は、水の粘度をほんの少しだけ変えることができるで』

「粘度を……それは粘度自体を? それとも時間自体が?」

『おっ、そこに気づいてくれるとは。答えは両方や、少なくとも触れている部分、そこにしか効果は働かん。時間の方も、せいぜい数秒が限界やな』

「なるほど……それはなんとも」

 面白い加護の効果だ。
 これを武人や足の速いヤツが貰えば、擬似的に水面を走り抜けることだってできる。

 また、生産職や研究職のヤツが貰っても、それぞれの分野でいい働きをするはずだ。
 ──こちらは制限時間など気にせず、その粘度でできることをやれるからな。

『兄さんの許可は二つ、中央に行くまであと三つやな。明日も気張りや』

 話は終わり、と獣人たちもこの場から立ち去っていく。
 この後、また入り口でイベントがあるらしいからそちらに行くのだろう。

 ──ただ、俺はもう少しだけここにいる。

「ええ、そうさせていただきます……ところで森獣様。少し、ご商談がありまして……」

『ほぉう、聞かせてもらおうやないの』

「実はですね、先ほど献上したモノ以外にも回収はしておりまして……これを調理してみれば、より味が深まるのではないかと」

『! なんやて……せっかくや、もう少しここに居たらどうや?』

 なんて会話もあり、俺は森獣と陽が沈んでも商談を続けた。
 ……有意義な情報も集められたし、明日も頑張るとしますか。


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