虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武

脱獄



「と、いうわけで脱獄です」

 草木も眠る丑三つ時──の時間帯にちょうどログインしたその日、作戦は実行された。
 現実リアルとの時差を使った作戦、それは見事成功して今は真夜中である。

「脱獄セット……は無いから、代わりにアレでいいか」

 前に一度使った『冒険王の七つ道具』を取りだし、さっそく手錠と檻の開錠を始める。
 万能開錠の鍵エクストラ・マジックキーを使い、:DIY:の恩恵を受けて手錠を外す。

 次に罠突破のモノクルヴィジランス・オブ・トラップで檻を見ながら、また鍵穴に鍵を差し込んで開く。
 ちなみに、内側から開けようとするとエネルギーを奪う仕掛けが施されていた。

「さて、脱獄脱獄っと」

 死亡レーダーを使い、人がいないタイミングを見計らって動く。
 光学迷彩と擬似転移を仕込んだ装置もあるので、だいたいの場所はすぐに突破できる。


『脱走者だ! 脱走者が出たぞ!!』


 一瞬、体がビクッとした。
 だが一度自殺することで震えを止め、さらに冷静さを取り戻す。
 どうやらもうバレたようだ……デコイの人形でも置いておくべきだったな。

『探せ探せ! 騎士団の名に懸けて、なんとしても牢屋に戻せ!』

『はい!』

 遠くから聞こえる声にビビりつつ、目的地に向けて歩を進める。
 時に天井に張り付き、時に壁に溶け込み、時に死ぬことで一瞬透明化し……あらゆる手段を用いてそこへ向かう。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 そこは綺麗な部屋だった。
 ケバケバしい装飾や目に悪い光があるわけでもなく、きちんと整った質素な部屋だとも言えよう。

 だが、物凄く見覚えがあった。
 その部屋の主は、天蓋のベッドに腰をかけて俺を迎え入れてくる。

「お帰りなさい、アナタ」

「ああ、ただいま」

 それ以上、言葉は必要なかった。
 互いに互いを求めるように前に出ると、想いをぶつけ合うように唇と唇を重ねる。
 なお、この際ハラスメントコードの警告が発生する場合もあるらしいが、あることをすればそれは解除できるのでやっておいた。

 邪魔するものなど何もない。
 俺たちはただ、これまでこちらで伝えられなかった思いの丈を吐露するだけだ。
 しかし、いつまでもしているわけにもいかず、唾液の糸を断ち切り接吻を中断する。

「──ルリは甘えんぼだな」

「アナタこそ。がっついちゃダメよ」

「昔と違って、今はゲームでも愛を確かめられる……時代は進化したものだな」

「ふふっ、なんだかジジ臭いわよ」

 時間はたっぷりある。
 語らいを始めよう、話せなかったことはたくさんあるんだ──夢の時間を進めよう。

『どこだ、どこにいるんだ脱獄者ー!』

 ……うん、細かいことを気にしちゃいけないんだよ。


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