虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
目覚め
人外の楽園と化した星──アイプスル。
そこで少女は、ゆっくりと目を覚ます。
「天井。知りません」
「それは力断コンクリートだ。外界からのエネルギーを断ち、逆に部屋の外への放出も防いでいるぞ」
「理解。……おはようございます、新たなるマイマスター」
「確認してみろ。お前のマスターなんて、誰も登録されていないぞ」
言葉に疑問を覚えた。
起動したばかりで、聴覚機能が不調だったのかと錯覚する。
だが、声の主は続けて言う。
「あらゆるセーフティー機能を外した。これ以降、『機械皇』の下へ帰還することは不可能だし、魔力波を受け取って認証を書き換えられることもない。悪いが、スクリプトを一部改竄させてもらった」
「奇々怪々。信じられません……ですが、たしかにそのようですね。一部設定が書き換えられているうえで、エラーが発生しない。なかなかの技術かと」
「お褒めに与り光栄なことだ」
少女の瞳にだけ移るインターフェイスで状況を把握し、声の主──『生者』を見た。
自分のマスターになるはずだった、それを拒んだ星渡りの民。
「質問。どうしてマスターになることを、望まれないのでしょうか?」
「そうする必要がないから。また、そんなことよりもやってもらいたいことがあるから」
「反復。マスターになってもできたことだと愚考します。なぜ、ロックを解除して自由意思を出したのですか?」
「言われないと動けない機械より、好きなように動ける女の子の方が優れているだろう。何より、うちの奥さんならそうする」
セットされていた『生者』の情報から、それが未確定情報にあった『生者』の正妻のことだと理解する。
「娘のように大切に、というか新しい娘としてこの世界でだけでも迎え入れようとするだろう。実際、前にもそんなことがあったからな。だから、あのままにするわけにもいかなかったし、少しばかりAIを弄った」
「韻鏡十年。よく分かりません」
「じゃあ、考えておいてくれ。どうせ、この世界はお前を肯定する。長い時間の中で、それをゆっくりとな」
パッと壁に投影された映像は、これまで確認されていたどの世界とも異なる物だった。
未知の環境、だが既存の魔物たち。
──そして、それを統べる一匹のウサギ。
「守護森獣。例の森を守護していた聖獣ですね。しかし、なぜここに」
「まあ、その……なんだ、知識に関しては今度別の奴に補填してもらおう。それで、個々の状況も理解できるはずだ」
「承知。受け入れました」
そう伝えると、『生者』は笑う。
新たな星の住民を、迎え入れようと。
「なら、名前をやろう……『銀花』。安直な名前だが、受け取ってくれ」
「拝命。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそだ」
こうして、アイプスルに新たな住民が増えることとなった。
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