虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武

王様



 アイプスル

 停滞した時間、変わらない日々、アイプスルはかつてそのような場所だったのだろう。
 星が枯れた結果、星を生かすエネルギーが循環せず、乾いた大地だけが残されていたのだから。

「――だが、今は違うな」

 大地は潤い、海は満たされ、自然豊かな環境が広がるこの世界。
 動植物も栄え、人という自然を破壊する存在も……あまりいない。

「調子に乗って建物とか建てちゃったが、あそこは植物植えて無かったし……うん、ギリギリセーフってことだ」

『……何をしているのだ、お前は』

「よっ、遊びに来たぜ風兎。森の奴らに食べ物を、と思ってさ」

『森にある物だけでも構わないのだが……森の者たちも、お前からの貢物は喜ぶから良いだろう』

「風兎にも……ほら、人参だ」

 ポケットから取り出した人参を差し出そうとすると、風兎は瞬時に後方へ下がる。

『なっ、何が目的なのだ』

「いや、ただ食べ物を持って来ただけって今言ったよな。森にはお前も住んでるんだし、人参を渡そうとしただけ――」

『そそ、そういうことならば仕方がないな。うむ、これは森の主として当然の義務だ。他の森の者がお前の差し出した食べ物で体を壊すことがないよう、予め毒見をしておく必要があるのだな。仕方がない、私は本当は嫌なのだが仕方がない……』

 本人(兎)の中で論理ロジックが構成されていく。
 毎回食べ物を持っていくたび、このような儀式が行われるのだから面白い。
 だけどここで、「じゃあ要らないの?」などと訊いてしまうのは禁忌だ。
 物凄く悲しそうな瞳で、ウサ耳をだらんと垂れ下げながら見つめてくるのだから。



「ほら、風兎の許可も出たから――俺からのプレゼントだ!」

『~~~~~~~っ!』

「うんうん、喜んでもらえるとこっちとしてもありがたいな」

 至福の表情で用意した食べ物を食べている森の魔物たち。
 肉食も草食も上位種も下位種も関係無く、ただそこには笑顔だけが溢れていた。
 ……ま、最初は違ったんだけどな。

『王様、ありがとうございます!』

「そうかそうか、ならそろそろその呼び方を止めてもらうってのは――」

『さすが王様です』『いつも食ってるヤツより、王様の作った食べ物の方が美味いよな』『俺、大きくなったら王様みたいになってみようかな』『王様万歳! 王様最高!』

「……あ、あははは」

 最近の、というか彼らが言葉を話せるようになってからの悩み。
 ――それが、俺の呼ばれ方であった。

「俺に王様なんて呼ばれ方は、あんまり似合わないんだけどな」

 俺はただ、食べ物を恵んだだけ。
『騎士王』や里長のような立派な行動は、何一つしていないのだからな。


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