虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
香り
どこからか漂う不思議な匂い。
少年が目を覚ました際、最初に感じたものである。
スーッと大きく匂いを吸い込むと、胸いっぱいにその匂いが取り込まれていった。
(これは……確か、あのときに嗅いだ……そうだ! 俺はアイツと!)
少年は、気を失う前に起きた出来事を思い出した。
(あのときは、とうとうアイツらみたいなことをしようとしてたんだ……。トイたちの飯のため、弱そうなおっさんの肉を奪おうとして……どうして肉にしたんだっけ。あ、一番良い匂いがしたからか)
少年は、街にある孤児院で育った。
父も母も知らず、神父とシスター、それに少年と同じく家庭の事情で置き去りにされた子供たちが家族だった。
傍から見れば不幸とも呼べるような境遇ではあるが、彼らは彼らなりに幸せな生活を、これまでは送って来た。
しかし、とある変革を気に状況は一変してしまう。
世界からの御告げによって、この世界に居界からの訪問者が大量に現れることが知らされたのだ。
プレイヤー、と今は呼ばれている彼らは、常人ではありえない力を有していた。
そんな彼らを優遇しようとした結果、地位の低い者たちはとばっちりをくらう。
街の予算からスラム街用の金は搾り取られていき、プレイヤーたちはそれを知らずに当然の恩恵であるかのように感じる。
今までは順調であった生活は、突然切り詰めなければ生きていけないようなものにまで変貌した。
それでも今の今まで、神父やシスターたちが必死に働くことでどうにかなっていた……しかし、既に限界であった。
孤児院の中でも一番年上であった少年は、今日本日、自身が最も嫌悪していた行為を行おうとしていた。
――他人から無理矢理食料を奪うのだ。
どれだけ腹を空かせようと、少年の兄弟分である孤児たちに罪は無い。
少年は覚悟を決めて、たった一人でそれを行うことを決意した……はずだった。
「お? どうやら目が覚めたみたいだな」
耳に誰かの声が入ってくる。
意思の力で瞼を開けると、瞼ごしに感じていた陽光が視界を一瞬埋め尽くす。
「診察しておいたが、軽い掠り傷だけで済んでたぞ。ただお前、全然飯を食ってないみたいだな。多分ブレーキをかけれなかったのはそのせいだぞ。しっかり飯を食え」
「……できるなら、そう、したかったさ」
「何かわけでもあるのか? よければ一つ、飯を食べる間のおかずとして聞かせてくれはしないかな?」
視界が良好になると、そこには一人の男が顔を覗かせていた。
「前払いの報酬はこの焼き串全部だ。あとでもっと用意するから、安心して食え」
そう言った男の両手の指の間には、香ばしい香りが漂う焼き串が挟まれていた。
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