虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
初期設定
見渡したその場所は真っ白な世界だった。
遠くに見える何か以外には、そこには何も存在していなかった。
「……とりあえず歩くか」
多分だが、歩くこともチュートリアルに含まれているのだろう。
薄らと自身の輪郭だけで作られたアバターは、俺のイメージ通りの動きをこの場で示してくれている。
手をグーパーさせたり、その場で足踏みをしてみたり……うん、完璧だ。
EHOは、障がい者でも行うことができるゲームだ。
初めて、あるいは久しぶりに歩く者への親切設計がこれなのかも知れないな。
◆ □ ◆ □ ◆
「EHOへ、ようこそいらっしゃいました」
その女性は、俺がやって来るとそう言ってお辞儀をした。
七色に光る長髪と瞳を持ったその娘は、大体高校生ぐらいの身長だろうか。
その綺麗な目でこちらを見ながら、話を続ける。
「ここでは、貴方の分身となるキャラクターの全てを設定してもらいます……説明は必要でしょうか?」
「その時々に、分からないことがあったら確認します」
「分かりました。それではまず、貴方のEHOにおける名前を決めてください」
「それじゃあ、『ツクル』でお願いします」
「ツクルさん……ですね。はい、登録できましたよ」
本名をそのまま使っているんだが、今までもこれでやっているから、今回もこの名前を使うぞ。
……むしろ、工夫した名前が浮かばない。
「では、次に容姿を設定してください。念じるだけで容姿が変わりますので簡単ですよ」
ポワン、と俺の目の前に、今の俺をそっくりコピーした人形が置かれた。
それを注視しながら、自身のイメージを人形へ伝えていく。
髪は黒から茶色、瞳の色は鉄色、背の高さは……そのままで良いか。
そうしてできたキャラは、俺の髪と瞳を変えただけの、ごくごく普通な容姿となった。
「――よし、できました」
「はい、確認できました。それでは次に行きましょう。次は種族の設定です――」
彼女が指を鳴らすと、俺の目の前に種族の名前らしきものが並べられたリストが表示される。
「貴方の目の前に並べられたリストに触れると、貴方の人形にその種族の特徴が反映されます。同時に出現される種族の説明文を見ながら、どの種族が良いかを選んでください」
普人に獣人、森人、山人、竜人、魔人……エトセトラ。
一番最後にランダムと記されたボタンが表示されており、リストはそこで終わりだ。
試しに普人を押してみると、人形に変化は無く、ただ説明文だけが表示される。
『普』人なだけあって、アバターのままでゲームができるということなのだろう。
暫くアバターを見ていたのだが、俺の望む種族は一つも無かった。
ランダムは押すと、人形が黒い闇に包まれて見た目が分からなくなる。ランダムなだけあって、詳細不明にしたいのだろう。
さて、そろそろ時間も経ったみたいだし、いつものをやってみようか。
――俺の悪癖とも呼べる、その選択を。
「すいません」
「……はい、どうかしましたか?」
いつまでも種族設定で詰まっているので、何か別の操作を行う彼女に声を掛ける。
「この後のキャラ設定、一つだけ要望を挙げるので、後を全てお任せして良いですか?」
「――――」
「この後のキャラ設定、一つだけ要望を挙げるので、後を全てお任せして良いですか?」
「い、いえ。聞こえてましたよ。ただ……貴方が何を言っているのかが理解できなくて」
ポカーンとした表情から慌てふためく表情へ、顔を変えていった彼女はそう言う。
俺が今までやって来たゲームで、まともに選んできたものはプレイヤーの容姿だけだ。
スキルや能力値は選べるものはランダムに選び、選べないなら自分でサイコロなどを使いランダムにしていた。
運が良いとか制約があるとかでは無くて、ただそうするのが好きだったんだ。
その結果できたキャラがどんな者であろうと、ある程度のプレイを行うことは可能だったからな。
そうなるように、運営も努力していたのだろう。
だからこそ、俺は安心してその選択を何度も行ってきた。
「――と、言うわけなんです」
「……その話からは全然意味が分かりませんでしたが……面白そうとのことで、上が許可してしまいましたので、仕方ありませんね」
ヨシッとガッツポーズをしてしまった俺は悪くないと思う。
というか、やっぱり上司はいるんだな。
そんなどうでも良いことを考えていると、彼女は俺に質問をしてくる。
「――それでは、貴方の要望とは何でしょうか? 無限のお金? 最強の力? それとも永遠の美貌でしょうか?」
「いいえ、DIYができる能力で」
「でぃ、でぃーあいわい……ですか?」
「はい、DIYです。俺は物作りが好きで、EHOでも色々な物を自分の力で作りたいのです。ですが、生産に関する職業全てに手を付けられないかもしれませんので、こうして直訴したしだいであります」
「色々なものを……創りたいんですか!?」
「え、えぇ……、そうですけど」
ちなみにDIYは、Do It Yourself という意味らしい。
戦争の復興は自分たちでする! 的な感じのスローガンが由来のこの言葉が、最終的にお父さんの日曜大工にまで派生するんだからビックリだよな。
「――上の判断によると、その要望を叶える場合、それを行うのに必要な能力値以外が殆ど上がらず、それ以外のスキルも自力での習得は不可能になる。それでもいいのなら構わない……とのことです。本当に、宜しいのですか?」
「はい、今までのゲームでも能力値が0になることが偶にありましたし、問題無いです」
「……ハァ。どうやら覚悟は変わらないようですね。分かりました、ではそのような設定でやらせてもらいますよ」
彼女はため息交じりにそう言うと、俺の目の前にある画面より巨大な画面を目の前に表示させて、何やら高速で操作し出す。
暫くして、カッコ良くエンターキーを叩く音が聞こえると、俺と人形の足元に魔方陣のようなものが展開されていく。
魔方陣(仮)が光ると、人形が俺の方へやって来て、俺の体の中へと入っていく。
「……はい、これで設定完了しました。私からのサービスも足しましたので、始めから絶望的な状況になることは無いと思いますよ」
「これは親切に……ありがとうございます」
「最後に一つ、EHOはその人が持つスキルで行ける世界が変わります。攻撃スキルが多いなら『アドベンチャーワールド』。魔法スキルが多いなら『マジックワールド』……といったように。イベント時は別ですが、今のままのですと貴方は……」
「……ああ、そういうことですね」
DIYは当然、生産に特化しているんだろうから……俺が行けるのは、生産用の世界だけなのだろう。
それを彼女は心配してくれている――そう考えるのが正解だな。
「大丈夫ですよ、基本的に作業をする時は一人ですし、特に問題は無いですよ」
「そう……ですか。では、転送を始めましょう。頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
足元の魔法陣が再び光り出し、俺の視界をこの空間以上に真っ白にしていく。
◆ □ ◆ □ ◆
「……行ってしまいましたか」
私が担当となったプレイヤーは不思議な人でした。
名前や容姿は自分で決めたのですが、後のこと全てを私に委ねたのです。
本当なら自分で選ぶことまでが、この空間でのプレイヤーでの仕事でしたので止めようとしたのですが……。
「本当によろしかったのですか?」
私は、ずっとそこにいるであろう上司――創造神様にそれを尋ねます。
『うん、彼以上の発想を持ったプレイヤーが今までにいたっけか? 完全なランダムを選択すると思いきや、要求してきたのは全知全能の力……傲慢で強欲な者かと思ったら、その力は自分の周りの者を手助けする為に使おうとしていた……実に面白いよ。彼――ツクル君だっけ? なら、きっとできるんじゃない? 滅びかけた……ううん、もう滅んだ世界の救世主――【救星主】になることもね』
「ですが、それは本来全プレイヤーが行う筈のことで、たった一人……それも何もない世界に送り出した者へ期待することではないと思うのですが……」
『既に滅びた世界に送っちゃったけど、もし再星できたなら、彼も立派な神様だよ。君が先輩として指導してくれても良いんだよ?』
「そ、それは……」
『ま、それは仮定の話だからね。彼がどんな行動をしても、僕たちはただ見守るだけさ』
創造神様はそう言って、この場から消え去ります。
創造神様はあのように仰っていましたが、それはとても難しいことです。
彼の力は途轍もなく歪なものへと変わってしまいました。
本来なら普通のプレイヤーとして行えたことの大半を、彼はその力を扱うために捨てたのですから。
「せめて、せめて貴方がこの世界での幸せを見つけられることを」
それでも願うことしかできません。
ただ、それしかできないのですから。
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