無理やり連れて行かれた異世界で私はカースト最下位でした。でも好きな人がいるから頑張れるます!

太もやし

ハルトさんさんとの帰り道

 タテガミのある彼女を撫でようと私も手を伸ばしたけど、彼女に歯を剥きだして唸られたから、手を引っ込めた。

 あれ、そういえばなんでハルトさんたちは来てくれたんだろう?

「そういえば、ハルトさん。もしかして私の因子が繋がったんですか?」

 ハルトさんは撫でる手を止め、私の方を向いた。

「違う」

「えっ、違うんですか!?」

 真面目な顔で頷かれて、私の肩から力が抜けた。

「偶然、裏庭に用事があったんだよ。これからやることも、仕事の1つだ……アンリさん、時間を頂いても、いいですか?」

「もちろん、いいよー。色々、話すことがあるだろうしね」

 ハルトさんはアンリさんに向かって頷いたあと、指を鳴らした。

 すると、黄金の光が彼女を包んだ。そして彼女は段々と小さくなっていき、最終的には、ギュッと抱きしめたくなるようなぬいぐるみのような姿になった。つまり、滅茶苦茶に可愛い。

 アンリさんが彼女を腕に抱き、鼻の頭を撫でる。彼女は気持ちよさそうに、目を細めて喉を鳴らした。

「この辺りのお話を聞かせてもらえるかな、子猫ちゃん?」

『もちろんです、お兄様』

 ハートがついていたと思うぐらい甘くて、小さな女の子みたいな声が、可愛らしい姿になった彼女から聞こえた。

「子猫ちゃんは良い子だね。さあ、あっちで話そうか。それじゃあ、リンカちゃん、またね」

 そしてアンリさんは私に微笑んでから、私が開けられなかった扉を開けて出ていった。

「こっから先は、お前に聞かせられない話だからな。おれも行かないといけないんだが、おれはお前に色々話すことがある」

 ハルトさんは立ち上がり、私の前にきた。

「手、貸せ」

 大人しく手のひらを上にして、右手を前に出す。

 ハルトさんは私の手を取ると、ギュッと握った。すると手のひらに太陽の形をした黄色の光が宿った。

「因子が繋がるとか難しい話をして、悪かった。あのあと、アンリさんに叱られたんだ。お前は来たばっかりだし、すぐに魔法を使えたけど制御方法を知らないんだぞ、って」

 ハルトさんは仏頂面だったけど、真っ黒の瞳は優しさと後悔が混じっているように見えた。

「仕事が立て込んでたけど、すぐにお前のところへ行って、こうすべきだった。しなかったから、お前をまた危険な目に合わせた……ごめんな」

 ハルトさんの真剣で辛そうな瞳に、私はなんて言うべきなのか悩んだ。いいよとか、そうじゃないよとか、簡単な言葉は浮かんだけど、言いたい言葉はそうじゃなかった。

 ハルトさんは私の手を掴んでない右手で、私の手のひらにある太陽をなぞる。

「だから、お前に魔法をかけることにした」

「えっ!?」

 めっちゃ急展開なんですけど! だからって、いったいどうしてこうなった?

「デカイ声出すなよ。これはお前の因子を制御する魔法だ。これからは、お前が制御できる量しか因子を扱えないようにした」

「それって、いったい?」

 難しすぎて、よく分からない……

「一昨日とか、さっきみたいな魔法の暴走がなくなる、ってことだ。自分の制御できる力以上を使おうとしても、おれが制限をかけてるから無理になった」

 ハルトさんは顔色一つ変えずに言い直してくれた。それがちょっと嬉しい。

「難しかったけど、今の説明でちょっと分かりました。ありがとうございます、ハルトさん」

 ハルトさんは私の手のひらから目線を上げ、私の目をじっと見つめた。真っ直ぐな瞳に見つめられ、私は息を飲んだ。

「話はまだある。今度からはお前が強い気持ちで、おれと話そうと思えば、すぐに連絡が行くようにした。イメージするときは、名刺よりこっちの方がいいだろ?」

 ハルトさんの瞳がイタズラに輝く。ニヤリと笑う、その姿に少しときめいてしまったことは内緒だ。

「手のひらにこんな太陽があったら、おれを忘れられないよな。大変なことがあったら、おれのことを考えろ。そうしたら、おれがすぐにそばに行ってお前を守ってやる」

 なんだか告白されているみたいだ……胸がほんのり暖かくなる。でも……

「……それって、どの子にも言っているんですか?」

 理由はわからないけど、無性にそのことが気になった。

 ハルトさんは少し考えたあと、フッと息を吐くように柔らかく笑った。

「いつもなら言わないし、こんなこともやらない……なんでだろうな、お前はとくべ……」

 とくべ? 特別って言おうとしたの!? 興奮とキラキラした気持ちで、ハルトさんが続きを言うのを待つ。

 ハルトさんは仏頂面に戻って、少し考え込んでから、続きを言った。

「……犬みたいで、ちょっと気になるんだよ。怪我してないかとか、腹空かしてないかとか」

 そしてハルトさんはイタズラっ子みたいに笑った。

「なんですか、それ! ときめきを返してくださいよ!」

 私の抗議にハルトさんはニヤリと笑って、私の頭を乱暴に撫でた。うわ、髪の毛がグチャグチャになる!

「話はこれで終わりだ。ほら、送ってやるから帰るぞ」

「え、仕事はいいんですか?」

 私の質問に、ハルトさんはなんでもないような顔で頷いた。

「アンリさんがやってくれてる。あの人は本当にすごい人なんだよ」

 そしてハルトさんは扉を開けて、私が通るのを待った。まるで紳士のような行動に、ハルトさんは口が悪いけど大人の男性なんだなと思い知らされる。

 ハルトさんと並んで歩く。重たい沈黙が、2人の間を流れる。

 今日あったこととか、ブリジットちゃんのこととか話したかったけど、隣にいるハルトさんの背の高さとか歩幅を気にして、口がカラカラに乾いて、たまらなかった。

「……そういえば、そのスカート、似合ってる」

 私から話しかけられない代わりに、ハルトさんがポツリと言った。

 嬉しい言葉に、良い返しが思いつかなくて、とんちんかんなことを言ってしまう。

「こっちじゃあ、この長さはダメらしいって、スカートを切ったあとに知ったんですよ。お尻丸出しって先生に言われちゃいました」

 ハルトさんはフッと笑った。

「確かに、こっちじゃあ長いスカートが主流だな。それに女性はズボンも履いたらダメだ」

「本当に!?」

「本当だ」

 そういえば、あっちでは誰がいつ頃から短いスカートを履きだしたのだろう。初めて短いスカートを履いた人は、どんな気持ちだったのだろう。歴史に詳しくない自分を、もうあっちの歴史を知ることができない自分を、ちょっと残念に思った。

「でも、いつかはあっちみたいに、今まで表舞台に出なかった個性が台頭し始める。お前と同じ年代の女性が、お前や周りの人に触発されて、女性服の歴史を動かすかもな。いや、お前が動かす可能性もあるのか」

 真面目だけどちょっと嬉しそうな顔のハルトさんに、私の胸はキュンと締め付けられた。未来を語るとき、こんな素敵な顔をする人を、私は初めて見た。

「私が誰かに良い影響を与えられるって、素敵ですね。誰かのためになる大人に、私はなりたいです」

 ハルトさんは立ち止まり、真剣な顔で私を見た。

「大人じゃなくたって、誰かのための何かはできるさ。今のお前に会って、おれはちょっと初心を思いだせたしな」

 私を見透かすような、ハルトさんの瞳に思わず胸が高鳴った。

「は、ハルトさんの初心を聞いてもいいですか?」

 私の言葉に、ハルトさんは目を揺らして、少し悩んだようだった。でも、仕方ないなと笑って教えてくれた。

「お前になら教えてやる。おれはな、一流の魔法使いになることが夢だったんだよ」

「私と同じ、だったんですね」

 魔法使いの中でも上流の魔法使いだと先生たちに言われていたハルトさんと、偶然にも同じことを言ったことに少し驚く。

「ああ、同じだ。最近まで、そんなこと忘れて、ただがむしゃらに働いてた。それに最高位のソレイユになれたけど、一流かと言われると自信はない」

「え、ハルトさんって最高位なんですか!?」

「言ってなかったか? まあ、どうでもいいことだしな」

 どうでもいいことではないと思うけど……

「そもそも一流ってなんだ? 辞書によるとその分野で一番って意味らしいが、おれは別に一番になりたかったわけじゃない。誰かにそう思われたかったわけでもない。でも、昔は一流って言葉に力が宿ってた気がするんだよ。なあ、なんでおれは……いいや、おれのことはいい。なんでお前は、一流の魔法使いになりたいって思ったんだ?」

 ハルトさんの言葉に、私は考えを巡らした。でも考えても頭が良さそうな、考えがまとまっている返事はできそうにないから、正直に言うことにした。

「私は一流をすごいって意味で使いました。すごいって言うのは、色んな魔法がバンバン使えて、誰かのために何かができてるみたいなイメージでした。なんか、頑張った先がそれって感じの……」

「頑張った先、か……」

 そう、全力で頑張った先にあるものが、一流の魔法使いだと私は思ったのだ。

 ハルトさんをジッと見つめ返すと、さっきまでの重苦しい真剣な顔はどこに行ったのか、ハルトさんは弾けるような笑みを浮かべた。

「お前っていいこと、言うなあ。なんで終わったつもりでいたんだろうな、おれは。お前の言葉で、ちょっと考えがまとまったわ」

 そしてハルトさんは何もなかったかのように歩き出した。

 ハルトさんとお別れする、寮の入口に着いた。

「今日はありがとうございました、ハルトさん。アンリさんにも、ありがとうございますって伝えておいてください」

「別に気にすんな」

 そのとき、強い風が吹いた。髪を押さえて、横風に耐える。そして風がやんだあと、少し時間が止まったかのような感覚を感じた。

 今、気づいた。オレンジ色に世界が染められたみたいな、とても綺麗な夕焼けが私の目に映った。私の視界の中で最も輝いているように感じるハルトさんは、まるで一つの絵画のように綺麗だった。

「なあ、リンカ」

「……はい」

 ハルトさんが、まるで幻想の男性に思えた。本当に彼はここにいるんだろうか、そんな胸騒ぎが心を占める。

「色々、ありがとうな。おれ、どっかで迷ってたんだと思う。これでいいのか、これで終わりなのか、とかな。でも、お前のおかげで、もう一回進めそうだわ」

 ハルトさんが笑う。その姿は美しくて、神聖なものに思えた。

 ああ、私……ハルトさんのことが好きなんだ。こんなに誰かを綺麗とか、見ていたいと思ったことは初めてだった。

「もし迷ったら、またお前に相談する。年上の愚痴を聞かせて悪いけど、お前の話を聞くと雲が晴れる感じがするんだよな」

 綺麗な笑顔に、少し照れが混じる。そんな姿も可愛くて、胸の高鳴りが鳴り止まなかった。

 そしてハルトさんが私を頼ってくれたことが嬉しくて、私も自然と笑顔になった。

「はいっ! いつでも頼ってください。それに年齢なんて関係ないですよ。ハルトさんって、いったい何歳なんですか?」

「今年で23だ。お前からしたら、十分おじさんだよな」

 私が今年で16歳だから、7歳差だ。でも全然関係ない。私の心が、ハルトさんを好きだと大声で叫んでいる。それを無視することはできなかった。

「おじさんじゃないですよ! ハルトさんはかっこいいお兄さんです!」

 ハルトさんは優しく笑って、私の頭を撫でてくれた。

「年下にこんなこと言わせるって、ズルい大人のやることだよな。それじゃあ、アンリさんを待たせてるから、またな」

 そしてハルトさんは私に背を向けて歩き出す。

 まだ一緒にいたくて、何か話をしていたくて、ハルトさんに向かって手を伸ばしたけど、すぐに下ろした。

 大人につけいる、ズルい子供にはなりたくなかった。

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