職業通りの世界
第84話 暗転は
 人々の笑い声、商売に勤しむ姿などがそこらに見える活気に満ちた街。誰も知らないのかもしれない。この街に殺人鬼が居る事など。そう思えるほどに、この街は賑やかだ…。
「あ~あ、馬車より速い移動手段ね~」
 俺は今、朱音さんに頼まれて馬車より速い移動手段を探している。ここでの任務をこなした後にすぐに王都へ戻る為だと。
 だが、この世界での文明レベルを見て分かる通り、車並みに速い乗り物など無く、困り果てていた。朱音さんも見つからなかったら別に良いと言っていたけど、どうせなら役に立ちたい。…俺には隠密行動が出来ないからな。
「と言ってもそんなものがあるとは思えないんだよな~」
 街の馬車の近くを通っても馬車以外のものなどある筈もなく、かといっても他に乗り物がある店は無い。どうしたものかと悩みながら歩いていると、いつの間にか文送屋の近くまで来ていた。
「……あ、そういえばあいつに頼めば…」
 これは偶然では無いのかもしれない。俺は少しの期待を込めて店へと足を踏み入れた………。
「ぐあぁぁっ!!」
 お腹に足を置かれ、グリグリと押さえつけながら力を入れられて苦痛の声が出る。
 だけど、いくらその声を出しても気付く人も居ない。メイカも頭から血を流して気絶しているし、そもそも人通りも無い屋根。
「期待外れもいいところだよ。まさか不得意な体術でさえ、この有様だなんて…」
 男は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、心の無い目で私を見下ろしている。
 力もリクトさんに比べたら無い、魔法も使っていないのに私たちを簡単にねじ伏せたこの男。…私の読み通り、あの暗闇を作ったこの男は『暗転』に違いない。
 ……どうする?どうすればこの情報をリクトさんに伝えられる?あんなのは初めてだと絶対にどうしようもない!
 頭の切れるリクトさんやアカネさんなら、この情報を知れば絶対負けない。だけど……私はこの状況で生き残れる!?
「さ~てと、そろそろ衝動が抑えきれなくなってきた頃だし、ここで殺っちゃおうかなっ」
 不気味な顔を近付けながら足に力を込められて、口から食べた物が出ないように堪えつつ顔を逸らす。
 ……嫌だ、まだ死にたくない。まだリクトさんの言うような人生を歩み始めたばかりなのに!お願い!お願いお願いお願いお願いお願いお願い!誰かっ………助けてっ…!
 心の中で叫びまくっても現実は変わらず、意識が薄れていく。もう痛覚がよく分からなくなっているから何をされたのか分からないけど、きっと胸の辺りに強い打撃でも当てられたのかもしれない。
 薄れていく意識の中、私の目に映る男の表情は初めて普通の人間らしい、楽しい事がこれから始まると分かった子供のような笑顔だった………。
 暗い、暗い海のような空間。痛覚が麻痺するほどの痛みも、助けを懇願するほど感じた絶望も、今は無い。ただそこに私が居るという感じだけ。
 ……これは昔にも感じた事がある。私とメイカの職業が暗殺者だと分かり、態度を変えた大人たち、幼馴染たちに殺されかけた時も同じような体験をした事がある。
 そうか……。つまり今も生と死の狭間にでも居るという事か。
 別段、恐怖も感じない。ただ待つだけ。死ぬのか、生きるのか、それらを証明するその時まで。
 …ただ、あの時と同じ変な感覚はある。胸の奥が熱く、燃え滾るように……ざわつくような感じ。時間が経つ毎に気にならなかった程度だったものが、苦しく感じるほどまでに大きくなっていく。あぁ…、きっと今の私は相当残酷な事をされているんだな………。
 馬鹿らしい、馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい。
 いつもいつもイジメられてばかり。本当に私は惨めだ。リクトさんに助けてもらったというのに。こんな惨めな私だけど、まだリクトさんの役に立ちたい。だから…生きるのを諦めたらダメだよね。
 諦めるなっ。いくら肉体が駄目になったとしても、この想いさえあればきっと、別の形でリクトさんに恩返しを………。
「ーーサ、メサッ!」
 揺れる体、重い瞼、まとまらない頭。だけど、私を呼ぶ声は聞こえて来る。私は力を振り絞って瞼を開ける。…そこには心配そうにこちらを見つめるリクトさんの顔が見えた。
 あぁ……、良かった最期に顔を見る事が出来て…。……ん?あれ?最期という割には体は全然痛く無いし、徐々に頭はまとまって来ている…。
 私は体を見渡すと確かに私の着ている服は血まみれだった。けど、身体のどこも痛くない。
 不思議に思い、体を起こして全身を触る。けれど、私が覚悟したような傷のようなものはどこにも無かった。
「お前ら心配したんだぞ?夜になっても帰って来なかったんだから。おかげで夜中街中を探し回る羽目になった…」
「あ、それはご迷惑をおかけしました…。けれど、私も不思議なんです。確かにあれは『暗転』だったはずなのに…」
 まさかあの殺人鬼が私を見逃した?あり得ないと思うけど、今生きているという事はそういう事なんでしょう。でも……信じられない。
「お前らが本当に『暗転』に会ったんだとしたら、お前らを助けた奴に感謝しないとな」
「……はい、そうですね」
 リクトさんは私はもう大丈夫だと判断して、メイカを起こしに行った。メイカもずっと意識が無かったようで、目を擦りながら起きたようだ。
 リクトさんが先導して宿へと向かってる途中にも、『暗転』や私たちを助けたかもしれない人も現れる事はなく、無事に宿屋に着いた。
 そうして部屋に入り、アカネさんから少しの説教と長い抱擁を受け、漸く就寝となった。私やメイカはずっと寝ていたようなものだったのに、寝ていた場所のせいか、起こった出来事のせいか、気持ち良い程に深い眠りに素早くつけた………。
 日差しが部屋へ入り、顔に当たって朝を迎えた事を知らせる。本当はもう少し寝ていたいけど、そうもいかない。二度寝という誘惑を跳ね除けて起き上がる。
 大きく伸びをして、少しでも頭に起きた事を知らせる。……それにしても、昨日はメサとメイカが居なくなって探し回ったせいか、凄く体が重い。
『もしかしたら、何かに巻き込まれているのかも……!早く見つけないとっ!お願い陸人っ!探しに行って来て!!』
 …買い物を終えていつまでも帰って来ない2人を心配してお嬢様に命令された途端、それ以外考える事が難しくなって街中へと駆け出していた。
 あれが多分職業がお嬢様である、お嬢様のスキルの影響なんだろう。前々から気になってはいたんだが、今回で確信した。
 ……まあ、お嬢様が俺に対する絶対命令権を持っていたとしても、それは対して問題にはならない。もっとも怖いのは……お嬢様の心を操られる事。
 まあ、今考えても仕方ない。今日は何せ、クソ恥ずかしい事をしないといけないんだから、そういった事は恥ずかしさを紛らわせる時に考えよう………。
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「あ~あ、馬車より速い移動手段ね~」
 俺は今、朱音さんに頼まれて馬車より速い移動手段を探している。ここでの任務をこなした後にすぐに王都へ戻る為だと。
 だが、この世界での文明レベルを見て分かる通り、車並みに速い乗り物など無く、困り果てていた。朱音さんも見つからなかったら別に良いと言っていたけど、どうせなら役に立ちたい。…俺には隠密行動が出来ないからな。
「と言ってもそんなものがあるとは思えないんだよな~」
 街の馬車の近くを通っても馬車以外のものなどある筈もなく、かといっても他に乗り物がある店は無い。どうしたものかと悩みながら歩いていると、いつの間にか文送屋の近くまで来ていた。
「……あ、そういえばあいつに頼めば…」
 これは偶然では無いのかもしれない。俺は少しの期待を込めて店へと足を踏み入れた………。
「ぐあぁぁっ!!」
 お腹に足を置かれ、グリグリと押さえつけながら力を入れられて苦痛の声が出る。
 だけど、いくらその声を出しても気付く人も居ない。メイカも頭から血を流して気絶しているし、そもそも人通りも無い屋根。
「期待外れもいいところだよ。まさか不得意な体術でさえ、この有様だなんて…」
 男は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、心の無い目で私を見下ろしている。
 力もリクトさんに比べたら無い、魔法も使っていないのに私たちを簡単にねじ伏せたこの男。…私の読み通り、あの暗闇を作ったこの男は『暗転』に違いない。
 ……どうする?どうすればこの情報をリクトさんに伝えられる?あんなのは初めてだと絶対にどうしようもない!
 頭の切れるリクトさんやアカネさんなら、この情報を知れば絶対負けない。だけど……私はこの状況で生き残れる!?
「さ~てと、そろそろ衝動が抑えきれなくなってきた頃だし、ここで殺っちゃおうかなっ」
 不気味な顔を近付けながら足に力を込められて、口から食べた物が出ないように堪えつつ顔を逸らす。
 ……嫌だ、まだ死にたくない。まだリクトさんの言うような人生を歩み始めたばかりなのに!お願い!お願いお願いお願いお願いお願いお願い!誰かっ………助けてっ…!
 心の中で叫びまくっても現実は変わらず、意識が薄れていく。もう痛覚がよく分からなくなっているから何をされたのか分からないけど、きっと胸の辺りに強い打撃でも当てられたのかもしれない。
 薄れていく意識の中、私の目に映る男の表情は初めて普通の人間らしい、楽しい事がこれから始まると分かった子供のような笑顔だった………。
 暗い、暗い海のような空間。痛覚が麻痺するほどの痛みも、助けを懇願するほど感じた絶望も、今は無い。ただそこに私が居るという感じだけ。
 ……これは昔にも感じた事がある。私とメイカの職業が暗殺者だと分かり、態度を変えた大人たち、幼馴染たちに殺されかけた時も同じような体験をした事がある。
 そうか……。つまり今も生と死の狭間にでも居るという事か。
 別段、恐怖も感じない。ただ待つだけ。死ぬのか、生きるのか、それらを証明するその時まで。
 …ただ、あの時と同じ変な感覚はある。胸の奥が熱く、燃え滾るように……ざわつくような感じ。時間が経つ毎に気にならなかった程度だったものが、苦しく感じるほどまでに大きくなっていく。あぁ…、きっと今の私は相当残酷な事をされているんだな………。
 馬鹿らしい、馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい馬鹿らしい。
 いつもいつもイジメられてばかり。本当に私は惨めだ。リクトさんに助けてもらったというのに。こんな惨めな私だけど、まだリクトさんの役に立ちたい。だから…生きるのを諦めたらダメだよね。
 諦めるなっ。いくら肉体が駄目になったとしても、この想いさえあればきっと、別の形でリクトさんに恩返しを………。
「ーーサ、メサッ!」
 揺れる体、重い瞼、まとまらない頭。だけど、私を呼ぶ声は聞こえて来る。私は力を振り絞って瞼を開ける。…そこには心配そうにこちらを見つめるリクトさんの顔が見えた。
 あぁ……、良かった最期に顔を見る事が出来て…。……ん?あれ?最期という割には体は全然痛く無いし、徐々に頭はまとまって来ている…。
 私は体を見渡すと確かに私の着ている服は血まみれだった。けど、身体のどこも痛くない。
 不思議に思い、体を起こして全身を触る。けれど、私が覚悟したような傷のようなものはどこにも無かった。
「お前ら心配したんだぞ?夜になっても帰って来なかったんだから。おかげで夜中街中を探し回る羽目になった…」
「あ、それはご迷惑をおかけしました…。けれど、私も不思議なんです。確かにあれは『暗転』だったはずなのに…」
 まさかあの殺人鬼が私を見逃した?あり得ないと思うけど、今生きているという事はそういう事なんでしょう。でも……信じられない。
「お前らが本当に『暗転』に会ったんだとしたら、お前らを助けた奴に感謝しないとな」
「……はい、そうですね」
 リクトさんは私はもう大丈夫だと判断して、メイカを起こしに行った。メイカもずっと意識が無かったようで、目を擦りながら起きたようだ。
 リクトさんが先導して宿へと向かってる途中にも、『暗転』や私たちを助けたかもしれない人も現れる事はなく、無事に宿屋に着いた。
 そうして部屋に入り、アカネさんから少しの説教と長い抱擁を受け、漸く就寝となった。私やメイカはずっと寝ていたようなものだったのに、寝ていた場所のせいか、起こった出来事のせいか、気持ち良い程に深い眠りに素早くつけた………。
 日差しが部屋へ入り、顔に当たって朝を迎えた事を知らせる。本当はもう少し寝ていたいけど、そうもいかない。二度寝という誘惑を跳ね除けて起き上がる。
 大きく伸びをして、少しでも頭に起きた事を知らせる。……それにしても、昨日はメサとメイカが居なくなって探し回ったせいか、凄く体が重い。
『もしかしたら、何かに巻き込まれているのかも……!早く見つけないとっ!お願い陸人っ!探しに行って来て!!』
 …買い物を終えていつまでも帰って来ない2人を心配してお嬢様に命令された途端、それ以外考える事が難しくなって街中へと駆け出していた。
 あれが多分職業がお嬢様である、お嬢様のスキルの影響なんだろう。前々から気になってはいたんだが、今回で確信した。
 ……まあ、お嬢様が俺に対する絶対命令権を持っていたとしても、それは対して問題にはならない。もっとも怖いのは……お嬢様の心を操られる事。
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