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職業通りの世界

ヒロ

第70話 執事は曲芸師


 ああ、またやってしまった。まるで獣が食い散らかしたかのように無数の斬り傷が無残に残る死体の数々の前で落ち着いた理性で思う。

「……やめろと言いませんが、もう少し自重してもらえますか?」
「…無理だね。……あんまり言うとお前も殺すよ?」

 毎回標的を教えてくれる奴だが、大して思い入れも無いから今すぐ殺しても問題は無い。それをこいつも知っているからか、今いる路地の隅に居ても聴こえてくるほどの大きな生唾を飲み込む音を鳴らす。

「………関係の無い者を殺しすぎたせいで、《グレアノス》から討伐対象として、何人か派遣するようです」
「ふーん……。で、何?」
「ですから…!ここは一時本部へーー」

 うるさい、と言うよりも先に俺は男の首を断ち切っていた。手に持った、少し刃幅が通常のものより少しあるフィレナイフに血がベッタリと付き、動脈から噴水のように出る血を頭から浴び……………、俺は興奮していた。

「これだよ、これこれ。生ある者をこれで殺すと、まるで未だ生を望んでいるような……あるいは死に歓喜しているかのように…血をいっぱい出すっ!」

 ナイフを顔のそばに寄せてうっとりしまいそうになったが、この生と死があやふやなこの時間は短い。だから、俺はさらにナイフを鍛えてあったのが分かる胸筋に突き刺し、男の癖に細長い指を切り落とす。

 ああ、折角落ち着いていたのに……、また昂ぶってきたじゃないか。それに……今まで少しでも接してきた奴を殺した事が無かったから気づかなかったが………俺の事を知っている奴を殺すのはすごく興奮するぅっ!!

「おらっ!もっと!もっともっともっともっともっと!!血を!生を!見せてみろよっ!!死を受け入れきれていない肉体さんよぉ!!」

 突き刺す、切り落とす、くり抜く、潰す、ほじくり返す、かき混ぜる。血が、血が沢山出る。体にかかって、目に入って痛くなるのにも気付かずにひたすらにナイフを振るう。

「はぁ…はぁ……血が出なくなってきたなぁ」

 もう誰だったのか誰も判別が出来ないところまでになるまで、俺はナイフを振るっていた事に今更ながら気付いた。
 血が出なくなり、肉体が死へと向かっていく。これからはただの肉片として死の道を歩む肉体。

 あぁ、何て面白いのだろう。人間の体というものは。不思議で、面白くって、楽しい。そんなものが大陸中に溢れているんだから、人間を創り出した神は何て凄い存在なのだろう。…同時に神はどうなっているのか気になるけど、そんな事をして今の人間が変わってしまったら、それこそ俺は後悔してしまう。

 だから……今日もミスラ様だっけ?この世界で有名な神は?……まあそのミスラ様に感謝して祈りを捧げ、俺は影へと身を沈めた………。







 《ナサーハ》はここから1週間かけて向かう。《ナサーハ》はどこの国にも所属していない独立した都市。その理由としては、街の住人全てが貴族並みの経済力を有していて、尚且つ街の代表はナハリヤというSランク冒険者らしい。

 Sランク冒険者とは、全ての冒険者の頂点に位置する人たちで述べ10人居るとされている。調べてみたら《トレナス》のギルド長もそうだったようだ。末席らしいが、凄いと思う。今度行った時には挨拶をしといた方が良いだろう。

 話を戻して、Sランク冒険者はその圧倒的な強さからカレナさんのような騎士団長やカミラのような族長と同レベルの権限を持っているらしい。
 よって、《ナサーハ》はどこの国に属して無くても存在出来るらしい。よく分からないけど。

 問題はここからで、《ナサーハ》では1週間に一度くらいのペースで10人程度の人が無残な状態で発見されるらしい。
 犯人の手がかりは全くのゼロ。気付いた時にはもうそこに死体が有ったという感じらしい。

 そんな妙な事件が起きていても人が離れない理由としては、誰でも金持ちになれるというのもあるが、大きいのは隠れ家・・・だからだ。

 《ナサーハ》が経済的にどの街にも匹敵する程の金の回りが良い理由として、様々な国の貴族、王族が何かしらの理由で逃げ込んで来るからだ。
 金持ちが生活をするだけで街は潤う。しかも、目立つ訳にはいかないから横暴な事もしない。正しく経済が動いた結果が今や移住希望者が続出する金持ちの街へとなった。

「ーー自分が調べて分かったのはこのくらいです」
「……へぇ、調べてくれたんだぁ」

 朝飯を終えてゆっくりとお茶を飲んでいるお嬢様のそばで、《ナサーハ》の情報を伝え終えた。お嬢様は少し固い笑顔で礼を言ったので、頭を下げる。

「どうする?身分を隠して潜入する?それとも普通に入る?」
「…正直、どちらでも一緒かと」

 身分を隠しても特にメリットも無いだろうし、勇者の一行だと知られても特にデメリットは無い。
 身分を隠したらいざという時にナハリヤという奴に会いにくいだろうし、勇者の一行だと知られたら『暗転クロッド』が逃げるかもしれない。

 だが、『暗転クロッド』が逃げる可能性は限りなく低いだろう。何せ、奴は暗殺者で殺人鬼・・・だ。なら、殺したい奴や殺さなくてはならない奴はまだ《ナサーハ》に居るとみていいだろう。事件が無くなる気配が全く無いのがそれを裏付けていると言える。

「ならさっ、こういうのはどうよっ」

 勝手に話を聞いていたらしい巧がやって来て、とある提案をしてきた………。





「………で、これは何だよ?」
「見て分からねぇか?人々を楽しめる曲芸師の団、名前は…《執事の戯れ》でどうだ!?」
「どうだ?じゃねぇよ!!」

 手に持たされたジャグリングのピンをブーメランのように投げ付け、5つのピンは寸分違わず巧の顔を殴打して帰って来た。それと同時に巧が背中から倒れる。
 全く、道具を作って欲しいとか言ってきやがったから作ってやったらこれかよ。しかも、団とか言いながら、曲芸は俺一人に丸投げする気満々だろ。

「お嬢様、別の案をーー」
「良いかもね、曲芸師」
「へ?」

 お嬢様が何を言っているのか分からず、お嬢様の方を見ると、お嬢様は俺の全身とピンを見比べてうんうんと頷いていた。

「似合ってるよ、陸人の執事姿と曲芸師の感じが。これなら執事の服を着た曲芸師にしか見えないよ!」
「いや、それ褒めてませんよね?」

 「褒めてるよぉ」とお嬢様は褒めつつ、マジで曲芸師の案でいこうとしている。

「陸人って、確かホームパーティーの時に色々と芸をしてたじゃん」
「いや、ですがそれはそこそこ前の話ーー」
「うわ~、リクトさんが手に持ってるの何ですか?」
「……多分殴る武器なんじゃない?」

 お嬢様を説得しようとしたところに、間の悪い事にピンに興味深々なメサとピンを殴打武器だと勘違いしているメイカが来た。メサとメイカが来たのを見て、丁度良かったとでも良いだけにニヤリとお嬢様は笑みを浮かべて…

「今から陸人がね、面白いの見せてくれるよぉ」
「お嬢様?一体何を言ってるんですか?」
「見たいです!」「それで何をやるのか気になるわね」

 ノリノリなお嬢様と興味深々な2人の前で、断り切る事が出来ず5つほどジャグリングをしたところ、ものすごく盛り上がった。終わった時にはいつの間にかカレナさんも居て、大きな拍手に包まれた………。


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