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職業通りの世界

ヒロ

第61話 職業が全てという異常さ


 呆けたように立ち尽くすメサとメイカ、そしてその後ろにいる仲間たちに聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「いいか、職業というのは自分を生かし、人生を豊かにするためにあるものだ。何かしらの理由があってその職に就いた場合でも、しっかりとした目的がある。
 だが、この世界では全てあの判断機に決められる。そんなの、おかしいだろ?成りたくもない職業に就き、目的も無く、ただ効率的に仕事をするなんて、そんなの……ただの機械だ」

 俺は今、この世界にとってタブーな事を言っているのかもしれない。だが、俺は人を職業という型に抑えつけるこの世界に遠慮なんてするつもりはないんでね。

「……そんなの、おかしいよ…。だって、判断機の示した職業に就くのが義務なのに…」
「なら、お前は奪いたくもない命を奪い続けるのか?」
「…それは………」

 俺に異を唱えた奴がいたが、そいつはこの世界の固定観念に基づいた事しか言って来なかったので、現実を突きつけると言葉を濁した。
 頭ではこの世界の異常さが理解出来ているのに、今までの感覚が邪魔をして自分が本当に思っている事が分かりにくい状態になっているのが大半だな。

「お前たちの不安も分かる。今まで全ての人が従って来た絶対的なルールに抗う事がどんな結果を呼び込んで来るのかを。
 確かに、これを聞いた人がお前たちを異端者として始末する。それは大いにあり得る。だが、それは人による制裁であって、世界の制裁ではない」

 よくよく考えてみたら、俺は料理人の仕事も御者の仕事もしているのに、一切変化が無い。執事の職業として認定されているのなら分かるが、メサとメイカも御者の仕事をしても何も無い事から、この世界において、職業が全てなのかもしれないが、職業が絶対的では無い。

 違う職業の事をしても、何らデメリットも無い。この世界はただ、一点においての職に長けた人を探し当て、人々がその職に就かせるように変な風潮を流したんだろう。

 いつからそうなったのか、何故そうなったのかは知らないが、確かにこの世界は失業者及び無職者はほとんどいないのかもしれないが、強制された仕事をこなすなんて……未来が無い。
 結果的にたまたま自分がなりたい職業に就いた人が少しずつ新たな開拓をするだけで、後から来る人はそれを模倣するだけを繰り返しただろうな。

「俺は勇者ではないが、お前たちとは違う世界から来たのは変わりない。そんな違う世界から来た俺から言わせてもらうと、お前らは職業というものに縛られた奴隷だ。機械だ。
 どちらとも俺が思う人間とは違う。だから、お前たちに聞きたいのは人間になりたいか?それとも奴隷、機械か?
 自分を変えたい奴は俺の手を取れ。俺が責任を持ってお前らを人間にしてやる」

 俺は手を差し出した。あの時、お嬢様にされたように。俺は執事という職業に誇り、やり甲斐、生き甲斐を持っている。決して、この職業より自分がなりたいものは無いと断言出来るほど。

 俺は目的や生きる道筋をこいつらに持ってほしい。あの縮こまるだけで自分すら救えなかった俺を重ねて見ていないと言ったら嘘になる。
 だが、俺は人間だ。同情もするし、恩も返す、お嬢様が全てとはいえ、多少の情は捨ててない。

 だから、俺が今度は手を差し出す。他でも無い、自分とこいつらを救うために。

「……私たちは変わりたいです」「私も変わらなくっちゃ……」

 まず最初に手を取ったのは、メサとメイカだ。こいつらは来ると思っていた。メサもメイカも少し遠慮しながら手を握ったので、俺は少し力強く握り返す。
 メサとメイカはそれに痛がる訳では無く、ただ笑った。

 それからはトントンと少しずつ俺の手を取る奴が増えていく。
 俺よりもガタイのいい男からか弱そうな女まで、俺の手を取った奴はみんな、深く頭を下げて涙を流した。

 きっと、何十人も理由も無く殺して心はもうズタボロだったのだろう。だが、それが自分の職業だと言い聞かせて、心の傷に蓋をして、人を殺すしか無かったのが今までのこいつらだ。
 だが、俺の手を取ったからには自己防衛や自分が戦うべきだと判断した時のみ、武器を手にするようにする。……まあ、騎士とかになったらそれは人々を守るためという事で………。





 結果、30人全員が俺の手を取った。それはこの世界で自分を変えようとした数だ。きっと、この世界でこんなにも変えようと決意した奴が現れた事は無いだろう。

「……クククッ。貴様らは阿呆か?自身の職業に抗うなど、この世界を否定するのと同等だっ!それを知ったら是が非でも抹殺しに来る連中が来るぞ……!聖教者どもがなぁっ!!ーーぐえっ!!」

 鬱陶しく声を荒げるグラミノに腹蹴りを入れるが、こいつの言っている事は正しい。

 この世界において、聖教者は凄まじい影響力及び力を持っているだろう。そんなの、この世界の異常さを理解したらすぐに分かる。

 聖教者とは宗教の全てを正しいとし、それを実行し、周りに広める人たちだ。神が居るなら、その名前を使って詐欺まがいな事も出来るだろう。
 例えば、『神の啓示により、汝に厄災が降りかかる。回避したければこの符を持ち歩くべし』とかな。神の啓示を聞けるはずの聖教者の言葉は真実だとこの世界の連中は思うだろう。

 そうやって金稼ぎを出来る聖教者が力を持っていないなんて、ありえないだろう。
 だが、神の存在やこの世界の否定は聖教者にとって、あり得ない事であり、決してあってはならない事。それを抹消しに来るのは当然だな。

「言っておくが、神なんて自分勝手な連中だ。俺やお嬢様が無理やりこの世界に連れてこられたのがいい証拠だ。そんな神を信じている連中を敵に回すというなら、それでも構わないな」
「正気かっ…!相手は国すら取れる『ミスラ聖堂会』の可能性があるんだぞっ!!」

 女神ミスラ。この世界にお嬢様を連れ込んだ諸悪の権化。

「なら、ちょうど良いかもな。女神ミスラには一発ぶちかましておきたかったんでね」

 それだけ言い捨て、メサの仲間たちに運ぶように命じる。運ぶのはもちろん《グレアノス》の《グレイア》、つまり城にだ。

「食料は何とか調達すれば良いか。馬車も少し遅くして付いてきてもらう事にして……後は」

 俺はお嬢様の下へと行く。お嬢様はただ見守っていて、微笑んでいた。少しむず痒いが、仕方ない。

「お嬢様、自分勝手に決めてしまい申し訳ありません。ですが、自分は彼らを送り届けたいと思っています。どうか許可を」
「……そんなの、決まってるじゃん」

 お嬢様はそう言って俺の前髪を上げてデコに口付けをした。呆気を取られている俺に、飛びっきりの笑顔で言った。

「もちろん連れて行こっ!」







 ………1人、馬車の中でリクトさんが多くの人に話しているのを聞きながら、私は揺れ動いていた。

 私にしてくれた話とほぼ一緒の話だったけど、改めて聞くと思い知らされた。

 リクトさんは……いや、勇者様はこの世界における異端者であると。
 今でも完全にリクトさんの言っている事を支持出来ないけど、私の中で職業のイメージが変わっているのは確か。

 私はリクトさんと一緒にいたら、夢を………。


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