職業通りの世界
第54話 最期に交わした約束
「実は今日の朝から、あそこで倒れているダルトのスキル、ゾンビ化によって街の人が次々とゾンビにされてしまい、あなたが来る前にダルトに娘が連れ去られそうになったので必死に逃げていた次第です…」
 主人はさっきから大した怪我でも無いのに息が荒くなって来ている。毒でも塗られたのかと思ったが、娘さんの言葉ですぐさま消え去った。
「お父さんっ!ゾンビにならないでっ!私と一緒におままごとをする約束があるのにっ!!」
 娘さんは主人と同じ焦げ茶色の髪で、肩に当たるかどうかくらいまで伸ばし、髪と同じ色の目は涙でいっぱいだ。6歳程度の子供が親を亡くすのは辛いな。
 ……不思議と俺と重なると思えないのは、本当の親を良く思ってないからだろう。あんな親の下に居て楽しかった事なんて……たった一つも…。
 1人過去を思い出していると、主人から視線を感じ、意識を現実に戻すと弱ってはいるが、確かに意志のある目で俺を見ていた。
「……ゾンビになるのは避けられません。ですから、どうか人のままで…」
 このゾンビ化がスキルによるものなら、魔法で治すのは難しいのだろうし、何より、間宮でも無い俺が治す事なんて出来る筈もない。俺に出来るのは……
「やめてっ!殺さないでっ!!」
 刀を持って主人へと歩き出した俺に娘さんが立ち塞がった。涙を流して、足をガクガクさせながらも親を守らんと立ち塞がっている。
 母親の事を一度も聞いてないから母親はもう死んだのだろう。そして、たった1人になった親はゾンビになりかけている。幼い子供には辛すぎる現実だ。……これが異世界、これが……理不尽か。
「…はぁ、はぁ、その子は《リオヌス》の王位後継者なのです。…その子は正しい王になる資質のある子です。ですから娘を……うっ!」
 主人がいきなりとんでもない事実を言った事に驚いている暇も無く、傷口からゾンビのような状態、腐食が始まった。
 ていうか、お前《リオヌス》とかいう国の王だったのか!?
「全ては…あなた方を呼んだ国に行ったら分かります。……もう抑えられない……!早くっ!」
「やめてっ!お父さんはまだーー」
 娘さんは主人に近付こうとしたところで、横からお嬢様によって外に連れ出される。……お嬢様、正直助かりました。
 もう腕一本はゾンビになった主人にか、娘さんに同情してかは分からないが、約束をしてしまった。
「俺が必ず娘さんを《リオヌス》に送り届けます。ですから、どうぞ安らかに」
 刀を振り下ろす直前の主人の顔は……安心しきった、穏やかな表情だった。
「……ひっぐっ、お父さんっ…!」
 私の腕の中で泣く子供は、押し殺すように泣いている。もっと大きな声で泣いても良いと思うのに、こんな小さい頭で親の死が逃れられないという事実を理解しているのかもしれない。
 私があらかたゾンビを殲滅して時間が空いたので、宿屋の様子を見てみたら、あの主人さんがゾンビになると女の子が言っているところだった。
 あの陸人の様子からして、助からないと悟ったので、この子を連れて宿屋から出たんだけど、本当にこれで良かったのかな。もしかして、この子には治す力が……いや、それは無いかな。
 私はこの子を抱きしめていいのだろうか。そんな事を思っていると、陸人が出て来た。…表情からして、主人さんを殺したらしい。
「…お嬢様、今すぐここから離れましょう。あと数分で爆弾が起動しますので」
「え?爆弾……?」
 爆弾という単語を聞いた女の子は泣くのを必死に抑えて顔を上げた。その表情は次なる絶望を告げられたようなものだった。
「……ねぇ、爆弾って…《安らぎ屋》を爆破させるための…ものじゃない…よね?」
 女の子は壊れたように口角を上げつつ、私に聞く。失言だったと思った頃にはもう遅く、この子はもう宿屋を爆破されるのも悟っているんだろう。けど、考えたくないんだ。これ以上。
「いや、あの宿屋は爆破する。中に居る主人とクソ野郎と一緒にな」
 陸人も分かっていたはずなのに、女の子に追撃を入れるように言い放つ。
 女の子はそれを聞いて、涙を流したまま、口角は上がったままの状態で放心というより、気絶に近い形で意識を閉ざしてしまった。
「陸人っ!何でも正直に言えば良いものじゃーー」
「後で幾らでもお叱りを受けますので、今はこの場を離れる事を最優先とさせていただきます」
 陸人は私と女の子を抱き上げ、凄まじい速度で走り始めた。目も開けにくい風が打ち付けてくる中、頑張って陸人の顔を見るために目を開けると、悲しさに満ちた表情になっていた。あの日に出会った時ですら、悲しいと感じて無さそうな顔だった陸人が初めて悲しいと感じている。私はもう陸人を怒る事が出来なかった。
 メイカが停めてくれているであろう、外壁の門へと走り、道中出くわすゾンビどもを何とか潜り抜けて門を出た先に馬車があった。しっかりと仕事をしていてくれたようだ。
 速度を徐々に落としながら馬車に向かい、馬車に着くとお嬢様たちを中に入れてすぐさまメイカに出るように言った。
 ゾンビどもは何故か門から出る事は無く、街へと引き返して行くのが見えた。もうあの街には指導者も、住民も、ゾンビどもの使役者すら居ない、すぐにただのゴーストタウンとなるだろう。
「……陸人…」
 操縦席で色々考察していると、お嬢様が顔をうつむかせて佇んでいた。髪も垂れ下がって表情は見えないが、怒っているのは確実だろう。
「お嬢様、自分は後悔はしますが、反省は致しません。主人を助けられなかった後悔はあれど、もう一度同じ状況になれば、躊躇わず同じ事をします」
「…私は陸人の判断は正しかったと思う。…けど、あんな子供に何でも言ったら心が保たないよ……」
 お嬢様は俺の服を掴んだまま、崩れ落ちた。涙がこぼれているのが見える。……やっぱり、お嬢様を連れて行ったのは良くなかったかもしれない。それにこんな事態になる事は簡単に予測出来ていたはずなのに、お嬢様に進言しなかった俺も俺だ。
 娘さんに深い心の傷が出来ても、それは俺のせいだ。決して言い逃れも出来ないだろうし、逃げる事も出来ない。
 暗い雰囲気の中で、最初に声を出したのは予想外の娘さんだった。
「……お父さんも死んだ。私を護るために…。何の意味があるのだろう。私は出来損ないの………」
 お嬢様は座り込んでいる娘さんを最初は躊躇っていたが、抱き締めた。
 お嬢様が抱き締めた事に気付いた娘さんは涙を再び流しながら言った。この世界の……特徴とも言える事を。
「職業が王妃なだけの私……を護るなんて…」
 そういう事だ。この娘さんの職業が王妃だと分かった主人は、あの街に身を………いや、追い出されたのだろう。《リオヌス》の王位継承者達によって。不都合な事実を隠蔽するために。
 元から王族の出なのか、それとも一般人からなのかは知らないが、この世界では職業が全て。もし、王族以外の人で王妃なんて職業を持っているのが広まったら、王族の人が王女になれない可能性が出て来る。
 王国に口封じとして、殺されないように主人が逃げおうせたこの街でこんな事件が起きるなんて……。
 普段なら全く相手にもしなかった事なのに、今はかなりの義務感を感じている。それも、主人と約束したせいなのか、それとも俺の職業である執事の影響なのか。
 ……もうどっちだって良い。娘さんを送り届けよう。何としても………。
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