職業通りの世界

ヒロ

第30話 普通じゃない果実


「えいっ」
「あ、落ちましたね」

 昨日と引き続き、射撃をしていたお嬢様。昨日とは打って変わって確実に精度を高め、遂に昼前、黄緑色の雫のような形をした果実を落とした。

 俺はその果実の近くに馬車を止め、お嬢様に取りに行くように言うと、お嬢様は嬉々として取りに行った。
 その間に馬を近くの木に止め、ブルーシートを敷き、昨日と同じように火を焚く。そして、同じように吊るす為の竿を用意し、今度はご飯を炊く為に飯ごうと言うキャンプで使われるものを道具作成で作り出し、中に米と水を入れて火にかける。

 その後、足が長めで立って料理しやすい高さのテーブルを作り出し、更にまな板、包丁を作り出し、無限収納から肉と野菜を取り出し、全て一口大に切る。
 そして、もう一箇所に火を焚き、フライパンを作り出して肉と野菜を塩と胡椒をかけて炒める。最後に皿を取り出して盛り付ける。

 それが終わった辺りでご飯が炊き終わり、お嬢様も来たので、机と椅子を作り出して配膳していく。途中でお嬢様が手伝うと言ってきたけど、執事としてそれは譲れないものがあると言ってお断りした。
 まあそんなこんなで、肉野菜炒めが出来上がり、炊きたてのご飯もある。そして、お嬢様が取ってきた果実は8等分に切って盛り付けてみた。 
 意外な事に、中はリンゴのようになっていて、皮は少し剥きにくかったが、内側は薄くて白っぽい水色の実になっていて興味がそそられる。

「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」

 お嬢様の掛け声で、肉野菜炒めが盛られた一つの皿を2人でつつく。味は至ってシンプルで、特に凝った訳も無い、手抜きと言えばそこまでの料理だったが、お嬢様は美味しいと笑って言ってくれた。

「……いよいよ本題だね」

 肉野菜炒めを食べ終わり、お嬢様がご自身で取った実を少し緊張したように見ている。
 この実は城内でも見た事が無く、毒があるのかも分からない。けど、ご自身で初めて取ったのだから食べてみたいと思っているんだろう。なら、俺が毒味をしよう。

「お嬢様、僭越ながら自分が毒味させていただきます」
「そんなの陸人に悪ーーあっ!」

 お嬢様が止めようとしたが、俺は強引に1つ口にする。口に梨のような甘味と少し酸味が広がり、後からリンゴのような優しい甘味が残る。………美味い。

「……ど、どう?」
「味は美味しいです。体にも変化は……ありません」

 心底不安そうに見つめるお嬢様に実の安全性を伝えると、お嬢様も恐る恐るといった感じで口にする。数秒後には幸せそうな表情に変わり、速いペースで実を食べている。

「自分はもう結構ですので、後はお嬢様がお召し上がり下さい。自分は火の消火と道具の片付けをして来ますので」

 お嬢様が頷いたのを確認して2つの火のところへ行く。どちらにも勢いは随分と無くなっているが、このまま放っていたら山火事になる可能性があるので、水属性の魔法である"ウォーター"を火に目掛けて撃った。

ーバッシャーン

 手からは普段は蛇口から捻ったような感じにしか出なかった水が、大きなホースから出たように大量の水が飛び出し、辺りを水浸しにし、俺も水浸しにした。

「ちょっ!今の音何!?」

 音を聞きつけて駆けつけてきたお嬢様が、俺を見て固まる。両手には実を持っていて、口にも咥えていた実を落としたのにも気付かず、ただ俺を見ていた。

「すみませんお嬢様。魔法の加減?を間違えてしまい、こんな惨事にしてしまいました。ここは自分が責任も持って片付けをしますのでお戻りください」
「……はっ!?ごめん、ちょっとボーとしてた。今乾かすねっ」

 お嬢様は慌てたように、手を俺にかざすと暖かい風が俺に吹く。その風が俺の湿った髪や服を少しずつ乾かしていき、5分もすれば全て綺麗に乾いた。

「ありがとうございます。では、片付け作業に戻りますので」

 お嬢様に頭を下げた後、水に流されたフライパンや飯ごうなどを掻き集め、取り敢えず無限収納になおす。泥が付いて汚いので、街に着いたら捨てよう。
 木製の机と椅子を細かく手で殴ったりして砕いて、草むらに少量ずつ撒く。こうすれば、土の栄養源になるだろう。

「お嬢様?そろそろ出発しますよ?」
「あ、うん」

 何故か少し放心していたお嬢様が馬車の中に入るのを確認してから、馬と木を繋いでいた綱を外して、少し馬を引っ張り、馬車を操縦しやすいところまで誘導する。
 もう乗って操縦出来る所まで来たので、操縦席みたいになっているところの板を掴んで飛び乗る。

 明日には《トレナス》という街に着かないといけないから、少し速度を上げるか。
 馬を操縦しながら、後ろに目を向けると、前までは居たお嬢様が居ない。馬車の中で寝ているのだろうか?なら、今のうちに出来るだけ進んでおかないとな。







 …はぁ、アレは反則じゃない?よく雨も滴る良い男と言うけど、アレは良い男じゃなくて、良すぎる男でしょ?
 髪も服も滴り、少し見えた首元が日の光で光ったり、なんと言ってもあの申し訳なさそうな顔!あの顔の所為でなんか私がイケナイ事をしたみたいに感じちゃった。

 それを見たからか、さっきから体が火照って仕方ない。これじゃあ射撃が出来ないよ~。しょうがない、落ち着くまで寝ようかな。







「ーー様、お嬢様!」

 遠い意識が水面から浮上するように、ゆっくりと意識が覚醒していく。覚束ない視界がどんどんクリアになっていき、私を心配そうに見つめるのが陸人だと気付いた。

「……アレ?なんか体だるいなぁ」

 陸人が近くに居たので、距離を取ろうとしたんだけど、体がだるすぎて動かす気にならない。それにいつもならテンパっていただろうに、今は何故か冷静になっている。 

「…これって風邪?」
「症状的には風邪とも、魔力切れの状態にも見えます」

 陸人が頭に冷たいタオルを置いてくれて、気持ち良いと感じながら考える。
 多分、原因は私が取ったあの木の実だろう。でも、陸人も食べたのに何とも無さそう。なら風邪?でも、風邪になるような事は何もしてないし、魔力切れなんてもっと身に覚えが無い。

「……陸人、私がやってなくて陸人がやってた事ある?」
「あの実を食べた後でしたら、魔法の発動と水浸し、後片づけにスキルの使用、馬の操縦ぐらいだと思います」

 陸人が言った情報を、ボーとしやすくなっている頭で何とか整理する。可能性があるとしたら、魔法かスキルの発動だと思う。
 魔法は…そういえば陸人が初めて魔法の加減を間違えたと言ってた。しかも、自分でも間違えたのが分からなさそうだった。つまり……

「陸人、魔法を使いたいから外に出して…」
「奇遇ですね、自分もお嬢様に試してほしい事があったんです」

 陸人も同じ結論にたどり着いたらしく、私が外に出る事を止める事なく私をお姫様抱っこの形で抱き上げて馬車を出た。そして、馬車からある程度離れたところに来ると立ち止まり、私がするのを待つように立ち尽くした。

 私も早く済まして、元気な状態でこのシチュレーションを楽しみたかったから、手を少し下に傾けて突き出し、魔法を発動した。

「"ウォーターキャノン"」

 かなり図太い水の柱が真っ直ぐ飛び、少し下に傾けていたので、離れたところで地面にぶつかって派手な破壊音を鳴らした………。


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