死刑

西田夏樹

5章 ① 罪と罪

走る。ただ走る。もう私には他に何も考えることが出来なかった。ただヤツを追いかける。それだけだ。

前を走るロボットは確かにそこまで早い訳では無い。だがそれ以上に私の身体は疲労困憊そのものであり、かなり疲れ切っていた。

「ねえ、どこ行くの?何を追いかけてるの?ねえ、私も殺してよ!!」
叫ぶ私の声はロボットには届かない。私の先を行く鉄の塊はただ、何かに向かって走り続けている。



見知らぬ廃工場に辿り着いた。私にはもうほぼ体力は残されておらず、ギリギリ追いついたといったところだ。だが、そんな私の眼に映し出されたのは、またもや残酷な光景であった。



今度は肩だ。肩から斬られている。ロボットは男の肩から刃物を通し、まるで何かの作業を片付けるかのような単調さで斬っていった。

だが実際に身体から流れる鮮血を見てしまうと、もう単調さなど感じる余地もない。口から血を吐いた男はそのまま地面に倒れ、意識を失った。そしてまたロボットは、先程もそうであったように男を切り刻んでいく。首、足、手・・・。

男の身体のパーツをバラバラにしたロボットは後ろを振り返り私の方向を向くと、また何事も無かったかのように私の横を通り過ぎ、どこかへ行ってしまった。

「やっぱり私は殺さないのね・・・。」
私はもはやどうでもよくなっていた。正直何故ヤツを追いかけてきたのかももう分からなくなっていた。確かに初めは私も真里香と一緒に殺して欲しいと思った。でも目の前で死の瞬間を見てしまうとやはり恐怖心が抑えきれないのだ。友達の死すら助ける事の出来ないこんな私が、自分から死ぬ事なんて出来るはずがない。



「クソ・・・。」
男の声が聞こえた。彼は先程殺された男の方を見つめている。私には彼に何があったのかは分からない。ただ、彼と私の境遇が近いということだけは感じた。

暫くして、男はふと私の方を向いてこう言った。
「そのカード・・・」
カード?私は一瞬意味が分からなかった。だが、少し経って分かった。彼は私が手に持っているこのカードの事を言っているのだ。このカードは会社の同僚である“松岡賢二”という男から突然譲り受けたもので、私自身どう使うのかは一切理解出来ていない。

「このカードの事を知ってるんですか?」
「ああ。まあ、そのカードを持ってるって事はろくな目に遭わなかったんだろうな。」
「え?・・・これそういうものなんですか?」
「は?まだ使ってないのか?」
「いや、色々あってロボットに追いかけられて、その時友達だけでも助けたいって思ったんです。それでよく分からずにこのカードをその友達の背中に貼って・・・あっ、」
その時、私は全てを察した。そして、その続きを口にする事は出来なかった。
「・・・そういう事だ。」
私は酷く後悔した。真里香の命を奪ったのは、私だったのだ。
「そのカードに書いてある“shift”ってのは、“交替”とか“入れ替える”って意味の英単語だ。それが分かってれば気付いた話だ。そのカードを誰かに貼れば、自分の罪を誰かに擦り付ける事が出来る。つまり、そういう事だ。」
もう私は言葉も出なかった。ただ下を向き、あまりにも辛い現実を、無理やり受け止める事しか出来なかった。残酷なのは世界でもロボットでも何でもない。私自身だったのだ。暫く、私は声を出す事が出来なかった。



「はぁ・・・いつまでヘコんでんだ?」
「あなたに・・・私の何が分かるって言うんですか?」
「分かるから言ってんだよ。」
「え?」
「俺だって、アイツの命を奪ったんだよ。」
「でもそれは、わざとじゃないんですか?あなたは、このカードの意味を知った上で使ったんですよね?」
「ああ。だからこそ自分が情けなくて、悔しいんだ。」
そして男は語り始めた。

「あの時、俺はただ歩いてたんだ。スマホでニュースを読みながら。そしたら速報で、刑法無効法とかいうバカみたいな法律が出来たってのが流れてきた。そしたらガーディアンが・・・あ、俺はあのロボットの事をそう呼んでる。で、そいつが来て、周りのやつをどんどん殺していった。歩きスマホってやつだな。俺が歩いてたのはかなりデカい道路だ。歩きスマホしてる奴なんか沢山いる。俺はそいつらが殺されている間を利用した。その隙に、ただひたすら逃げた。そしてコイツの家に行って一緒に逃げた。その時俺は、もう自分が助かる事しか考えられなかった。目の前で死の恐ろしさを何度も目にしたんだからな。」
男は少し涙目になった。
「コイツはあまり外に出るのが好きじゃない。だからコイツなら、もしニュースは見ていたとしても、俺みたいに現実がここまで恐ろしいことは知らないはずだと思った。俺には、それを利用するしか手が思いつかなかった。コイツは俺の思った通りだった。ガーディアンが見えなくなるとすぐに油断した。俺はコイツを呼び出してカードを貼った。もちろん気付かれないように。そしたらその後、コイツは俺を裏切った。“殺されるのはお前だけだから俺は逃げなくてもいい”とか言って。俺はそれを聞いて、コイツなら死んでもいいなって本気で思った。だが現実を見るとそれは全く違った。アイツの身体に刃が刺さって血が吹き出た瞬間、とんでもないほど胸が苦しくなった。止めたい。助けてやりたい。そう思った。だが俺はそれが効かない事を分かっていた。だからこそ悔しかった。アイツはもう自由に動けない。もう一度俺にshiftする事は出来ないんだ。俺は、アイツが死んでいくのをただ見ている事しか出来なかった。」
私だけじゃないんだな、と道徳じみた事を感じたのと同時に、おそらくこの男以外にもこのような境遇を持った人が大量にこの国中にいる事を察し、この悲劇の無意味さを改めて痛感した。
「同じなんだよ。俺も、お前も。どうしようも無かったんだよ。」
「・・・。」
その中で、私には一つ引っかかる事があった。
「あの、」
「なんだ。」
「シフトカードは何処で・・・」

その時、工場の奥からこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。



そしてまた、一人の男が現れた。

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