死刑

西田夏樹

2章 ③ shift

怖い。ひたすらに怖い。ただ恐怖だけが私を支配する。
死ぬ。私は死ぬ。その現実が私の他の思考を奪っていた。

いや、死なない。死なない。
そう必死に自分を説得するが、そんなことが無意味なのは明確だ。

もし、突然死ぬというのであればその恐怖は一瞬なのだろう。しかし今は違う。少し先の未来で死ぬのだ。死ぬことが分かっている恐怖というものは計り知れない。

毒に犯されるのか。はたまた刃物で刺されるのか。
どのように殺されるのか、よく考えてみれば全く想像もつかない、などと考え出し、おそらく少し脳が働き出してはきたものの、それでも「死」が間近に迫っているという恐怖感が私の心を犯してゆく。落ち着け。落ち着け。落ち着け。そう言い聞かせるが、逆にまたそれが私を焦らせる。



暫くした後に、私は虚無感に支配された。

何も頭に出てこない。
もう、終わりだ。何も考える必要なんてない。そう、もう何もかも終わりなんだ。

目の前が真っ暗になった。今度は何の感情も巻き起こらない。空虚。ただそれだけだ。



タッタッタッタッタッ
足音が聞こえてくる。その足音は私の方に向かっているように感じる。いや、気のせいだ。こんな私を気遣ってくれる人などもういるわけがない。私はこのままこうして、誰の目にも止まらぬまま死んでいくのだ。

私は完全に諦めていた。だが。

「ほら、早く行くよ!賢二、追わなきゃなんでしょ?」
真里香だ。なんだかんだこの子はこういう時はしっかりしている。
「ふぇえ、なんでこっち来れたの?」
少し混乱で変な声が出てしまった。見ると、長い大通りの信号はまだ赤のままだ。
「な~によその声!ほらこっち見て!」
「えっ・・・?」
歩道橋だ。少し先だが、歩道橋があったのだ。私は途端にバカバカしくなった。何故命をかけてまでこんな事を、と思う。だが、今私に死が近付いていることには変わりはない。私も真里香の手を握り、立ち上がる。
「よし!賢二追っかけるよ!!」
「えっ・・・あー待って!こっちこっち!!」
「ああ~そっちか!!」
なんだかんだやっぱりドジだ。そんな所も含めて大好きだ。



「ふわああああ!!」
突然、前を走る真里香が私の方を見て変な声を出した。
「ん?どうした?」
「何か・・・なんか来てるううう!!!」
振り返ると、後ろから人型ロボットのようなものが数体、こちらに向かって走ってきている。速さとしては大したことは無いが、手と思われる部分に取り付けられた刃物が異様な殺気を物語っている。
「え?真里香、待って。私、アイツに殺されるの?」
「殺されない!ていうか私が殺させないんだから!!」
何を根拠に言っているのかは分からないが、その気持ちだけはありがたく受け取っておくとする。

ふと、松岡に渡されたカードの事が思い浮かぶ。表面に書かれていたshift。どんな意味だったかなと考える。ああ、分からない。まさかこんな時に英語の勉強不足を後悔するとは、と思う。
だが、こんな時に渡してきたからには何か意味があるのだろう。せっかく大量に貰ったのだからとにかく使わなければもったいない、と思う。かなり判断力は鈍っているが、前を走る真里香を見ると、彼女だけは助かってほしいという思いでいっぱいになった。
「真里香!ちょっと待って!」
「え?何?人質にする気?そんなの許さないからね!!」
「いや違うよ!真里香にこれ、渡そうと思って!」
「プレゼント?そんなの後でいいでしょ!とにかく今は早く逃げよ!」
「多分何かの役に立つと思うから!」
「え?役立つの?マジで?貸して!!」
ふとカードを見ると、シール状になっているのが分かった。
「よし真里香!そのまま走って!」
「え?プレゼントは?」
「いいからいいから!とにかく走って!」
「何だかよく分かんないけど・・・OK!!」
私は走る速度を上げ、真里香に追いついた。そして背中にシールを貼り、私たちは路地裏に逃げた。

「ここまで来たら大丈夫でしょ~!」
「いや分かんないよ。アイツら人間じゃないからね・・・」
「そっかあ・・・で、これなんなの?」
真里香はシールのことが気になるようだ。
「なんか松岡さんから貰ったんだけど、イマイチなんなのか分かんなくて・・・」
「え?賢二が?なんでなんで?」
もうつっこむ気にもなれない。
「分かんないよ。」

ガチャンガチャンガチャンガチャン・・・
鉄の足音が近付いてくる。見つかる。そう確信した。
「逃げるよ!」
「うん!」
もう真里香も走るのに抵抗は無くなったようだ。というかこんな状況でうかうかと話をしている場合ではないが。

「二手に分かれよう!またどこかで合流しよう!」
「分かった!!」
先に走る真里香はこの先の曲がり角で曲がり、私はまっすぐ進んだ。そう、これで真里香の事は助けられる。来るなら来い。そう思った。



だがしかし、金属の足音はだんだん遠くなっていった。
後ろを振り返ると、ロボットの姿は無くなっていた。
異変を感じて真里香の曲がった角に戻ると、真里香がロボットに追い詰められていた。
運の悪いことに、曲がり角の先は行き止まりだった。
真里香は恐怖で声も出ないといったような顔つきでただロボットの方を眺めていた。ロボットは少しずつ真里香に歩み寄る。

もちろん、こんな所から眺めている場合ではない。親友が目の前で殺されようとしているのだ。だが、どうしても足が竦んで動かない。自分自身をここまで情けないと思ったのは初めてだ。だがどれだけ決心を固めても、体は動かない。
「止めて・・・止めて止めて止めて・・・やめて・・・」
ほとんど声にならない気持ちを放出する。だがその声はロボットには届かない。



そして。



ロボットの刃物が真里香の可愛らしい顔に突き刺さる。小さな顔はみるみるうちに赤く染まり、醜い姿となった真里香は人のものとは思えない叫び声を上げ、そしてその声は命の終わりを告げるように力尽きた。腹、足、手、そして首と、真里香の体は無残に切り刻まれていく。真里香の周りは血に塗れ、体もバラバラになっていく。
「もう・・・やめて・・・もう・・・いいでしょ・・・」
私はその場に倒れていた。親友のそんな姿は見ていられなかった。

原型をとどめていない真里香を背に、ロボットは私の方に歩き出す。
だが、ロボットは私の横を通り過ぎた。
「・・・ねえ、待ってよ。私も・・・私も殺して?ねえ、悪いことしたの、私だよ?殺されるの、私だよ?ねえ、なんで?なんで真里香なの?私でしょ?ねえ、殺してよ・・・殺してよ・・・」

しかしロボットは私のことなど見向きもせず、また何か獲物を見つけたように走っていった。

「死刑」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く