死刑

西田夏樹

1章 ② 死刑執行

一気に身体中に寒気が走った。もちろん、本物の死体などまともに見たことが無かったということもある。だがそれ以上に、“少し気を抜くだけで死の危険性がある”など、自分が生きているうちに体験するとは思っていなかったからだ。



突然、目の前が真っ暗になる錯覚を覚える。頭痛。目眩。そして沈静。

暫くして気が付くと、近くでも叫び声が上がっている。殺された人のものなのか、その瞬間を見てしまった人のものなのかは分からない。しかし、この国が既に異常な状態にある事は容易に想像出来た。恐ろしい。まだ少し頭は痛い。

テレビ画面はやっと可愛らしい犬の映像からスタジオへと切り替わる。向こうも混乱しているのであろう。急遽スタジオにいるジャーナリストが持論を語り出す。
「伊保氏は突然どうしてしまったのでしょうか・・・」
「殺されてしまった人々の遺体処理はどうするのでしょう・・・」
「この法は明らかに違憲では無いのでしょうか・・・」
的外れの意見が飛び交う。今世間はそんなコメントを求めていない、と思う。

テレビを切る。やっぱりどんな時でもテレビはテレビだ。僕の性には合わない。





ドンドンドンドンドン!!!
突然、部屋中に音が響き渡った。頭の中を恐怖の二文字が駆け巡る。僕は気付けば部屋の奥に蹲っていた。

ドンドンドンドン!!
音は鳴り止まない。それどころか次第に大きくなっていく。僕は恐怖心を抑え切れなかった。

「おい!!おい!!!おい!!!!」
今度は人の声だ。一体何が起こっているんだ。僕は混乱していた。

「宏!!開けろ!!!!」
宏・・・。僕の名前だ。・・・あ、そうか。知り合いか。





改めてよく考えればさっきまでの音はノックの音だ。緊急事態になると人は何気ない音にもこんなに敏感になるのだなと少し恐怖すら感じる。



ドアを開ける。外に立っていたのは僕の友人、瀧川忍であった。彼は僕の大学時代の同期で、僕が興味を失い大学を中退してからもずっと仲良くしている僕の一番の友人だ。

どうした?と声をかける間もなく彼は僕を押し退け一目散に部屋の中に入ると、さっきの僕のように部屋の奥で蹲った。

彼の顔は青ざめていた。いかにもとてつもない恐怖を体感した直後といった顔つきで、明らかに落ち着きを失っている。
「何があった?」
彼の口からは止まらない息が絶え間なく放たれ続ける。もはや息切れと言ったレベルではない。
「分かった。今はとりあえず安静にしろ。」
しかし彼は無理やり、しかしながら出来る限りの平静さを取り戻し、こう言った。
「逃・・・げろ・・・。も・・・う・・・無理・・・だ・・・。」



何があったのか問おうとした時、遠くから走るような音が聞こえてきた。だが、それにしては妙に金属じみた不快な音だ。その音は徐々に近付いてくる。今まで感じたことのない奇妙な違和感と恐怖が僕の脳を支配する。
「おい!!!なんだ!!この音と何か関係があるのか!?」
もう既に僕はかなり焦っていた。
「早く・・・逃・・・げろ・・・。」
「おい!!!」

不快な音が近付いてくる。先程の音は僕のアパートの階段を登っているようだ。何処から来るのか分からない未知の恐怖心が僕の身体を襲う。

すると、忍は奇声を発し、窓から飛び出した。それと同時に反対側にある僕の部屋のドアが突き破られる。その奥から出てきたのは見たこともない人型のロボット。例えるなら、外国のSF映画に登場するようなロボットだ。だが、そいつは手の部分が大きな刃物になっており、ロボットとは思えないほどの殺気を放っている。恐ろしい。僕もまたいつの間にか窓を飛び出していた。

瞬間、足に鋭い刺激を感じる。それから一秒も経たないうちに足の付け根にまで激痛が襲う。二階から飛び降りるなど通常の精神状態では出来ることではない。だが、今はそんな事を気にすることが出来る状態ではない。僕は何も考えずただ走っていた。ここまで死を意識した事はこれまでに無かった。僕はただ恐ろしかった。
忍はさっきまでの息切れもまるで無かったかのように走っている。火事場の馬鹿力とは凄いものだなと思う。

僕はこの瞬間で全てを理解した。先程のウィスプ(wisperに投稿される囁き)に添付されていた写真の殺され方、あれはやはり人の成す業では無かった。あれは明らかに、確実に後ろから追ってきているコイツの仕業だ。



逃げていると、見たこともない廃工場に辿り着いた。家から走っていて見たこともない所に来るということは、よほど遠いところまで走ったのだろう。火事場の馬鹿力は恐ろしいと改めて感じる。

もうロボットの姿は見えない。流石に追跡のしようは無いだろう。思い返してみると、窓から飛び降りるという判断が出来ていなければ、今頃は確実に死んでいた。一瞬の隙が命取りになる相手だった。



「こっちへ来い!」
忍が奥の方から呼ぶ。
「別にそこまで隠れなくても大丈夫だろ。」
「いいから来い!!」
そのまだ少し青ざめた顔に不安感を駆られ、僕も忍の方に歩み寄る。

「んで、これどうなってんだよ・・・」
「・・・ニュースは見たか?」
「ああ。」
「ならまあ・・・その通りだ。アイツらはどんな軽犯罪でも殺しにかかろうとして来る。“犯罪に重いも軽いもない”って、こういう事じゃねえだろ・・・。」
「で、なんであんなロボットが追っかけてくるんだよ。警察はどうしたんだよ。」
「分かんねえ。ただ、アイツらはそこまで足は速くねえ。とはいえアイツらは体力が切れることはねえ。それだけが厄介なんだよな・・・。」
そう言って彼は僕の背中を摩った。忍の手にこもった熱が僕の背中に伝わる。先程までの恐怖が嘘のように引いていく。友達・・・こんなに安心出来るものなんだな。僕は軽く微笑んだ。
「俺たちが限界を迎えるのも時間の問題だ。何か対策を考えないとな。」
そう言うと彼は僕の背中を叩く。信じられないほどの勇気が湧き出る。
「とりあえず俺はアイツらの事を“ガーディアン”って呼んでる。少なくとも警察よりは厄介だ。」
「んで、何でお前はアイツらに追われてんだよ。何やらかしたんだよ・・・」

と、その時、工場の奥の方から何かが壊れる音が鳴る。するとまた、あの不快な足音が脳に響き渡る。一瞬で先程の恐ろしい記憶が鮮明に蘇る。



「アイツらは、どれだけ逃げても追いかけてくる。」



忍はそう言うと、またとんでもない早さで逃げた。コイツ、凄い無責任だ。
「なんでそれを先に言わねえんだよ!!」
「言ったところで何も変わんねえだろ!!」
「さっきの時間で逃げれただろうが!!!」
「結局見つかるんだから同じだろ!!」

意味の無い責任の擦り付け合いが始まる。元々溜まっていた疲れは、ここに来て一気に体に染み渡ってくる。先程まで頭の中を描いていた美しい虹は一気に曇り空に変わり、そして夕立に変わった。僕の心を恐怖が支配した。生きたい。生きたい。生きたい。何をどうしようとも生きたい。
人間は命の危険が迫るとやはり自分が全てになるのだろう。それが生物の本能ってやつなんだろう。それを僕は全身から感じていた。そしてその時、僕の頭の中に一つの答えが浮かんだ。僕は立ち止まった。

「おい!逃げろよ!!!」
「いや・・・よく考えたら・・・。」



「殺されるのはお前だけだろ。」



我ながら最低な発言だった。もしもこの後また2人で過ごす時間が訪れるのであれば確実に謝罪では済まないだろう。だが、そんな時間が訪れないことはもう誰の目にも明らかだった。ヤツらは、速くは無いが疲れない。人間に勝ち目は無い。

金属の足音が徐々に近付いてくる。もうその音から不快感は感じない。人を裏切ってここまで安心出来るとは思ってもみなかった。これなら初めから逃げなくても良かったなと思った。さっきの安心感や勇気などは脳裏から完全に消え去っていた。誰にも管理されず放置された部屋のようにどんどん心は汚れていく。





瞬間、肩に衝撃的な痛みが走った。肩の骨に金属の感触を感じたかと思えば、それはみるみるうちに体の中に入り込んでいく。皮膚。筋肉。骨。全てが無残に斬られていく感触を感じる。世界がスローモーションで動いているようだった。人は身の危険が目の前に差し迫った時、脳が通常の数倍の早さで動くため、全てがゆっくりに見えるそうだ。
「おい・・・目標は・・・僕じゃないだろ・・・」
ほとんど声にならない嘆きを口にする。その瞬間、口からも血が零れる。もう既に命は永くないと確信していた。最後の言葉としては最低だったなとまだ息絶えていないにも関わらず振り返る。もう言葉が話せる気力は残っていない。だが、そんな時に限って頭の中には笑顔の忍が浮かぶ。忍は僕の脳内でくしゃくしゃの笑顔で笑っている。だが、記憶の中の忍が笑顔になればなるほど、僕の胸は痛む。胸が張り裂けそうな感覚を感じる。頭の中を後悔の二文字が駆け巡る。なんでさっきあんな事を言ってしまったのか。なんで・・・。なんで・・・。もはや背中の痛みとは比べ物にならないほどに胸も傷んでいた。そうか。これが走馬灯なのか。そして僕は悟った。・・・そうだよな。こんな最低なやつ、殺されて当然だよな。



長い長い一瞬が過ぎ、宏は息絶えていた。ガーディアンと呼ばれた人型の機械は忍の方には見向きもせずに廃工場を去る。そして、工場には静寂が訪れる。









「クソ・・・。」
忍の声が工場中に響き渡った。

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