イセカマジックストーリー《異世界×オカマ×魔法》

海野藻屑

32見えない意図


左の頬が暖かい。
この感覚は未だに新鮮だ。何度も何度もこの光で目を覚ましている筈なのに、この世界の太陽は前のとは違って何か優しい物を含んでいる。そんな気がする。

朝だ。
この世界の住民はこの心地よさを感じるために、毎晩眠りについているのかもしれない。
そう思えるほど心地よい朝だ。

目を開ければ、目の端には並んでいる3つの顔が見える。
そこで初めて、自分が追われている身だということを思い出す。

「支度しないと。」

身体を起こすと、ベッドが固かったせいか背中と腰が痛い。思わず顔が歪んでしまう。
立ち上がって少々のストレッチをすると、隣で寝ていたウィルが目を覚ました。

「おはよう、ウィル。」

目を擦りながらウィルは挨拶を返す。

「おはよう。二人はまだ寝てるんだね。」

「うん。そろそろ起こした方が良いよね。」

窓際へ行ってまだ寝ている二人の顔を確認すると、エナスは眉根にシワを寄せているのに対し、ネロは何故かニヤニヤしている。
視線をずらせば、全く別の表情を浮かべている彼女らの手はどうしてか強く繋がれていた。
たとえ寝ている間に勝手に繋いでいたのだとしても、その光景は私を安堵させた。

「いつの間にか仲良くなったお二人さん!朝だよー!」

起きない。

「おーい!」

起きない。
こうなったら最終手段である。
中学生の頃に流行った「しっぺ、でこぴん、ババチョップ」で鍛え上げたスーパーデコピンの出番だ。

ネロのでこに、中指が真ん中にくるように右手を置き、左手で中指を目一杯持ち上げる。
一度深呼吸をした後、その中指を彼女の頭蓋骨がカチ割れるほどの勢いで振り下ろした。

パチィィィン!



中指を冷やすように右手を振りながら、私は満足感を覚えていた。
正面ではネロが身体を起こして、真っ赤になったでこを涙目で押さえながら呻いている。
心なしか、でこから湯気が出ている気がする。
ハイパーデコピンに昇格だな、これは。

「もっと優しい起こし方あるでしょ…。ぐすん」

「2回目で起きないのが悪いんでしょー。」

「なんで私なのよ。エナスでもいいじゃない。」

そう言ってネロは、自らの呻き声で起こしたエナスを指差す。

「大丈夫?なんか呻いてたけど。」

「大丈夫じゃないわよ。脳細胞が半分くらい無くなったわ。私がアルツハイマーになったら絶対にサラのせいよ。」

それを聞いたウィルとエナスはポカンとして首を傾けている。
この世界ではアルツハイマーは知られていないようだ。

「そんな大袈裟な。ていうか、二人はいつの間にか仲良くなったの?手も繋いでたみたいだし。」

「「え!?」」

こちらが驚くほどの大声を二人が合わせた。

「「何もない何もない!」」

またも同じ反応を見せる二人。
不自然なほど否定していてかなり怪しいが、今はまだ聞かないでおこう。
二人の間の壁が少しでも崩れたのであれば、それで十分だ。

そこでドアがノックされた。

「あの、お客様。防衛軍の方が話を聞きたいと仰っておりまして。通しても宜しいでしょうか?」

受付にいた宿屋の女の声だ。
ドアの向こうで発せられた言葉に、身体が固まる。
他の三人も同じなのだろう。誰一人としてドアに近付く者はいない。
あまりの衝撃に頭が真っ白になる中、冷静な声が耳に入った。

「とりあえずお金を置いて窓から出ましょう。時間がないわ、急いで。」

すっかりでこが元通りになったネロは、荷物から銀貨1枚を出して机に置き、親指で、窓から出るよう指示を出す。

外に出た後は全力疾走でペリギアの街を駆け抜けた。


宿屋の女は返事がないのを不思議に思い、失礼しますと言ってドアを開けた。

しかしその部屋は既に空となっており、机の上に輝く銀貨だけが、昨夜ここに人がいたことを示していた。

「安全確認をするためにパトロールしていただけだが、逃げたとなると怪しいものだな。本部へ連絡するから、この部屋を使っていた者の特徴をこれに書いてくれ。」

女の後ろにいた大柄の男が、懐から紙とペンを出して女に渡した。

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