異世界でデスゲーム~この世界で神になる~

流転

白狐

「だが、このまま嫌な方角へと向かうのも気が引けるよな……」

 進むと言ったものの、ただならぬ危機感を本能は知らせていた。

 闇の中に手を伸ばし、何かを掴む恐怖と言うのは計り知れない。孝介は、重い足取りで不安を語尾を濁らせつつ吐露する。
 だが、琉璃は相変わらずと言って良い程に気を落ち着かせ、一字一句をシッカリと口にした。

「仕方が無いじゃろ。うい達は、このアーテルを護らねばならない運命さだめ。故に、出口は一つしか無いのじゃ」

「そう……なのか」

 未だに止まること無く向かい来る風。
 木々をすり抜けやってくるが為に音と言うのも不気味でおぞましい。
 まるで、地獄で嘆く死者の呻き声。そして、嗅覚を刺激する焦げた臭い。

 間違いなく何かある、いや何かが起きている。確信は、孝介の胸を激しく叩き、吐きそうなぐらい息は詰まる。

「……うっ」

「大丈夫ですよ、マスター。私が居ます」

 胸を手のひらで叩き、ララエルは孝介を励ます。

「けど、お前……ッ」

 平然と装う声と表情とは裏腹に指先は微かに震え、膝も隠してはいるが笑っていた。誰しもが、その先へ向かう恐怖と戦っている。にも関わらず、目の前に居る小さい天使は、憂いて、自分を騙して、励ます。

「はい? どうなさいました? マスター」

 小首をかしげるララエルに返す言葉も無かった。あるはずも無かった。優柔不断で、決断力に乏しい自分に、忠義を尽くしてくれる。
 孝介は、情けない自分を咎めつつ首を振るった。

「いいや。何でもない」

 孝介は、魅せる笑顔にどれだけ救われて来ただろうか。過去が跳ねあげた鼓動を宥め、一つ短い息を吐き捨てた。

「ふう、ありがとう。そうだったな、俺どーしても目の前事で焦ると何も見えなくなっちまうんだ」

 上手くいかない事に、弱い自分に、むしゃくしゃとして孝介は前髪をかきあげる。

「マスター……。ならば、私がマスターの目となり耳となり、共に困難を分かち合います。いいえ、分かち合いたいのです。
 貴方様が見る景色を私も、観たい」

「お前は、強いな。こんな状況にも関わらず」

「こんな状況だから、こそですよ。マスター? 初めてマスターは、一歩踏み出したのです。ずっと、お側にお使いし御慕いしていたから分かります」

 力強く、嘘を疑う必要も無い曇りなき眼。その双眸は孝介を見る訳でもなく、琉璃を見る訳でもなく、ただ一点に先を見つめていた。
 決意が優しい桜色の瞳、奥深くから湧き上がり感じる迫力は生唾を飲み込む程に凄味がある。

「ありがとう、ララエル」

「いいえっ。感謝をしたいのは私なんですから」

「話してるとこすまぬが、どうやら御客人のようじゃ」

 先頭を行く琉璃は、立ち止まりジッと先を睨む。
 次第に、物を踏む音が近づいてくる。

「コイツが、この嫌な雰囲気の元凶なのか……」

 暗く、体は見る事が出来ないが、微かに通す陽の光で二つの目は野獣の如く鋭く光る。
 孝介は、柄に手を携え足を肩幅程度に開き臨戦態勢を取り、戦いに備えた。が、目の前の琉璃は左右に首を振るう。

「いや、この匂いは……違うの。お主は、ナユタじゃな?」

 何処か貫禄のある呼び声に、先に居る生き物は弱々しく震え掠れた声で応えた。

「おお、やはり……。この匂い、この凛としたお声はルミル姫……」

 今にも消えそうな蝋の如く遠い声に孝介は疑問を抱く。

「姫? ルミル? 何を言って……?」

「ういの真の名じゃ」

 木の影から姿を見せたのは一匹の狐だった。
 大きさにして、孝介の腰ほどにあり跨がれば乗っかったまま移動すら出来そうなぐらい逞しい。

 二本の尻尾と、真っ白い毛が特徴的でありながらも、金色に鋭く光る二つの宝石も異彩を放っていた。が、その目に宿る灯火は今にも消えそうだと感じる。

「そう、なのか?」

「うむ。じゃが、今はそんなのどうでもいいじゃろ。ナユタ、その怪我どうしたんじゃ」


 琉璃は、孝介の疑問を振り切りナユタの元に近づく。
 真っ白い毛には夥しい量の血が滲み、来た道には赤い道が出来ていた。
 間違いなく致命傷は免れていないナユタは、口から血を垂らしながらも懸命に言の葉を血飛沫と共に放つ。

「それが……。力を持った人間が……。お逃げくだされ、わたくしめの命は、ルミル姫に知らせ逃がす事。今はルミル姫の父様が足止めをしています。その内……に……」

 力無く倒れ、重々しい鐘の音が命の終わりを知らせた。
 縋り、泣きつく事もこの世界、創られた世界は許さない。
 五秒、たった五秒で姿形は粒子になり消え去るのだ。

「その言葉、しかと聞き届けたぞ」

 前の世界では、魂はなくとも器は残り、誰しもが器に嘆く。
 この世界の生き物はそれを知らない。
 心境を理解する事自体が無謀だと気が付くのに孝介は時間がかからなかった。

 消える粒子を看取ると、琉璃は来た方向へと体を向ける。

「そーゆ事じゃ」

「そーゆ……ッて……まさか」

「そうじゃ。我が種族がこの有様じゃ流石に分が悪い。引き返し、日を改めるしかないの」

 平坦で、感情すらあるか分からない声が孝介は許せなかった。
 なぜ、ここまで冷静になれるのかと、握った拳には自然と力が入る。

「ま、待てよ!! このままで良いのかよ!」

「無論じゃ」

「むろ……ッ。ソイツも言ってたじゃねぇか! 今、琉璃の親父さんが戦ってるんだろ!? なら……ッ」

 尾を向けていた琉璃は、体制を変えて孝介を鋭い眼光で射る。

 だが、一向に声からは感情を感じない。

「なら、なら……なんじゃ? 救いに行け、と?」

「そ、そうだ!! 俺達で撹乱して、隙を見て」              

「相手の人数は? 相手の特徴は? 主は、何が分かると言うのじゃ?」

「グッ──」

「そうじゃ。その渋い顔が何よりもの証拠なんじゃよ。うい達は何も知らぬ。コヤツが紡いでくれた道じゃ」

 視線を落とし、琉璃は言う。その光景が頭を下げているようで、負けを認めたようで孝介は悔しかった。血の繋がったたった一つの家族を他人に奪われる事を承諾したのが苦しかった。

「じゃあ……」

「マスター?」

「お前等だけで逃げろよ」

「お主、何をッ!!」

「俺は一人でも助けに行くッ!!」

 孝介は、冷たい視線で琉璃を穿ち背を向けて走り出した。
 血のあとを辿り、何かが待つであろう場所へと。

 怒りと悲しみと憎しみを乗せて。

(──俺は、一歩踏み出すんだ。)

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