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ノベルバユーザー162508

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それから何日かして例の女性が俺の一つ隣の駅から乗ってきていることに気付いた。
偶然見かけた一つの親切から俺はいつからか彼女を観察するようになっていた。

彼女はその小柄な体には似つかわしくないA4サイズの大きな鞄を持っていた。
その鞄には何が入っているのかいつも重そうだった。
女性は荷物が多いというがそんなになのかと言いたくなってしまう。
そして左手の薬指には小柄な彼女にぴったりなシンプルな指輪がついているのにも気付いた。
そして昼間にもよく近くの銀行やコンビニに入る制服姿の彼女を見かけるようになった。
どこかの会社の事務員か何かだろうか。

昼時にビル内のコンビニに立ち寄ったときに彼女を見つけた。
胸元のポケットには小さなプレートに「橘 絵里」と書かれている名札がついていた。
ぼーっと彼女を見ていたら彼女と目が合った。
ドキッ......
罪悪感のような恥ずかしさのようななんとも言えない気持ちになった俺とは裏腹になんと彼女は声をかけてきた。
「あの、失礼だったらすみません。ネクタイが曲がってますよ。」
オフィスビルなだけあって周りにはスーツを着ている人も多い。
気を使ってくれたのだろう、小声で話しかけてきた。
「あ、どうもありがとう。橘さん。」
いつも遠目から見ていた彼女が目の前にいて俺に話しかけてきたことに動揺してしっかりと名前を呼んでしまった。
彼女は少し不思議そうな顔をしてすぐに思いついたように「あ、これですね」と胸元の名札を指差しニコッと目を細めた。
「いつもカーディガンで隠すようにしてるんですけど動いてるといつのまにか隠れてないんですよね」
と少しはにかみながらカーディガンの中に名札を隠した。
「では私はこれで」
振り返りおにぎりとカップの味噌汁を持ってレジに向かう彼女に「俺、川本仁人です!」。
無意識に咄嗟に口から自分の名前がついて出た。
彼女は笑顔で振り返り「橘 絵里です。朝も同じ電車ですよね?会社まで同じビルなんだなって前から思ってたんです」
彼女も俺に気付いていたらしい。
まさか観察してたのがバレてるのではと急に恥ずかしくなった俺は「じゃあまた」とやや早口で彼女に告げて何も買わないままコンビニから出た。

仕事が終わる頃には昼飯を食べ損ねたこともあり会社近くで何か食べて帰るか考えながら歩いていると後ろから声をかけられた。
「川本さん!」
振り返ると俺を呼んだのはどうやら例の橘さんだったらしい。
小走りに俺の方にかけてきた。
やや恥ずかしさを感じ少し俯きながら「昼間はどうも」とやっとの思いで言葉を吐いた。
「お帰りですか?帰りが一緒なのは初めてかもしれませんね?昼間はあんなところですみませんでした」
「いや、あのまま外出する予定だったんで助かりましたよ。」
「それならよかったです!」
嘘をついた。
俺は内勤だし外出なんてしない。
彼女も俺を見てくてれていたことに驚いたことに気付かれたくなくて。



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