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ノベルバユーザー162508

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あの人が俺の視界に入り始めたのは今からちょうど1年ほど前だった。

12月も半ばに差し掛かり俺は年末に向けて仕事が忙しく朝の通勤が憂鬱な時期だった。
電車内は人も多く立っている人も多い。
「ここどうぞ」
スマホに目を落としていると不意に近くから席を譲る女性の声が聞こえた。
何気なく声の聞こえた方に視線を向けると小柄な女性が足を怪我したらしい松葉杖の男に席を譲っているところだった。
電車内ではよくあることだ。
俺は再び手に持っていたスマホに視線を戻した。

そして会社の最寄駅で電車を降りようとすると例の女性が壁を作るように席を譲った松葉杖の男に道を作っていた。
多くの人が降りる駅でも他人の邪魔にならないようなとてもスマートな壁だった。

松葉杖の男は女性に小さくありがとうと言って女性とともに降りていった。
俺も後を追うように電車を降りて会社に向かって歩き出した。
改札を出たところで女性と松葉杖の男は別れたようだ。
そこまでを歩きながら視線の端で眺め通りすぎた。

俺の勤める会社に向かう為、ビルのエレベーターに乗り込むと先程の女性が乗り込んできた。
どうやら俺と彼女は同じビルで働いているらしい。
彼女より先にエレベーターを降りた俺は電車内での出来事で忘れかけていた憂鬱な気持ちを思い出しながら会社のドアを開いた。

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