ナイモノネダリ
2
◯
「おはよう、渡辺さん!」
あぁ、きた…
A子だ。
先に席についていた私は、A子を見上げた。
「何が目的だよ!って顔してるね」
クスクスと奇妙に笑っている。
何が面白いのか私には全く伝わらない。
「わったなべさ〜ん!!あっ、可愛い筆箱持ってんね!」
昨日まで、一言も話してこなかったクラスメイト1が私に向かってそう、言った。
「いや、そんな事ないよ。」
そう言いたかったけれど、やっぱり微かな息音がするだけ。
また、クスクスと笑いだすA子とクラスメイト1。
すると、クラスメイト1がこう言った。
「この筆箱可愛いな〜、欲しいな〜!えっ、貰っていいの!?ありがとう!!」
急な展開に、驚くことを忘れていた私は大きく目を見開いたままだった。
教卓の前で女子が5人ほどで何かを笑いながら話している。と、後になって気が付く。
女子に囲まれた私の筆箱は、なぜか泣いているように見えた。
あの日から私への嫌がらせはエスカレートして、靴を泥まみれにされていたり、教科書をビリビリに破られていた。数学のノートには、
「死ねばいいのに」と赤いペンで書かれていた。
『なんて子ども染みた事をするのだろう。』
私の頭の中にはそんな言葉ばかりが浮かぶばかりだったが、日が経つにつれて私の頭の中には1つの疑問が出来上がっていた。
『自分の居場所を見つけたばかりの高校生が、他人を傷付けている余裕なんてあるのだろうか?』
1人でも生きていけるだなんて根拠の無い自信を持っている人もいる。だけど私たちは所詮たったの16歳なのだ。
大人たちに監視されて生きていかなければならない。
なら、自分を守るのに必死なのでは無いのか。
16歳の少女たちから嫌がらせを受けている私は16歳ながらにそう感じたのだった。
ー5月25日ー
A子を含めた女子たちが私に嫌がらせを始めてから、ちょうど1ヶ月がたった今日。
いつも間接的に嫌がらせをしていた彼女達は、今日初めて直接的な嫌がらせをしてきた。
授業中、後ろの席の子に髪の毛を引っ張られた。
そんな事をするような子では無かったのに。きっと彼女も、自分の居場所を失いたくなかったあまりにA子たちの圧力に勝てなかったのでは無いかと私は考えている。
しかし、私は絶望した。
私のクラスの桜井という男の担任は、私が嫌がらせを受けている事を絶対に知っている。
なぜ私に一言すらかけてくれないのか。
生きている限り、結局は権力の高い人間が必ず得をする世界なのか。少数派の人間は多数派には必ず負けてしまうものなのだろうか。
嫌がらせに対しては、全く何も思わない。
だって、私は彼女たちに僻まれて、彼女たちのストレス発散の道具となってしまっただけなのだから。
仕方がない。
5月26日の夜の出来事だった。
いつも通り、学校では嫌がらせを受けて、家に帰ってお風呂に入ろうとしていた時だった。親には心配をかけるのが面倒くさいから、嫌がらせをされている事は隠している。
ケータイの画面に目をうつすと、私が自分自身の事を発信するために入れたアプリに、1件のダイレクトメッセージが届いていた。
はじめてご連絡させていただきます。
GBテレビ局の宮沢と申します。
先日SNSでの投稿を拝見し、
是非、GBテレビ局の「少年少女」という番組に出演していただきたく、ご連絡いたしました。
「少年少女」は、色々な不条理がこの社会に存在しているのに対して、自分らしく生きている中学生から大学生の方に密着して、未来のために子ども達の意見を大切にしなければいけない事を訴える番組です。
お忙しいとは思いますが、
お返事をいただければ幸いに存じます。
是非、よろしくお願いいたします。
                                           宮沢
それは、テレビ局からの出演依頼だった。
SNSでは、私が高校生になってからフォロワーの数がすごく増えたのは自覚していた。
だけど、まさかテレビ局まで届くとは思わなかった。
この番組は昔からやっていて、お母さんと良く見ていた。
「玲にも、自分の意思をしっかりと持った女性に育ってほしいな。」
そんな事を言っていた気がする。
出演したい気持ちは山々。しかし、私がこの番組に出演する事によって、嫌がらせが更にエスカレートするかも知れない。 
いや、もしかしたらこれはチャンスなのかも知れない。
1つの案が出た。
『この番組で嫌がらせを受けている事を公開するのも、有りかも知れない。世間とあの子達はどんな反応をするのだろう?先生の事も言ってやろうか?』
面白くなりそう。
そんな事を湯船に浸かりながら考えていた。
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