異世界でもプロレスラーになれますか?

大牟田 ひろむ

第34話 拳のぶつかり合い

「いやぁスッキリしたわい。お、にいちゃん戻っとったんかい!」

 清々しい表情をしたグランのおっちゃんが便所から戻ってきた。

「この歳になると尿意が近くてのぉ、はっはっは!」

 恥ずかしいからそんな事大声で言わないで欲しいんだがな。他の出場選手たちがこっち見てるし。
 
「おっちゃん次試合っすよ。そろそろ準備した方がいいんじゃないすか?」

「おぉ!もうすぐ試合か!すっかり忘れとった!そんじゃ竜平、にいちゃん、また後での!」

 そう言っておっちゃんは入場待機場所へと向かっていった。

 2回戦第3試合も終盤に差し掛かっている。終わったら次はグランのおっちゃんの番だ。対戦相手のフクロを被った変人。1回戦で対戦相手を一撃で沈めた力は相当のものだろう。おっちゃん、油断は禁物だぞ。

『2回戦第3試合終了いたしました!これより2回戦第4試合を行います!』

 アナウンスが流れ、俺とリースは待機場所の試合がよく見える場所へと移動する。

『お待たせいたしました!西ゲートより顔は強面、武闘家職でありながらなぜか鉞を担ぎ、そしてなぜか鍛治職人。結局どっちなんだ?グラン・オーレンズ選手の入場です!』

 アナウンスしてる人もよく分かってないグランのおっちゃん流石だな。

『そして東ゲート、今大会注目選手の1人!1回戦は相手をその拳の一撃で相手を葬り去り、またなぜかフクロを被っている怪人!謎の男、ミスターフクロ選手の入場です!』
 
 あいつの実力だけは未だ未知数だ。グランのおっちゃんの強さもよく分かってないがこの試合、楽しみなカードだな。

『それでは試合、始め!』

 試合開始と同時におっちゃんは勢いよく飛び出した。相手の実力が分かってない以上、最初は様子を見るべきだとは思うがおっちゃんみたいに真っ直ぐな人にはそんな事は思いもしないだろうな。
 
「どっせーい!!」

 おっちゃんは鉞を両手で横薙ぎに振るったが、対するフクロは後方に軽く跳びそれを躱す。

「逃げるのは上手いみたいじゃなボウズ!じゃが次はそう簡単にはいかんぞ!」

 おっちゃんは先程と同じモーションでフクロとの間合いを詰めて行く。すると今度は下から斬りあげるように上に向かって鉞を振り上げた。しかし…

「なんだよ、さっきと変わらねぇじゃねえか」

 フクロは鉞を避けることもせず、横から蹴りを入れ、鉞を吹き飛ばした。
 飛んでいった鉞は地面に落ちると同時に粉々に砕けてしまう。

「なんだあの鉞は。お前鍛治職人だろ?大した腕してねぇみたいだな」

 表情は読めないが、明らかに馬鹿にした感じがする。

「はっはっは!ワシは趣味で鍛治職人をやってるだけじゃからのぉ。本職は武闘家じゃ!」

「面白れぇ、そんじゃいくぞぉぉぉ!」

 2人の拳がぶつかる。パワーは互角。だがスピードに差が出ていた。いくら強くとも歳には勝てないのだろう。徐々におっちゃんは押され始めている。

「……お父さん」

 隣にいるリースも流石に心配なのか、ただひたすらに試合を見守っている。

 そしてついにフクロの拳がおっちゃんの腹部を捉えた。

「ぐっ……」

 おっちゃんは地面に膝をつき、それでも立ち上がろうとするが力が入らないようだ。

「へっ、どうやら終わりのようだな。まぁまぁ楽しめたよ」
「ふん、フクロなんざ被った変人かと思っとったら案外やりおるわい」
「おー、変人で結構。それじゃこれでリタイアしな!」

 フクロはおっちゃんの頭部めがけてかかと落としの体制に入る。これが入ればおっちゃんはもう動けないだろう。

「オラァァァァ!」

 振り下ろされるフクロの足はおっちゃんの頭部に直撃———しなかった。

「がっ!?」

 見るとフクロが宙を舞い、地面に倒れ込んでいる。
 たった一瞬の交戦。おっちゃんは僅かに残った力を振り絞り、かかと落としを交わし、そのままフクロの顎めがけアッパーを繰り出していた。

「はっはっは、どうじゃ小僧。最後に一撃、喰らわせる事ができたわい……」

 そう言うとおっちゃんはそのまま仰向けに倒れてしまった。
 ダメージはかなりありそうだが、命に別状はないだろう。
 対するフクロもダメージは負っただろうが既に立ち上がっている。

『な、なんとぉぉぉ!カウンターを仕掛けたグラン選手、ダウン!前半の素晴らしい激闘から最後は見事なまでのアッパーを見せてくれました!しかし、それをまともに受けて立ち上がったこの男!勝者は、ミスターフクロ選手!』

 ウォォォォォォ!!!

 会場全体から大きな歓声と拍手が飛び交っている。今の試合を見ればそうなるだろう。俺だって、涙腺緩んでるし……。

「……ちょっとトイレ行ってくる」

 そう言うとリースは小走りでトイレへと行ってしまった。父ちゃんが負けたんだもんな。流石にリースも悔しいのだろう。

『おぉーーーと!ミスターフクロ選手!何をする気だ!?』

「おいおい、俺に一撃入れといて勝手に負けてんじゃねぇよ!オラ起きろ!」

 フクロはおっちゃんの胸ぐらを掴み上げ、意識の無いおっちゃんに向かってパンチを繰り出す。だが……

「もう試合は終わってんだろ」

 おっちゃんの顔にフクロの拳がぶつかる寸前、言葉よりも先に体が動いていた。その拳を止めたのは俺だった。無意識のうちに2人のそばまで跳んでいたようだ。

「あ?てめぇ邪魔してんじゃねぇよ。ふざけた被り物しやがって」

「お前にだけは言われたくねぇよ、この変人が」

 こいつと違って俺は寝る間も惜しんでマスクを作ったんだ。それをふざけた被り物?ただフクロを被っただけの奴に言われたく無い。

「順当に行けばお前とは準決勝で当たる。そこで決着つけてやるよ!」

「面白ぇ、やってやろうじゃねぇか。3回戦で負けたりすんじゃねぇぞ?」
 
 フクロの変人はそう吐き捨てて退場して行った。
 俺はグランのおっちゃんを肩に抱え、待機場所へと戻った。




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