英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-25 依頼達成…?



上昇に当たり急激にかかる圧力、紫に染まる視界。
テュールは重力に捉われ足元(…と呼んでいいのか不明だが)に伏せる形になる。
中心にいるロプトとウォーデンは膝をつく程度で済んでいる辺り、力量の差が見て取れる。

時間にして10秒もなかった。
放出された紫の魔力は大気と混ざり合い靄となって消える。
視界には茜色に染まる地平線と広大な山々のシルエットが幻想的で思わず見惚れてしまう程の美しい景色が広がっていた。

だが、当人達はそれどころではなかっただろう。少なくともテュールだけは。
上昇する勢いは凄まじい物だったが、やはり重力という事象に逆らい続ける事は出来ず徐々に勢いを弱め、次第に上昇から下降へと力の方向を変えることになる。

「ロプトーッ!!こっからどうなるっ?!」

「勿論、落ちるだけだよ?それよりすごい絶景だよっ!テュールちゃんも今しかないこの景色を楽しみなよ」

「ふむ…確かに。逢魔が時だったのも丁度いいな。中々見れるものではない」

「そんな場合じゃねぇっ!!死ぬから!!」

焦るテュールと引き換えに二人は至って冷静だ、むしろ呑気とも言える。ウルは気を失ったままなので勿論現状など理解できていないが、もしも意識があったならテュール以上に取り乱していた事だろう。
彼女にとっては唯一の幸いだったかもしれない。

「落ちてる!!落ちてるから!!ウォーデンさんっ!」

「あははっ!大丈夫だってー!」

「……」

無視っ!?

ロプトが何処からか取り出した妙な形の笛を取り出し吹き始める。
どこか懐かしい音色が空へ響き、山々へと木霊する。だがその間も事態は容赦なく進み、重力に従い下降は勢いを増す。
山の頂上も見え噴き出した岩が転がっている様子も視認できるほど地面へと近付いている。

(くそっ!自分で何とかするしか…!そうだ!シルフィの風で…!駄目だ!まだインターバルが……なんとか出来ないかアゾット!?)

短剣は沈黙を貫き丸っきり反応しない。

…動けないのか…?

更に近付く大地にテュールが諦めかけたその時、大きな影が足元を横切った。

「何度もごめんねクロコ。ちょっとお客さんがいるけど今だけ許してね!」

ロプトがそういうと俺たちの足元に黒い地面が現れた…いや、何の衝撃もなく出現した。

「……?」

「ほう。こいつはお前の使い魔か?」

「そうだよ。僕の友達、ブラックドラゴンのクロコだ」

「なるほど、厄介だ。確かにあのままやり合っていたらどうなっていたかわからんな」

笑いながら話すウォーデン。屈託のない物言いは勿論、本気で言っている訳ではない。なんせ彼は手札を何も切っていないのだ。平気で口にする辺りこの程度ではまだ余裕があるのだろう。

「ブラックドラゴンって…獰猛で懐く事はないって言われてるのに」

「確かに不可能だと言われているな。だが今ここで起きている現実をどうやって否定できる?誰かの知識に捉われるな。その目で見た世界が本物だ」

簡単に言うけど……理屈は理解できるが感情が納得するかは別だ。
凶暴、凶悪なドラゴン。その背に乗っているのだ。ここで「助かった…」と安心出来るような人間は間違いなくネジが何本か抜けている。
ウォーデンさんはそんな俺を放置してロプトへと歩み寄っていく。

「五合目辺りに学者連中の調査拠点があった筈なんだが、少し周ってもらえるか?イーダフェルトの山道の方だ」

「いいよー!クロコお願いねっ」

ロプトの一声で大きく旋回し、景色が回転する。クロコと呼ばれたドラゴンの巨体さもあるが、空を移動できるというのはなんて楽なんだろう。
丁度イーダフェルトの反対側だったようだが、数分もかからず拠点の上空へと辿り着く。

「誰もいないようだな。ロプトはこれからどうする?」

「そうだねぇ。少しの間ウォーデンに付き纏おうかな?面白い事があるかもしれない」

「付き纏う、か。ククッ、正しいな。このままイーダフェルトに戻ったら大騒ぎになる。ここで降りて歩いて村へ戻るぞ」

「はーい!クロコそこら辺で降りれるかなぁ?よろしく!」


ようやく地面に降り立ち、大地に足を降ろすと無事だったんだと改めて実感する。クロコは大きな翼を羽ばたかせて地平線へと消えていった。

依頼は…どうなるんだ?

「ウォーデンさん、依頼はどうなるんです?」

「お前の依頼は完遂でいいぞ。今回の報酬は銀貨7枚だな」

……かなり減らされた…ここで食いかかろうものなら更に減らされるに違いない。大人しく従おう。

「わかりました。ウォーデンさんの依頼は?」

「俺は異常の調査だからな、まだかかるさ。地元の人間には悪いが、山が死のうが関係ない。ただどうなったのか調べるだけだ。ロプト!お前のせいで手間が増えたんだ、手伝ってもらうからな」

「えぇっ!遊びに行こうよっ!テオドリクの迷宮とかヴァンダルの遺跡とか!」

「早く仕事が終われば考えてやる」

「やったぁっ!すぐ終わらせるよ!なんでも言って!」

……遊びなのか?俺の記憶が正しければどちらも危険度Sランクの未踏破区域だった筈なんだけど……

「まずは村まで戻って安否確認だ。この娘も引き取って貰わんとな。もうすぐ日も暮れる、急ぐぞ」

四人は山頂から見下ろす一人の男に気が付かないまま、山を下り始める。
山頂に立つ男は目を細め、じっと一行を見つめていた。


「…ロキ……あれから何百年経ちましたか…?まさか貴方が抗い続けていたとは…」


喜びと悲しさと織り交ぜになった眼を向けたまま、男はその場から消えるように姿を消す。


「心配には及びませんよ。主殿ならば必ず辿り着きます。その時がようやく始まりです。それまでどうかご無事で…」



――――


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