英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-21 一難去って



激突の瞬間、世界が白光に包まれた。






光が治まり、少しずつ色を取り戻す。
腕を突き出したシルフィと短剣を振り抜いた姿勢のテュール。
よく見るとシルフィの燃えるように赤かった髪が澄んだ緑色に、噴き出す炎は影を潜め薄い緑の羽衣を纏っている。


「ありがとうございます、マスター。おかげで本来の自分を取り戻す事が出来ました」

足先から少しずつ精霊光に包まれて消えていくシルフィ。

「俺からも、ありがとうシルフィ。久しぶりにがむしゃらに剣を振れた」

本当に久し振りだった。あの日からずっと、剣を振るう度に昔との違いを思い知らされた。
バランスの取れない重心。通り道の狭い回路。理想と現実の乖離。

戦う度に焦がれる、あの頃の強さ。
忘れることができるならどれだけ楽だったか。
戦う事しか生き方を知らない俺は剣を捨てる事も憎む事も出来ず、ただ流されるまま生きていた。

「やっぱりこれだけは捨てれないなぁ」

握りしめた短剣を慈しむように見つめながら、しみじみと呟くテュール。

「別に捨てんでいいだろ。確かに昔のお前は強かった、剣において負ける事はなかっただろう。剣においては、な」

入り口で成り行きを見ていたウォーデンさんが歩み寄ってくる。

「千人斬りのテュール・セイズ。だが千人殺すだけなら俺でも出来るぞ。お前よりもっと早く、もっと安全にな」

物騒な事を言いながら目に見える程に魔力を具現させ歩くその姿は確かに、千人程度簡単に虐殺できるだろうと納得させるだけの力を持っていた。

「斬るしか脳のなかった男が別の力を手に入れた。まぁ代償は大きかったようだが…だからなんだ?それは停滞でも後退でもない、進歩だ。お前はちゃんと新しい力を手に入れてるんだよ」

進歩…そう呼んでいいのだろうか。明らかに弱くなった。

「確かに単純な力では弱くなったな。だがあの頃のお前より『生き残る力』は強いだろう。戦場で必要なのはそれだ」

そう言いながらテュールを通り過ぎるとシルフィへその魔力を奔らせる。

「ウォーデンさんっ!?」

「早とちりするな、まだ帰られちゃ困るんだ。魔力を渡しただけだよ」

おぼろげだったシルフィの姿が、今でははっきりと実体を持ってそこにいた。

「聞きたい事がある。お前を縛ったのは誰だ?なにがあった?」

「縛ったって…ウォーデンさんがやったんじゃないのか?」

「俺がやったのはここへ案内しただけだ。あんな風に無理やり縛れば色々おかしくなって当然だ」

そういえばウォーデンさんかなりキレてたもんな……
…で、えーと、つまり誰かが、シルフィを無理やりこの土地に繋ぎとめた?なんの為に?

「ここへ連れてきてくださったのは貴方でしたか!お陰でここまで力を蓄える事が出来ました、感謝致します」

「こっちの都合でやっただけだ。感謝される筋合いはない。で、なにがあった?」

それでも律儀に頭を下げるシルフィを他所に話の先を促すウォーデンさん。そういえばウルは…居た。話に入るのをあきらめ洞窟の方へ逃げ込んでいる…ここ暑いもんな。

「……そうですね、どこからお話ししましょうか」

シルフィは宙に浮き上がると溶岩の上へ移動し、浮かんだ大岩へ手をかざす。
小さな光の球が飛び出すと、まるで喜んでいるかのようにシルフィの周りを飛び回りだした。

「この子が次の主となる精霊…まだ形も成していない幼い精霊です。私もこの頃に貴方に連れられこの山に来ました。
ですがよく外に出ていたせいか生まれつきか、私は風の妖精として形を成しました。
その為この火山を支配するには不相応だったのです。故に山自体が真なる主を求め、正真正銘ここから生まれたのがこの子です」

光の球はシルフィを離れると恐る恐るテュールへ近づき、先程のように周りを飛び跳ね出した。

「ふふっ、この子もマスターが気になるようですよ。成長し山の主となればここを出て住み処を見つけよう、それまでは主の座を狙う魔物からこの子を守ろうと思っていたのですが……半年ほど前ですかね、不審な人物がここまでやって来たんです。見てて下さい」

シルフィが宙から魔力を四角に広げるとスクリーンのように映像が映し出される。

ボコボコと沸き立つ溶岩、その奥の大きく空いた洞窟の口から出てくる黒づくめの人物。

場所は間違いなくここだ。男か女かもわからないそいつは中心まで進むと何かを取り出し溶岩へ放り投げた。

「これは私の記憶です。何か不気味な力を感じて隠れていました。幸い気付かれる事なくそのまま去っていったのですが…」

しばらく待ち完全に姿を消したのを見計らってシルフィが岩陰から出てきた。
宙に浮かび、何かが投げ入れられた場所へ近づくと炎が立ち上り、シルフィの四肢を捕らえる。
そこから映像が途切れ真っ暗になると、魔力のスクリーンは消失した。

「ここからは意識がなくて。ただ、禍々しい何かが入り込んで、私が違うものに変質させられていくような…恐ろしかったとしか覚えてません。私に分かるのはこれだけなんです」

自分を抱き締めるように肩を抱くシルフィは少し震えている。意図せず違うなにかに変えられていく……
そんなもの恐ろしいに決まってる。誰の助けもなく、たった一人でそんなものと戦い続けていたのか…

俺はかける言葉が見つからず、それでもこの少女になにかしてあげたいと、そっとその頭を抱いてやった。

「…ありがとうございます、マスター……」

ぽんぽんと頭を撫でてやっていると不意に視界の端から光が飛び込ぶ。

「いてっ!!熱っ!!」

光の球が俺の頬に思いっきり突進してきた……なんだこいつ!やんのかこらっ!
俺の周りを威嚇するように上下しながら飛び回る光る球。捕まえようと追い掛けるが中々すばしっこい。

「こらっ私のマスターになんてことするんですかっ!折角抱きしめてもらえたのに…きゃっ!怒りますよっ!?」

シルフィの言う事も聞かずぶんぶん飛び回る球。
畜生…こいつは虫かなんかに成長すんのか?成ったら殺虫剤まいてやるからな……

「とりあえず、さっきの奴が原因なのは間違いないな。だが何をしたかさっぱり分からん」

溶岩を見つめながら一人考え込むウォーデンさん。
この人にも分からないことがあるんだな…俺は赤くなった頬をさすりながら当たり前の事を考えていた。

「とりあえず拠点に戻りましょうか。暑いし、もうやる事は終わりですよね?」

「そうだな……だが新しく精霊を喚起しておいた方が良さそうだ」

新しく…?ウォーデンさんの視線を追うように振り返ると光の玉が俺の胸に飛び込み消えた。

なんだなんだっ!?なんか入ってきたぞ!?

「すみませんマスター…この子もついていきたいと言う事を聞かなくて……さっきのはただの焼きもちだったみたいです!許してあげてください」

「この幼虫がか?」

「幼虫……?マスターの剣に惹かれてたみたいですよ。炎と踊ってたって喜んでましたから。
まだ戦えるほどの力はありませんが私と一緒にお願いできませんか…?」

ふむ…このシスコン幼虫も俺の召喚獣になるのか……ちょっと考え物だがまぁ不利になる事はないだろ。

「まぁいいか。それじゃ契約するから出てこいタマ…半分だけじゃない!全部出てこい!おいっ!おちょくってんのか!」

人をからかうように俺の体の色んな部分から半分顔を出しては引っ込みを繰り返すタマ。

懐いているのか嫌われてるのか……めんどくさい奴が増えるみたいだ…

「タマ…?その子の名前ですか?」

「あぁ。光の球だからタマだ。それか幼虫。でも幼虫だとちょっと気持ち悪いからやっぱりタマだな」

シルフィが何か言いたげな顔をしているがもう決めた。だってそれ以外に特徴ないし。

「マ、マスターが宜しいのでしたらそれで…ちなみにタマのその動きは照れてるだけですよっ。恥ずかしがり屋さんなんです」

…これ照れてるのか…?おちょくってるようにしか思えないけど……

「なんでもいいが、とりあえず契約してろ。その間に新しい精霊を喚起しておく。大体10匹くらいいれば次こそなんとかなるだろ」

俺がシルフィ、タマと戯れているとウォーデンさんが精霊を喚起しようと陣を描き出した。

「お兄さんっ!」

危機感を孕む叫び声が閉じられた空間に木霊する。



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