英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-10 精霊族



「次の依頼だ。受けるか、否か」――


差し出された銀貨に触れる寸前、そんな言葉を投げかけられる。

「……拒否権は?」

ウォーデンはニヤリと口元を緩めると窓の外を向きながら言葉を発する。

「精霊国の東に位置するニョルズの山を知ってるか?
休火山だったのが、最近になって地震やガスの噴出と異常が多くてな、精霊達も騒がしくしている。
まぁすぐに噴火するわけではないというのが学者たちの見解だが、そこの調査依頼が入っていてな。
調査依頼といっても学者連中が勝手にやる。その為の拠点を築く間の護衛が主だ。
それにニョルズの山は召喚士なら火系統の召喚獣と契約出来た筈だ。どうだ?渡に船だろう?
これはその前金だ。依頼が済めば更に銀貨40枚やる」

合計銀貨50枚。贅沢しなければ一月は余裕で過ごせる。

ダメだ。絶対にダメだ…!なにかあるに決まってる…!大体護衛だけで銀貨50枚なんて怪しすぎる…!

「あー…。大体何考えてるかわかるが。何も怪しい所なんてないぞ?
これは俺に来た依頼で、俺を誰だと思ってる。
そんなはした金で動かされる訳ないだろう。
ぶっちゃけるとだな、報酬は全部で金貨5枚。
めんどくさいから露払いに魔物を減らしてもらいたいだけだ。それだけで可愛い弟子のために奮発して銀貨50枚払ってやろうって言ってんだ。別に断るならそれでいいぞ」

なんと…神ですか貴方様は…。
単に魔物退治で銀貨50枚…やっぱり怪しい……
でも上手くいけば新たな召喚獣まで契約出来るかもしれないのだ…うん、他にやるべきこともないし、断る理由がないな。

しかし、稼げるんだな冒険者。
一般家庭の月収が大体銀貨30枚。
年収だと金貨3枚と銀貨50枚くらいだ。
まぁ命がいくつあっても足りないような職業だもんな。ある意味では当然か。

「謹んでお受け致します、お師匠様。今すぐ向かえばよろしいでしょうか?」

「なんだその喋り方は…気持ち悪い…。
あぁ、向かうのは明日でいいぞ。今日はそれ使って遊んでこい。
ニョルズの山の麓にイーダフェルトって村がある。馬車で三日もあれば着けるだろう。
その村に俺の名前で宿をとってるから聞いて回れ。そこで合流だ、以上。いっていいぞ。」

言い終えるとすぐに別の本を開きまたぶつぶつと呟き始めた。
自由奔放、唯我独尊とはこの男の為にある言葉だと言っていい。
これ以上話しかけても無視されるだけだろう。
遊んでこいとか、子供じゃあるまいし…
踵を返し、さっさと資料室を出る。

とりあえず飯でも食って、ゆっくり寝るか。
階段を降りて精霊国方面の宿屋へ向かう。

ナンナさんが軽く手を振ってくれたのでお辞儀して返しておくが、他の受付嬢からは価値なしと判断されているのか一人もこちらを見ていない。

畜生……寄ってきても腹立たしいが、存在しないように扱われるのも腹が立つ。
犬の糞でも踏んでしまえバカ女共め。

――――――






―――行ったか。

開いた本を机に置くと、窓際に目をやりながら痙攣しそうな頬を撫でる。
クククッ!まったく笑いを堪えるのに大変だった。
あの男には本当に常識というのが足りていない。

ついさっき『依頼は慎重に選べ』と忠告した所なのに……
Sランク冒険者だぞ?この大陸に5人も存在しない最高位の冒険者。
それぞれ得意分野は異なっても、及ぼす力にさほどの差異はない。
街なんて軽く更地に出来るような人外ばかりだ。
そんな人外に任される依頼などまともなわけがない。

まぁ今のあいつでも生き延びるくらいは出来るだろう。
……変な娘もついているみたいだしな。
それに元々があいつも人外だ。
ただそれが対個人であったか、対軍団であるかの違いだ。
それにもう一匹、契約できれば確認できる。
あいつが王となる存在か。英雄で終わる程度の存在か――

…それにニョルズの異変、俺のせいだと癪だからな……





――――――――――

――――




…化け物ですー……


街で買い食いしているテュールを尾けながら、ウルは1人先ほどのやり取りを思い出しながら冷や汗を拭う。
ウルは精霊族。

昔々、力を持った精霊が溢れる魔力を総て人型に込め変化し、交わり、子孫を残した。
成り立ちは人とは少し違い、それぞれの祖先に由来する精霊術を行使する。

例えばそこの串焼きを売っている屋台の店主は狼人族。嗅覚に優れ、恐らく【獣人化】という精霊術を使用できる。
野性の狼のような姿で近接戦闘に優れた種族だ。

精霊族とは亜人の総称であり、各々が先祖にまつわる何かの力を宿している。

ウルもシフも種族はエルフ。
ウルの場合、先祖が影の精霊で、影を纏うことで姿を消し、気付かれないよう行動できるのだ。
この能力のおかげで隠密として諜報・暗殺を生業としていた。

勿論完全に姿を消す事など出来はしない。
精霊の力で姿を隠しているだけで、動けば微かにマナの揺らぎが起きる。
だが動かなければまず気付かれる事なんてない。
だからこそ資料室に行くと聞き、先回りして窓から侵入して待ち構えていたのに。

恐らく入った時から気付かれてた。
なんせ目が合っていたのだ、確実に。

依頼を語るその姿は言外にお前も来い、とそういう意味だ。


はぁ……もう関わりたくないですー怖いですー……

お兄さんを尾けてたら、また会ってしまうです…

可愛いシフちゃんの頼みでも怖いものは怖いです……。

…おうち帰りたいですー……!

彼女の呟きは、街の喧騒にかき消され誰にも届かなかった。


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